第19話 同じ剣が、違う壊れ方をする
剣は、金物屋の裏に積んであった。
折れたもの、曲がったもの、刃がなくなったもの。冒険者が置いていった屑鉄だ。売り物にならないので、まとめて溶かし直す。
「持ってっていいぞ」
金物屋の主人は言った。
「どうせ屑だ」
レンツ・ノルムは、その山を見上げた。
百本近くある。
「全部、いただけますか」
「運べるならな」
◇
三日かけて納屋へ運んだ。
イルゼ・シュミットが荷車を出し、レンツが積んだ。二人がかりで、四往復した。
「これ、全部視るんですか」
「はい」
「何日かかりますか」
「十日ほどです」
レンツは言った。
「ですが、その前にやることがあります」
彼は、剣を一本取り上げた。
根元から折れている。
「折れた場所で、分けます」
◇
分け終えるのに、半日かかった。
九十四本。
根元で折れたもの、五十一本。
真ん中あたりで折れたもの、二十二本。
刃が欠けたり、曲がったりしたもの、二十一本。
「根元が多いですね」
イルゼが言った。
「はい」
「弱いんですか」
「弱いです」
レンツは言った。
「柄に差し込むために、細くしてあります。細いところに力が集まります」
「じゃあ、太くすれば」
「柄が入りません」
彼は言った。
「太くすれば折れませんが、握れません」
イルゼが、剣を一本手に取った。
「……どっちも立てられないってことですか」
「そうです」
レンツは言った。
「だから、どこかで折り合いをつけています。誰が決めたかは、分かりませんが」
◇
五十一本の根元を、順に視た。
六日かかった。
朝のうちだけ、十本。そのあとは目が続かない。
書くのはイルゼだった。
書き終わったものを、レンツは床に並べた。
二十二。二十九。三十一。三十四。三十八。四十一。四十七。五十三。
彼は、そこで手を止めた。
――広い。
鉤のときは、三十一から四十七だった。幅は十六。
剣は、二十二から五十三。幅は三十一。
倍近くある。
「レンツさん」
イルゼが言った。
「これ、山になってませんね」
その通りだった。
札を並べても、山ができない。
左のほうに小さな盛り上がりがあり、真ん中あたりにもう一つ、右にも一つ。
でこぼこしている。
空白もない。
「なんですか、これ」
「分かりません」
レンツは言った。
だが、見当はついていた。
――混ざっている。
◇
鉤は、条件が揃っていた。
工房の梁に吊るされて、鉄を上げ下げする。それだけだ。使い方は誰がやっても同じで、置かれている場所も屋内だ。
剣は違う。
誰が使ったか分からない。どこで使ったか分からない。何を斬ったかも分からない。
九十四本が、九十四通りの使われ方をしている。
「イルゼさん」
「はい」
「この剣が、どこで使われたか分かりますか」
「分かるわけないじゃないですか」
彼女は言った。
「金物屋に持ち込まれたものですよ。誰のかも分かりません」
「はい」
レンツは言った。
これが、剣の難しさだった。
◇
その夜、彼は自分の板を引き出した。
四年分。
「不倒の牙」で装備管理係をしていたころの記録だ。
剣の識別。測った日。数値。そして、その剣を誰が使っていたか。
二十五本の剣を、四年間、月に一度ずつ測っていた。
レンツは、それを床に並べた。
順番に並べる。同じ剣のものを、縦に積む。
二十五列ができた。
彼は、その列を眺めた。
◇
列によって、進み方が違う。
ガルド・ブレンナーの剣は、速い。
最初の年、月に一つずつ上がっていた。二年目からは、月に二つになった。三年目に折れた。四年目に買い替えた剣が、追放される直前で六十八まで来ていた。
一方で、遅い列がある。
マルティン・クレーの短剣。四年間で、十二から十九にしかなっていない。
――治癒師は、剣をほとんど使わない。
当たり前だ。
だが、その当たり前が、数字になっていた。
レンツは、二十五列を三つに分けた。
速い列。中くらいの列。遅い列。
速いのは、前衛だった。ガルドと、もう一人。
遅いのは、後衛だった。マルティンと、魔法使い。
中くらいが、斥候。
◇
――使い手によって、進み方が違う。
彼は板に書いた。
当然のことだった。だが、書いたことがなかった。
そして、もう一つ気づいた。
速い列の中でも、月によって進み方が違う。
ある月は一つしか進まず、別の月は四つ進んでいる。
レンツは、その月に何があったかを思い出そうとした。
思い出せなかった。
板には、数しか書いていない。
「……足りない」
彼は呟いた。
どこで使ったかを、書いていない。
◇
翌日、レンツはギルド支部へ行った。
受付は、前と同じ女だった。
「工房の設備は、うちの管轄ではありません」
「今日は違います」
レンツは言った。
「潜った記録は、残っていますか」
「潜った記録」
「どの班が、何層まで行ったかです」
彼女は少し考えた。
「依頼票は残っています。四層まで、とか、そういうことは書いてあります」
「見られますか」
「本人か、その班の者ならば」
