第24話 決め幅、初めて
ホルスト工房の弟子が打った剣は、四十日かけて折れずにいた。
「まだ持ってる」
グンター・ホルストは、弟子の打った剣を台に置いた。
レンツ・ノルムは、視界の縁に数を読んだ。
根元。十九。
「イルゼさんのところと、比べます」
彼は言った。
板を二枚、並べる。
シュミット工房の三本。十四、十六、十五。
ホルスト工房の一本。十九。
「高いですね」
イルゼ・シュミットが言った。
「少し、高いです」
レンツは言った。
「ですが、同じ方法で、別の人が打っても、近い範囲に収まっています」
◇
「近いって言えるのか」
ホルストが言った。
「九本の前衛剣は、二十二から六十八でした。幅は四十六です」
レンツは言った。
「今回の四本は、十四から十九です。幅は五です」
彼は板を指した。
「別の工房、別の職人でも、この幅に収まりました」
ホルストが、腕を組んだ。
「……方法ってのは、そういうことか」
「はい」
レンツは言った。
「人が変わっても、同じ範囲に収まる。それが方法です」
◇
その夜、納屋で、レンツはイルゼと板を並べていた。
四本の試作剣。十四、十五、十六、十九。
ハンナの使用データ。三層までなら、一回に一の進み。
「これで、言えますか」
イルゼが聞いた。
「決め幅と、言えますか」
レンツは、しばらく板を見ていた。
二十年、この瞬間を待っていたような気がした。
だが、実際には、何の劇的なこともなかった。ただ、数が四つ並んでいるだけだった。
「言えます」
彼は言った。
◇
レンツは、新しい板を作った。
一番上に、太い線を引いた。
その下に、書いた。
――三層まで使用の前衛剣。決め幅、十四から十九。
その下に、もう一行。
――この幅の外で作られたものは、使用を控えること。
イルゼが、それを読んだ。
「これが、決め幅ですか」
「はい」
「思ったより、短いですね」
「短くていいんです」
レンツは言った。
「長く書けば、誰も読みません。守るべき数字だけを、残します」
◇
翌日、噂は既に街に広まっていた。
金物屋の前で、レンツは呼び止められた。
「シュミット工房の新しい剣ってのは、あんたが絡んでるのか」
中年の男だった。見覚えはなかった。
「はい」
「三層まで長持ちするって聞いたが」
「三層までの使用であれば、通常より長く保つ見込みです」
「見込み?」
「今のところは、そうです」
レンツは言った。
「実際に使ってみないと、確定はしません」
男は、少し考えた。
「一本、頼めるか」
◇
その日のうちに、シュミット工房に注文が入った。
初めての、狙って買われる剣だった。
これまでの注文は、壊れたから買い替える、というものだった。今回は違う。
「三層までしか使わないので」
男は言った。
「四層には、行かないんですか」
イルゼが聞いた。
「行かない。荷運びの護衛だ。三層までしか下りない依頼しか受けない」
彼は言った。
「だったら、三層用のを買うほうが、得だろう」
◇
イルゼは、その言葉を書き留めた。
「レンツさん」
「はい」
「これ、値段どうしましょう」
「いつも通りで、いいと思います」
「でも、こっちのほうが、長く保つんですよね」
イルゼは言った。
「同じ値段でいいんですか」
レンツは、少し考えた。
値段を決めるのは、彼の仕事ではなかった。作るのはイルゼで、売るのもイルゼだ。
「あなたが決めることです」
「私が」
「作り方を変えたのは、あなたです」
彼は言った。
「俺は、測っただけです」
◇
イルゼは、しばらく考えて、いつもより銅貨五枚高い値をつけた。
「高すぎますか」
「分かりません」
レンツは言った。
「ですが、七回分長く保つなら、七回分の価値はあるかもしれません」
「そんな単純な計算でいいんですか」
「単純でいいと思います」
彼は言った。
「複雑にすると、誰も計算できなくなります」
◇
その注文は、五日で仕上がった。
男は、剣を受け取って、満足そうに帰っていった。
レンツは、板に書き足した。
――決め幅、十四から十九の剣。初めて、指名で売れた。
その隣に、もう一行。
――値は、通常より高くつけられた。
彼は、その二行をしばらく見ていた。
良いものを作れば、高く売れる。当たり前のことだった。だが、この街では「良い」を示す方法がなかった。今は、ある。
◇
数日後、ギルド支部の受付が、レンツを呼び止めた。
「レンツさん」
「はい」
「支部長が、話をしたいそうです」
初めてのことだった。
「何の話でしょうか」
