5 (説明だらけの魔法使い)
――ウェインって押しに弱いよね。
あの無駄に話の長い老師達に捕まってるのは君くらいだよ。この前は卵の焼き加減の討議だっけ?馬鹿じゃないの?
ん?まれにためになる話があるって?それってどのくらいの割合なの?
なんで黙っちゃうの。
さらっとかわして逃げなよ。じゃないと胃炎治らないよ、本当に。
魔法の塔の同期の忠告を思い出す。
確かに俺は押しに弱いと認めよう。
だが相手によりけりだ。貴族たちからは、なんとか逃げていたぞ。
でも悪意がない相手だと上手く逃げられない。
この無駄におしゃべりな体躯の良い白馬もそうだ。
なぜ話を聞いてくれないのかと、つぶらな瞳でじっと見つめるのはやめて欲しい。
ん?ああ、ちゃんと聞いているぞ。
隣のやつのほうが少しリンゴが大きかったんだな。
次はお前の方に少し大きいやつをやるように伝えとくよ。
だからもう放してもらっていいだろうか?
かれこれ一時間は捕まっているのだが?
一緒に着いてきた王女たちは待ちつかれて寝てるぞ。
だめ?話し足りない?
眉間がかゆい?
わかった。かいてやろう。
しかし困ったな。俺はそろそろ出かけたいのだが……。
ん?一緒にいくと?
背に乗れと言われても、できれば馬具をつけて欲しい。裸馬に上手く乗れる自信がないんでな。
白馬の名はクリスティーナ。通称クリス。
物凄くお喋りな牝馬だ。
ジョセフィーヌに比べれば小さいが、馬の中では一番の巨躯だ。
馬具があってもよじ乗るのに時間がかかるし、お喋り好きで話し始めたら放してくれない。
あまり関わりあいたくないのだが、クリスが全く離れてくれない。
なし崩し的にパートナーに。
傍若無人で牧場で持て余し気味だったクリスに、パートナーができたことを喜ぶスタッフたち。
そのスタッフからパートナーの笛を渡された。
それは手作りされた木の笛で、それをクリスに向けて吹けと言われた。
プェー。
笛は微妙に穴の開け具合をそれぞれ変えているため音が異なる。
かしこい馬や牛は音を聞き分けて、パートナーの元に迎えにくるそうだ。
覚えたと嬉しそうにクリスが嘶く。
「はっ!おやつですか?」
クリスの鳴き声で起こされた王女が、ぐーと鳴るおなかを押さえた。
おやつではないが、もう昼飯だな。
城に一回戻って昼食を食べ、その日は牧草地を軽く散歩して終わった。
次の日に王に呼び出しを食らった。
王に私がジョセフィーヌを魔物と気が付いたことがバレたのだ。
王に報告したのはポコだ。
魔物という単語を、昨日やたらと俺は呟いていたらしい。
ポコは魔物とは何かを俺に聞いたが、俺はそれどころでなかったため回答しなかった。
俺が答えなかったせいで、ポコは王に聞いたらしい。
小国でも貧乏でも王家。
脈々と魔法が使える血脈が受け継がれてきたのだ。国王であるリチャードが使える魔法は治癒魔法と精神魔法。
精神魔法のカテゴリーのひとつ「動物との感応魔法」がある。それで彼も動物たちと会話ができるそうだ。
そもそも野良のジョセフィーヌを拾ってきたのが、当時少年だったリチャードだ。
その頃の小国ミリアは酪農はやっていなかった。
国の草原地帯に野良のジャージャー牛の群れはいたが、狂暴な牛を飼うことは他国同様無謀で誰も試していなかった。
できるだけ牛の群れには近寄らないようにしていたそうだ。
その野良の群れにジョセフィーヌは生まれた。生まれたときから彼女は異端だったそうな。
無意識に魔法を使い、子牛だったジョセフィーヌは群れから追い出された。
それを拾ったのがリチャード少年だ。
拾った弱り切った子牛が魔物であるとは、当時は知らなかったそうだが。
おいしい牛乳が飲みたかっただけだと、国王は笑いながら教えてくれた。
その後リチャード少年がせっせと世話をして、すくすくと健康に巨体にジョセフィーヌは育っていった。
そして野良の群れを率いるボスと戦い、ボスの座を掴み取った。
あの狂暴な牛たちがジョセフィーヌに従い、従順な大人しい牛に様変わりした。
この時からミリア国でジャージャー牛の酪農が始まったそうだ。
ジャージャー牛の製品の取引は、俺が住んでいた国とは行っていないため知らなかったが。
凄い功績だと思う。
……思うが、よく魔物を飼う気になったと思う。
子牛の弱弱しいジョセフィーヌが想像つかないが、可愛かったのだろう。
先王である父親に「捨ててきなさい」と何度も言われたそうだが。
