3 (胃痛の魔法使い)
次話からは間あけます。
書きだめが少ないので
貴族や王家の権力争いに嫌気がさして、辺境の小国に来てみれば……王家とは名ばかりの地主がいた。
城は貴族でいうと伯爵家レベルのもので、それなりの大きさはある。良くいって趣がある城だ。悪く言うとかなり古くてボロい。
ところどころ痛んでいる場所は、うまく蔦やカーテン等で隠している。
痛み具合から壊れてから結構年数が経っているようだ。修理する予算はなさそうだな。
噂に聞いていたが、本当にたった二人で国の運営をしているようだ。もちろん貴族はいない。執政官は国王夫婦と文官を入れて四人?
武官はいないって……え?王都の治安は誰が守っているんだ?住民が見回りって……そんなのあるのか?
人を雇えないってことなんだろうな。
想像を超える貧乏国家だった。
そもそも国王自ら農作業しているしな。
国王と王妃はどこからどうみても人の良いド田舎の農家夫婦にしか見えない。野良着は普通につぎはぎだらけだった。
たぶん個人資産はここの王様に比べると圧倒的に俺のほうが多いだろう。魔道具での特許でかなりの金額を稼いでいる。
これから自分の家を作る予定だが、あまり予算をかけないほうがよさそうだ。城より立派な家はまずい。
最初に寝泊まり用に案内された部屋は賓客用で、単なる居候には敷居が高すぎた。
夕食を食べた王様たちの普段使いのリビングよりも、キラキラしい部屋だ。
部屋のチェンジを申し出ると、どうやらこの城の使用人の私の品定めだったらしい。
すでに用意されていた使用人用の個室に案内された。
正直なんでこんなところにいるんだろう。おかしいな。なにせ一番避けたい王族の城に、しばらく住むことになったのだから。
うーん。よく考えたら王族を避けたいのではなく、どろどろした権力争いから逃げたかっただけだ。
人の言葉の裏を読み、慎重に動かなければいけないあの濁った世界。それがないのであれば、ここでも問題がないと言える。
そもそもこの国は権力争いなんてあるのだろうか?
まだ初日だ。問題が見えていないだけなのかもしれない。
用心のため自分が魔法使いであることを黙っておくことにした。
さて、家ができるまでなにをしよう。
老後までゆっくりできる金はすでに稼いでいる。働かなくても生きていける。
だがなにも仕事をしないよそから来た人間は、不審者以外なんでもないだろう。
なにか仕事を探すべきだ。
追いかけてくる元上司から逃げることに気をとられていたので、移住先で何をするのかまでしっかり考えていなかった。
自分の家を自分作るのを手伝うとか?
魔法で身体強化しても、やり慣れていない仕事は現場を混乱に導く。
大工につまみ出されるな、きっと。
なにをすべきかしばらく考えていたら風呂を勧められた。
どうやらこの城には大きな温泉があるらしい。
せっかくなので、行ってみたら湯船に人と牛が入っていた。
なんなんですか、この城は……。
「ここの湯は温泉なので、牛の乳の出がよくなるんですよ。
あ、知っています?あの子たちはジャージャー牛といってブランド乳牛なんですよ」
風呂番の男がにこやかにそう説明する。
ジャージャー牛とは、普通の乳牛の1.5倍の大きさの牛でおいしい乳を出す。
一度ジャージャー牛の乳を飲んだら普通の牛乳は飲めなくなると言われる程だ。
だが恐ろしく気性が荒い。
数十年前にジャージャー牛の飼育を試みた地方都市があった。野生のジャージャー牛の群れを生け捕りにし、家畜として育てる計画が立てられた。
たぶん王族も絡んでいたのだろう。
優秀な冒険者が数百人、プラス王宮魔術師が数十人がかりで、なんとか捕獲した。
生け捕りなどという無茶ぶりをよく達成できたものだ。当時の高名な冒険者たちは二度とジャージャー牛に関わらないと宣言していたくらいだ。
それだけ苦労して捕まえた牛たちは傷が癒えたとたんに暴れだし、その地方都市は半壊した。
ジャージャー牛に手出しは厳禁。
それから冒険者ギルドでジャージャー牛に関する依頼は跳ね除けられることになった。
その牛が大人しく大浴場に浸かっている。よくよくみたら犬や鶏もいるようだ。
あの風呂には入りたくない……。
後ずさりした私に風呂番はにこやかに語りかける。
「あの子たちは毎日お風呂できれいにしてますから、大丈夫ですよ」
そういう問題なのだろうか……。田舎ではこれが常識なのか?
