第23話 三層まで、保証します
ハンナ・ヴォルフが戻ってきたのは、十八日後だった。
納屋の戸を開けて、彼女はまず剣を掲げた。
「まだ折れてない」
レンツ・ノルムは立ち上がった。
「木札は」
「持ってきた」
ハンナは、腰の袋から木札を出した。線と数字がびっしり刻んである。
「毎回、書いた。面倒だったけど」
◇
木札を、二人で読み解いた。
十八日で、六回潜っている。すべて三層まで。
斬った相手。獣型が多い。甲殻型が二回。
レンツは、剣を受け取った。
視界の縁に、数が滲む。
根元。二十一。
彼は、それを板に書いた。
試作時、十五だった。今、二十一。
「六回で、六上がりました」
「それ、多いの?」
「前衛の剣で、九本の平均を見ると」
レンツは、以前の記録を繰った。
「一回潜るごとに、およそ一から二上がっています」
「あたしのは」
「一回に、一です」
ハンナが、少し笑った。
「じゃあ、悪くないってことね」
「悪くありません」
レンツは言った。
「ですが、十八日と六回だけでは、まだ言えません」
◇
「また?」
ハンナが呆れた声を出した。
「まだ足りないの」
「足りません」
「いつまで使えばいいの」
「折れるまでです」
レンツは言った。
「折れたときの数値が分かって、初めて、この方法で作った剣が、どこまで保つか分かります」
「あたしに折れって言ってる?」
「言っていません」
「言ってるようなもんじゃない」
彼女は腕を組んだ。
「あたし、これ気に入ってきたんだけど」
◇
レンツは、板を見せた。
九十四本の折れた剣の分布。二十二から五十三。
三層までの5本は、二十二から四十一に収まっていた。
「ハンナさんの剣は、今二十一です」
彼は言った。
「三層までの前衛剣が折れた範囲の、一番下より、まだ下です」
「じゃあ、まだ折れない?」
「分かりません」
レンツは言った。
「ですが、同じ深さで比べれば、今のところ、他の剣より進みが遅いです」
ハンナは、剣を見た。
「……なんか、安心していいのか分かんない言い方だね」
「はい」
彼は言った。
「安心できる根拠は、まだ半分しかありません」
◇
その夜、レンツはイルゼ・シュミットと板を並べた。
試作剣、二本。ハンナに渡した一本の実データ。
三つを並べると、線が見えてきた。
硬さ十四から十六で作られた剣は、一回の使用で一ずつ進む。
前衛の通常の剣は、一回で一から二進む。
「差は、小さいですね」
イルゼが言った。
「小さいです」
レンツは言った。
「ですが、始まりが低いぶん、折れるまでの回数が増えます」
彼は計算した。
通常の剣が二十二で折れるとすれば、始まりが二十二に近い。残りは少ない。
新しい剣は、十五で始まって、二十二に達するまでに七回分の余裕がある。
「七回ぶん、長く使えるってことですか」
「概算です」
レンツは言った。
「ですが、そのくらい違うかもしれません」
◇
翌朝、ホルスト工房に寄ると、グンター・ホルストが板を眺めていた。
「あの剣、まだ使ってるのか」
「はい。今、二十一です」
「順調だな」
彼は言った。
「うちでも試すか」
「試したいですか」
「弟子に一本、打たせてみる」
ホルストは言った。
「同じ手順、同じ水温でな」
「お願いします」
レンツは頭を下げた。
これで、二軒目になる。
一軒だけの結果は、その工房の癖かもしれない。二軒目が近ければ、方法として成立する。
◇
二十五日目、ハンナが再び来た。
「今日はどう?」
レンツは剣を視た。
根元。二十四。
彼は、しばらく黙っていた。
「どうしたの」
「上がり方が、変わりました」
レンツは言った。
「前回まで、一回で一でした。今回、七日で三上がっています」
「何かあったかも」
ハンナは木札を見た。
「そういえば、先週、四層に一回入った」
レンツは、顔を上げた。
「四層」
「頭数が足りなくて、臨時で頼まれた。一回だけ」
彼女は言った。
「それが、まずかった?」
「まずくはありません」
レンツは言った。
「ですが、この剣は三層までの前提で作りました。四層に入れば、進み方が変わります」
◇
彼は、板を見せた。
第19話の記録だ。三層までの5本と、四層以降の4本。二つの山は、離れていた。
「四層に入ると、同じ剣でも、傷み方の起点が上がります」
レンツは言った。
「一回でも入れば、その影響が出ます」
「じゃあ、この剣は」
「三層までなら、まだ良い数字です」
彼は言った。
「四層に入った分は、別に見る必要があります」
◇
ハンナは、剣を見下ろした。
「じゃあ、これ、三層専用ってこと?」
「今のところは」
レンツは言った。
「四層以降でどうなるかは、まだデータがありません」
「あたし、四層も行くよ。時々だけど」
「それなら」
レンツは、板に書き足した。
「三層までの回数と、四層以降の回数を、分けて記録してください」
「面倒だなあ」
「はい」
彼は言った。
「ですが、分けないと、どちらの結果か分からなくなります」
◇
その日、レンツは板に新しい行を作った。
――この方法で作った剣は、三層までの使用であれば、通常の剣よりおよそ七回分、長く使える。
――四層以降を含む場合は、未確認。
「これ、決め幅ですか」
イルゼが聞いた。
「まだです」
レンツは言った。
「一本のデータです。決め幅と呼ぶには、もっと本数が要ります」
「じゃあ、何て呼ぶんですか」
「見込みです」
彼は言った。
「見込みが外れなければ、いずれ決め幅になります」
◇
夜、納屋で一人になったとき、レンツは板を見返していた。
三層までなら、七回分。
この数字の裏に、適用範囲という言葉が隠れていた。
どんな剣も、無条件に良いとは言えない。
「良い」は、常に「どこで使うなら」という条件とセットだった。
鉤は、屋内なら良かった。
剣は、三層までなら良い。
――条件を外れれば、保証は消える。
レンツは、それを書き留めた。
この一行が、いずれ、決め幅の書式そのものになる。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
十八日、六回の使用データが戻ってきました。
進み方は、通常の剣よりゆるやかでした。
一回に一。
前衛の平均より、少し遅いくらいです。
ここまでは、順調でした。
しかし二十五日目、進み方が急に変わりました。
原因は、一回だけの四層潜行でした。
――前提条件が変わると、結果も変わります。
これは、当たり前のようで、
見落としやすいことです。
「三層まで保証する」という結果は、
「三層までしか使わない」という条件とセットです。
条件を外れた瞬間、保証も外れます。
そしてレンツは、まだ「決め幅」という言葉を使いませんでした。
一本のデータでは、まだ「見込み」です。
――見込みが外れなければ、いずれ決め幅になります。
――外れれば、また一から考え直します。
この慎重さは、遅く見えるかもしれません。
ですが、一本の成功を規格だと言い切ってしまうことのほうが、ずっと危険です。
あなたの職場の「保証」には、使用条件が明記されていますか。
次回、ホルスト工房でも同じ方法を試し、二軒目の結果が出ます。




