回帰
「お嬢様〜!もうお昼ですよ〜!」
眉を寄せ、体を回転させる。
まだ眠りたい。
ここでどれだけ眠っても誰も何も言わないし。
……え?
パッと目を開け、視界に映るのは真っ白なレースのようなもの。真っ白だけど、あの真っ白な空間とは少し違う。
固まって視界に映る白を凝視していると、
「お嬢様、今日は天気が良いのでお散歩しましょう!動きやすいドレスにしますね!」
はつらつとした懐かしい声が聞こえる。
ゆっくりベッドを降り、真っ白なレースを開ける。
そこは見覚えのある部屋だった。
震える手を握りしめながら、ゆっくりと足を進めて、物音がするところへ向かうと、ずらりと並んだドレスの前で女性がドレスを選んでいた。
「あ!おはようございます!お嬢様はどれが良いですか?お嬢様の綺麗な銀髪には何色でも合いますから悩みますね〜!」
私の大切な侍女が、私の目の前にいる。
床に崩れ落ちて、痛む左胸をぎゅっと押さえる。
涙が溢れ、呼吸が乱れる。
「お嬢様!?ゆっくり吸ってください!…吐いて、吸って…ゆっくりで良いですよ。」
温かい手が添えられ、優しく背中を撫でてくれる。
呼吸が落ち着き、涙も落ち着いたところで、顔を上げると私を心配している彼女と目が合った。
…声が、出るのか。
心配になりながらも、ここはあの真っ白な空間ではないことは分かる。
「…っ、ナ、ナナリー」
「はい、お嬢様。」
ぽろっと涙が流れる。掠れた声にもしっかり返事をしてくれた。また涙を流す私にナナリーはハンカチを当ててくれた。
これは夢ではない。
現実だとナナリーの温かい手が教えてくれる。
受け入れ難い状況なはずなのに、私は1人じゃない嬉しさの方が困惑より勝っていた。
「私、生きてる…?」
「怖い夢でも見たんですね。分かります私もこの前お腹を刺される怖い夢見ましたから。」
刺される夢…。
自分で左胸に突き刺した痛みを思い出す。
あれは夢だったのかもしれない。これから起こる出来事を長い夢で見ていたのか…。
体を引き裂くような痛みを思い出し、あれが夢だということはないと心の底で感じつつ、あんな辛い記憶は夢として扱いたかった。
あんな…、目の前で両親を…。
「っ!お父様とお母様は!?」
「旦那様は王宮で泊まり込みだそうです。奥様はお仕事をされていますよ。」
ボロボロと涙が流れて嗚咽が止まらない。
2人が生きている。
その事実が何よりも嬉しかった。
完全に立ち上がる力も残っていない私はナナリーに抱きしめられながら子どものように涙を流し、子どものように泣き疲れて眠ってしまった。
これが夢ならば、どうか覚めないでください。
そう遠くなる意識の中願っていた。
アルタリスクの悪夢はあの日突然始まった。
夜が明けきらない時間に我がアルタリスク公爵家に王宮から使いが来たのだ。
『なんということだ!あれほど無駄な戦いはすべきではないと!王も納得したではないか!』
使者に殴りかかる勢いで迫るお父様
側にはお母様もいて、顔を青ざめながら心配そうにお父様を見ている。
『お母様…、何があったんです?』
『フィオナ…。王が隣国、カスティーラ帝国に攻め入ったとのことよ。お父様はこの戦争を始めさせないように数ヶ月もの間身を粉にして駆け回っていたの。』
戦争、カスティーラ帝国…。
カスティーラ帝国は我がマムラ王国とは比べ物にならない大国である。
軍事力も高く、マムラ王国が攻め入ったとしても勝てる見込みなどないように思うが。
『カリナ、王に会ってくる。後は頼めるか。』
戦争を始めた理由を私なりに考えているとお父様の静かな声とお母様の息を呑んだ音がした。
力強くお母様を抱きしめたお父様の表情は固く、この戦争が終わるのか、そして代償はどのくらいになるのか、考えたくもない恐怖が身に降り注ぐ。
そんな私も一緒に強く抱きしめてくれたお父様がその日帰って来ることはなかった。
静かな公爵邸に嫌な賑やかさが訪れたのはお父様が王宮へ向かって3日後
王族を護衛する騎士たちが数十名やって来ては声高々にこう宣言したのだ。
『ドンリー王よりアルタリスク公爵家へ王命である。アルタリスク公爵の王族への侮辱罪、そして王国を混乱に陥れた大罪人。よってアルタリスク公爵家全員を王宮の地下牢へ収監とする!』
震える体を叱咤しながら騎士へと冷静に尋ねるお母様は公爵夫人としてのプライドだったのだろう。
だが、騎士はいくらお母様が尋ねても『王命です。』としか返さない。
その態度にお母様を始め、お父様を支えて来た側近や使用人たちが詰め寄る。
『アルタリスク公爵家は断じて王家に剣を抜いていないと誓えます。それなのになぜ!?公爵はこの戦争を引き起こすべきではないと止めていたんですよ!?』
『王が決めた戦争に口を挟んだ。これは王に逆らった証では。』
『あなたたちはこの戦争が正しいとでも言うの!?騎士の立場である以上、自分や仲間の命が失ってしまうかもしれない戦争を自国の王が己の欲の為に始めたのよ!?それも勝ち目など全くない!!』