彼女は言った。
「あなたは、もう冒険者ではありませんね」
「はい」
「では、見られません」
◇
レンツは、外に出た。
当然の答えだった。
彼は追放されている。「不倒の牙」の記録も、もう彼のものではない。
――だが、俺の板は俺のものだ。
四年分の数値は、彼の手元にある。
足りないのは、その数値がどこで使われたものかという情報だった。
そして、それを知っている人間が、この街にいる。
◇
「不倒の牙」の宿は、ギルド支部の近くにあった。
レンツは、その前で待った。
半日待って、日が傾いたころ、一人が出てきた。
マルティン・クレーだった。
治癒師の白い外套を着ている。手袋をしていた。
「……レンツ」
彼は足を止めた。
「お久しぶりです」
「なんだ、こんなところで」
マルティンは、周りを見た。誰もいないことを確かめる動きだった。
「一つ、伺いたいことがあります」
「俺は関係ないぞ」
彼は早口で言った。
「あんたが辞めたのは、あんたと頭領の話だ。俺は何も」
「そうではありません」
レンツは言った。
「四年前の、七月のことです」
マルティンが、口をつぐんだ。
「あの月、ガルドさんの剣が急に傷みました。ひと月で四つ進んでいます」
「……四つ」
「その月、どこへ潜りましたか」
◇
マルティンは、しばらく黙っていた。
それから、こう言った。
「四層だ」
「四層」
「あの年、初めて四層に入った。頭領がどうしても行くと言って」
彼は言った。
「あそこは、下と違う」
「どう違いますか」
「湿ってる。それと、粘るのが出る」
マルティンは、手を動かした。
「殴っても斬っても、へばりつく。剣を抜くと、ぬめってる」
「拭きましたか」
「拭いたさ。だが」
彼は言葉を切った。
「翌朝、剣がざらついてた。全員だ」
◇
レンツは、板に書いた。
――四層。粘る魔物。翌朝、剣がざらつく。
彼は顔を上げた。
「マルティンさん」
「なんだ」
「あなたの短剣は、四年で七しか進んでいません」
「そりゃ、使わんからな」
「その月は」
レンツは板を見た。
「その月だけ、三つ進んでいます」
マルティンが、彼を見た。
「……使ってないぞ、俺は」
「はい」
「使ってないのに、傷むのか」
「傷んでいます」
レンツは言った。
「腰に下げていただけで、傷んでいます」
◇
マルティンは、自分の腰を見た。
短剣が下がっている。同じものだ。
「……あそこの空気か」
「かもしれません」
「かもしれません、ってあんた」
彼は少し笑った。乾いた笑いだった。
「相変わらずだな」
「はい」
「分からんことは、分からんと言う」
マルティンは言った。
「あのときも、そうだった。折れるとは言わなかった。歪みが六十八だと言っただけだ」
レンツは、答えなかった。
「頭領は、それが気に食わなかったんだ」
マルティンは言った。
「はっきり言え、と。折れるなら折れると言え、と」
「言えませんでした」
「知ってる」
彼は言った。
「あんたは、言えないことを言わない男だ」
◇
マルティンは、宿の戸に手をかけた。
それから、振り返った。
「レンツ」
「はい」
「頭領の剣、今どのくらいだ」
「測っていません」
「測ってないのか」
「追放されましたので」
マルティンは、少しのあいだ黙った。
「……そうか」
彼は言った。
「新しいのを買った。あれから、二本目だ」
それだけ言って、中に入っていった。
◇
納屋に戻ったのは、夜だった。
レンツは、床に並んだ九十四本を見た。
でこぼこの山。
混ざっている。
使い手が混ざり、使った場所が混ざり、年数が混ざっている。
この山を分けるには、一本ずつの来歴が要る。
どこで、誰が、どれだけ使ったか。
――全部、書いていない。
この世界の誰も、書いていない。
レンツは、板を一枚削った。
そして、書いた。
――剣に、名前をつける。
今回もお読みいただきありがとうございます✨️
剣は、工房の道具とは違いました。
吊り具は、誰が使っても同じです。
梁にかけて、鉄を上げ下げする。それだけです。
剣は違います。
誰が使ったか。
どこで使ったか。
何を斬ったか。
すべて違います。
だから九十四本を並べても、山になりませんでした。
――混ざっているものは、混ざったままでは読めません。
そしてレンツは、四年分の記録を開きました。
前衛の剣は、速く傷みます。
後衛の剣は、遅く傷みます。
使っていない短剣ですら、
ある月だけ三つ進んでいました。
腰に下げていただけで。
――環境が、ものを傷めます。
しかし、ここで壁が出ます。
金物屋に積まれた九十四本は、
どこで使われたのか分かりません。
誰も、書いていないからです。
そして最後に、レンツは一行だけ書きました。
「剣に、名前をつける」
――どこから来たか分からないものは、
なぜ壊れたかも分かりません。
あなたの職場の製品は、どこで、いつ、誰が作ったか辿れるはずです。
それを組織で記録すること。
それこそがトレーサビリティだからです。