いや、ジャージャー牛だぞ?襲われてもたぶん俺は魔法で倒せるが……。
「お兄さん今日からここに住むんだよね?
だったらどちらにしてもジャージャー牛のボスに一回会わなきゃだめだ。
面通しってやつだ。ジョセフィーヌと会ったかい?」
どこかで聞いた名だが、よくわからん。
結局私は風呂番に押し込まれ、大浴場の一番奥で湯につかっていたでかい牛の前に連れていかれた。
その牛は他の牛の二倍の大きさだった。
あ、さっき見た怖い顔の牛だ。
どうもさっきぶりですね。顔怖いけど怒ってます?
怒ってない。そうですか。
ウェインです。これからよろしくお願いします。
ところで、ジョセフィーヌってことは雌牛ですよね?ここ男湯ですよ。
え?こっちのほうが風呂が広いから?向こうは入れないと。ならしょうがないですね。
まずは風呂に入れって?
いえいえ、遠慮しま……あ、顔怖……ではお邪魔します。
俺は諦めてジョセフィーヌの隣で風呂につかる。
なかなかいいお湯だ。
え?美肌効果があるって?
ジョセフィーヌにそれが必要なのかはちょっと俺にはわからないが、そうですかと答えておく。
「あの、もしかしてジョセフィーヌの言っていることがわかるんですか?」
念のためについてきた風呂番が不思議そうに私に尋ねる。
「なんとなくです」
「すごいです。あなた牛飼いになれますよ」
別になりたいとは思っていないが、ジャージャー牛が思ったよりフレンドリーなので新しい仕事の候補として考えてみよう。
その晩はぐっすり眠った。
逃げてやっと目的地にたどり着いたのだ。
移住受け入れもスムーズに許可が出たので、安心感が大きかったのだろう。
なので翌早朝のちびっこ王女の襲来をかわすことができなかった。
もろに腹へのジャンピングエルボーを食らう。
何事かと飛び起き、無意識に全身に八層の魔法防御を重ねた。
攻撃魔法も八属性を重ね練り上げる。
魔法を放つ標的を確認し、
「おはようです!」
いい笑顔の王女に脱力する。
危うく反撃魔法を繰り出すところだった。指先に集めた魔力を解放しながら、俺は脱力する。
「王女、男の寝床にひとりで入ってはいけないと言われていないか?」
「んー、言われたことないです。父様のベットには母様がいるのです。だからひとりじゃないのです」
あっけらかんと答える王女に、二度と俺の寝込みを襲わないように厳しく注意する。
次にやったら王に言って一日食事抜きにさせると脅し、二度とやらないと頷いてくれた。
「それで、何の用ですか?」
まだ日が昇る前の早朝に、私の部屋に来た理由を王女に尋ねる。
「あのですね……」
まだ幼い王女の話はなかなか要領を得なかったが、弟の生誕祭を開催したいことが分かった。
ふむ。
昨日最初に割り当てられた部屋を思い出す。
それなりの装飾品が置いてあった気がするが、骨董としての価値のあるものはなかったな。売っても単なる使い古しとしての値段になってしまう。
絵画は専門外だから分からんが。
「絵画や装飾品にそれほど詳しいわけではないで、力になれないと思う」
そうはっきり告げると、がっくりと王女は肩を落とす。
「商人を城に呼んでみてもらうのはダメか?」
「はっ!それなのです!」
王女はすぐに私の部屋を飛び出してどこかへいった。
もう一度寝なおすか少し悩んでいる間に、王女が教育係を連れて戻ってきた。
お早いお帰りだ。
一人で戻ってこなかったのは、先程の脅しが効いたらしい。一応学習力はあるようだ。
「何か馬鹿にされた気がするのです」
「気のせいだ。それで、戻ってきた理由は?」
私の質問に王女はふいっと視線を教育係にふる。
昨日私によく効く胃薬をくれた眼鏡の30代くらいの男性だ。
「隣国の商人は私たちが商品の価値を理解していないので、ぼったくる可能性が高いのです」
「つまり信用できないということですね?」
「はい。信用ができる商人に心当たりはございませんでしょうか?