子犬ならわかるんだけどな……。
話を戻そう。
ジョセフィーヌが魔物であることを他言しないようにと王にお願いされた。
先王夫妻と国王夫妻。それ以外の国民はジョセフィーヌを魔物だと知らないそうだ。
魔物という言葉さえも国民は知らない。
私も老師たちから勉強させられるまで知らなかったくらいだ。
ジョセフィーヌと上手くやれているのだ。あえて混乱を起こすような内容は伝えるべきではないと。
その件についてはすぐに了承した。
今のところジョセフィーヌは悪意を持って魔法を使っていないからだ。
人の魔法使いだって、いつ凶悪な魔法使いになるかわからないのだ。
魔法を使う動物だけ、前例があるからといって始末するのはおかしいだろう。
その前例の文献も情報が少なすぎてよくわからないものだしな。
もちろん俺がポコたちと念話できることも王にばれた。魔道具を使用した翻訳魔法の結果なので、自作の魔道具のことは正直に話した。
なにせ私の通行証裏書の保証人は、魔道具作成の巨匠で有名な老師だからだ。
国王夫妻も老師を知っていた。
目玉焼きは両面焼きじゃないと拗ねる爺さんだがな。
王は俺を魔道具師だと勘違いしたかもしれない。
それは間違いではない。俺は魔法使いでもあり、魔道具師でもある。俺は魔道具を作れるし、魔道具協会の会員でもある。
同じ魔法の塔にいた魔道具研究科の老師たちに巻き込まれて、魔法陣を研究するようになり、魔道具作りを叩き込まれた。
そうか。ここでのんびりと安価な魔道具を作るのもいいな。
魔道具。
魔法使いでなくても、魔法を使うことができる道具だ。
魔結晶とよばれる魔力を内包した鉱石を使用し、魔法陣をつかって魔力を魔法に変換する。
魔法陣は数千年前に魔法文化が発達した時代から、受け継がれている技法だ。
といっても一般公開されている魔法陣は、簡単な生活魔法の魔法陣のみだが。
生活魔法とは明かりを灯す、種火を起こすなどの生活に密着した魔法のことだ。
魔結晶が稀少なものであること。
そして高度な魔法を魔法陣で記述するにはそれ相応の知識と技術が必要なこと。
二つの理由から魔道具は生活魔法が、主流となっている。
俺が参考にした宝物庫にあった壊れた魔道具、『翻訳の指輪』は高性能魔道具に位置する。
世界魔法である言語翻訳と同等の魔法を使えるためだ。
それを実現していた魔法陣は物凄く細かく、少し太めのリングの表裏にびっしりと記載されていた。
宝物庫の魔道具は一部が欠けていて、自分なりの想像で魔法陣を改造しなくてはいけなかったが。
魔道具作成者は大雑把な人間には向いていない。
細かい線の一本でも間違うと魔法陣が軌道しないからだ。
あれだけお喋り好きな老師たちも魔法陣作成時はピタリと黙り込む。
簡単な魔道具の魔法陣は魔道具協会員になれば開示される。
生活魔法以外の魔法陣は秘匿魔法によって保護され、魔道具に書かれた魔方陣が読めなくなる。秘匿魔法を解くには複雑なパスワードが必要になる。
そのため複雑な魔道具の魔法陣は作成者以外が同じ魔道具を作ることができない。作成者が魔道具協会に特許申請を出し、魔法陣を開示しない限りは。
例外は古代魔道具だ。
昔は特許という考えがなかったのだろう。魔法陣が秘匿魔法で隠されていない。
翻訳の指輪がこれにあたる。
ただまれに発見されるくらいなので、あまり日の目をみない。
だがひとたび発見されれば、巨額の富をもたらす。魔道具師にとってはな。
ちなみに翻訳の指輪は別の魔法研究で成果を上げ、褒章としてもらったものだ。
壊れた指輪を選ぶとは馬鹿なのか?と、宝物庫に案内した侍従に呆れられた。
魔法陣を読めない一般人にはそう見えるだけだ。
改造した翻訳の指輪の魔法陣をまず老師たちに俺は教えた。
特許を出願したら莫大な金を払って買わなければならないからな。
なにせ老師たちの特許を獲得している魔法陣を、俺は全てただで教えてもらっていたからだ。
ということで俺は多種類の魔道具を作ることができる。
魔道具師であれば大きな作業場はいらない。
その方向でかんがえてみようかな。
なにしろこのボロい城では、一番安価な生活魔道具すらあまりみかけない。
明かりが獣脂のろうそくだしな。おかげでみんな早寝早起きだ。
いくら田舎でスローライフを送るからといっても、ある程度の生活水準はあげておきたい。
あと毎食の黒パンもできれば卒業したい。
顎が痛すぎる。