「工房の印の一覧と、それから」
受付の女は、少し言葉を選んだ。
「決め幅、というものについて」
◇
支部長室は、二階の奥にあった。
中年の女だった。腕を組んで、レンツを見た。
「シュミット工房が、三層専用の剣を売り始めたと聞いた」
「はい」
「決め幅、という言葉も広まっている」
「はい」
「これは、誰が決めた」
レンツは、少し間を置いた。
「俺です」
支部長が、眉を上げた。
「あなたが」
「測って、範囲を決めました」
「資格は」
「ありません」
レンツは言った。
「ただ、視えるだけです」
◇
支部長は、しばらく黙っていた。
「もし、あなたの決めた幅が間違っていたら」
「誰かが怪我をするか、死にます」
レンツは言った。
「それは、承知しています」
「承知した上で、続けるのか」
「はい」
彼は言った。
「決めなければ、今のままだからです」
「今のまま、とは」
「誰も、線を引かないまま。折れてから、運が悪かったと言うだけの世界です」
◇
支部長は、机の上の書類を見た。
「附与術師ギルドが、この話を聞きつけている」
レンツは、初めて聞く名前に、わずかに反応した。
「附与術師、ですか」
「完成度を高める魔法を使う者たちだ」
支部長は言った。
「彼らの仕事は、不確かさの上に成り立っている。あなたの言う『決め幅』は、彼らの領分に踏み込むことになるかもしれない」
「踏み込むつもりは、ありません」
「つもりがなくても、そうなる」
彼女は言った。
「あなたは、この街に規格を持ち込もうとしている。規格がある場所には、必ずそれを嫌う者が出る」
◇
納屋に戻ったのは、夜だった。
イルゼが待っていた。
「支部長、何て言ってたんですか」
「附与術師ギルドの名前が出ました」
レンツは言った。
「まだ、直接の話ではありません。ですが、こちらの動きが伝わっているようです」
「それ、まずいんですか」
「分かりません」
彼は言った。
板に、新しい行を書いた。
――決め幅は、作った。だが、決め幅を守らせる仕組みは、まだない。
イルゼが、それを覗き込んだ。
「守らせる、って」
「ホルストさんとうちは、守ります。ですが、他の工房は」
レンツは言った。
「決め幅を無視して、幅の外のものを、決め幅の剣だと言って売るかもしれません」
「……偽物ってことですか」
「はい」
彼は言った。
「良いものができると、それを真似た悪いものも出てきます」
◇
その夜、レンツは板を見返していた。
十四から十九。
二十年かけて、初めて世界に置いた線だった。
だが、線を引いただけでは、終わらない。
守らせる仕組みが要る。真似を見分ける方法が要る。そして、この街の外にも、同じ問題を抱える人たちがいる。
彼は、窓の外を見た。
遠くに、教会の尖塔が見えた。
もっと遠くに、附与術師ギルドがあるはずだった。まだ、行ったことはない。
――次は、そこか。
レンツは、板を束ねた。
二十年で最初の革命は、終わった。
だが、革命は、いつも次の問題を連れてくる。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
ついに、この世界に初めての「決め幅」が生まれました。
十四から十九。
たった五の幅です。
しかし、この五が、二十年分の測定の結晶でした。
大事なのは、この幅がどうやって決まったかです。
一人の職人が、たまたま良い剣を打ったからではありません。
別の工房、別の職人が、同じ方法で打っても、近い範囲に収まったからです。
――方法とは、人が変わっても再現できるものです。
そして、決め幅は、初めて商品になりました。
「三層までしか使わないので」
そう言って、剣を指名買いする客が現れました。
これまでの剣は、壊れたから買う剣でした。
今回は、選んで買う剣でした。
――規格は、選ぶことを可能にします。
しかし、レンツはすぐに気づきます。
決め幅は作った。
けれど、それを守らせる仕組みは、まだありません。
真似をして、幅の外のものを、決め幅の剣だと偽って売る者が出るかもしれません。
――規格は、作った瞬間から、
守られなければ意味を失います。
そしてもう一つ、新しい影が見えてきました。
附与術師ギルド。
不確かさの上で商売をしてきた者たちにとって、「決め幅」は、都合の悪い話かもしれません。
あなたの職場の規格は、誰が決めて、誰が守っていますか。
第一部も、いよいよ後半です。
次回から、レンツはこの街の外の力と向き合います。