あとできれば出張料金をとらない商人でお願いします」
……世知辛い。
これが王家の懐事情だと思うと、もらい泣きしそうだ。
こんな辺境まで来るんだ。出張料金はぼったくらない普通の商人ですら取るものだぞ。
交通の便がいいところですら取るのに、こんな田舎までたいして価値がない品の鑑定に、わざわざくる物好きな商人なんて……。
いた。一人だけ心当たりがある。
「一人だけその条件でも来てくれる物好きな商人に心当たりがあります。
私がいた大国の大店の三男坊です。鑑定眼もあり信用ができる商人です」
「おお、そんな方がいらっしゃるのですか」
「昨日いただいた胃薬をおびき寄せる餌にします。
いろいろな国の有名な胃薬試しましたが、いただいた胃薬より効くものに出会っていません。
あれを彼に伝えて呼び寄せることは可能でしょう」
「あれですか。あまり大量に売りに出したくはないのですが……」
「そうなんですか。無理に売る必要はないです。
よく効く彼の知らない胃薬がある、という情報だけで飛んできますから。
あとできれば俺に売っていただけると嬉しいのですが、難しいですか?高く買いますよ。一瓶五万ギルでいかがですか?」
「五万ギルですか!」
なかなかの好感触だ。売ってもらえるだろうか。
通常の胃薬で一瓶三千ギル。高級胃薬でも一瓶ニ万ギルが相場だ。
五万ギルでもあれだけ効くのなら俺は払う。
なにせ昨晩は薬を飲んでから眠るまで一切胃痛がしなかったのだ。
「その薬は作るのが大変なのです?」
金の匂いを嗅ぎとったのか、王女がワクワクしながら教育係に尋ねた。
まぁ売れるものがあまりないからな、この国。
「妻が一人で作ってますが、人数を増やせば量産できなくないです。問題は材料なのです」
「高級素材ですか?熊の肝とか?」
「いいえ、高級素材は何も使ってません。一般の普通の胃薬とほとんど変わりません。
ひとつだけ、わが国によく生えている野生の黒芋のすりおろしを混ぜています」
ドイルの説明に王女の笑みが氷つく。
「ま……ましゃか、あの臭い黒玉なのです?」
「はい。妻の実家の秘伝のレシピです。
少量ならまだしも大量に作るなんて、王都では臭すぎて無理です」
「お金になるのに、勿体ないです……。でも黒玉なのです。すごく臭いのです……無念なのです」
悔しそうに幼女が五万ギルと何度も呟く。
金策を諦めるほど、よほど臭いのだろうその芋は。
とりあえず、個人分くらいは売ってくれるらしいので一瓶購入した。
薬独特の匂いはするが、特別臭いにおいは瓶からはしない。
作る過程での匂いが酷いだけで、製品は匂いが残らないそうだ。
せっかくお金になるものがあるのに勿体ない気もする。
たぶん鑑定してもらっても、城にあるものは高値で売れないだろう。
商人の次男坊には、通信用魔道具で王都の商業ギルドから連絡をとった。
すぐに向かうと返事があった。
あとは彼に任せればなんとかなるだろう。たぶん。




