真っ白な空間
辺境伯の腕に抱きつき、体を震わせるエスティアは私を見下すように笑っていた。
私は近くにあった大きめの破片を拾い、ゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばしてまっすぐ2人を見据えた。
元王女の侍女ではなく、アルタリスク公爵家の令嬢として死にたかったから。
「私はあなたが憎いのです。あなたは幼き頃からずっと私を目の敵にしていましたね。」
「何でそんな嘘言うの!?いじめられていたのは私よ!」
「だけど、そんなことどうでも良いのです。…あなた方王族がアルタリスクにした侮辱に比べれば。」
ギリッと手に力が入り、握りしめたガラスで手を切るが痛みなど感じなかった。
「我がアルタリスク公爵家はあなた方のような卑劣な王族にも真摯に向き合いマムラ王国のために在り続けました。」
「卑劣だなんて…。何てこと言うの。我々王族がマムラ王国のために日々どれだけ頑張っているか…。」
声まで震わせる演技力はこれまでたくさんの人達を騙してきた。今も辺境伯が妻である彼女を見て顔を歪めている。
本当に男性を囲い込むこの演技力は一種の才能でもある。
と同時に、こんなものに騙される男性なんか大したことないなと思ってしまうのだ。
ばかばかしい。ふっと笑みが溢れて、寄り添う2人を見据える。
「王族は自分たちの利益しか求めていない。だから邪魔なアルタリスクを」
「ウィルフレッド様っ!!この侍女を捕らえてください!王族への侮辱罪で即刻マムラ王国、国王に処分を求めます!」
「いいえ。そのようにお手を煩わせる訳にはいきません。」
「おいっ!」
ガラスを握りしめた血まみれの手を動かすとグレジア辺境伯はこちらに来ようとしているのか…。
だが、腕をがっしりとエスティアに掴まれているため踏みとどまっている。
「アルタリスクに穏やかな安らぎを。」
左胸に向かって思い切りガラスを突き刺す。
感じたこともない痛みと血が流れ出る感覚に全身の力が抜け、床に崩れ落ちる。
グッと左胸を押される痛みを感じたが私の心身はもう色々限界だった。
「お、とう、…、……あ、さま、」
今、逝きます。
ホッと体の力が全て抜け、最期に口角が上がるのを感じた。
ふわふわと浮かぶ心地良い空間で私は1人寝っ転がっていた。
何もない真っ白な空間に私1人
ぼーっとしているところにさっきまでのことを思い出して左胸に手を当てれば、そこには何も傷はなく、どこも痛くなかった。
不思議に思ったけど、今いるここはとても現実の世界だとは思えない。
きっと私は無事に命を終わらせることができたんだ。
でも、それならお父様たちに会いたい。
立ち上がり何もない真っ白な空間を歩いてみる。まっすぐ歩けているのかも分からないままひたすらに歩くが、何も変化がなく再び寝っ転がってしまう。
また1人なの…。お父様、お母様に会いたいのに。
…会えると思ったのに。
涙が溢れていることにも気づかないまま寂しさに打ちひしがれていると突然目の前に小さな花が出てきた。
道端に咲いているような小さな花
おそるおそる手を伸ばしてみるが、掴むことはできそうになかった。
それでも何もない空間に突然現れた花は少しだけ私の心を癒してくれた。
それからというもの、何故かこの空間には少しずつ花が増え始めた。
そして驚くことに人の声らしきものも響き始めた。
「今日は、…に行って、話をしてきた。アルタリスク公爵の…。」
何?アルタリスクに何かあったの?
私は声が出せない。ただ聞こえる声に耳を傾けることしか出来なかった。
「疲れたな。ここは癒される。」
「どうすれば…。面倒な奴だ。」
この人ものすごく疲れてる…。元気だして欲しい。
じゃないと私の楽しみがなくなってしまう。
そんなことを思いながら色とりどりの花を眺めていると、ぽんっとまた花が新しく現れた。
この人に会ってみたい。自然とそう思っていた。
…会ってお礼を言いたい。そしてこの人を元気づけたい。
私にしてくれたように。
目の前にずらりと浮かぶ花たちを目にして涙が溢れる。
あなたのおかげで私は寂しくなくなりました。
あなたは寂しくないですか?
…男性から花を貰って、こんなにも嬉しい気持ちになったのは初めてです。
あなたにはどうすれば会えますか?
その時、目の前の花たちが一斉に動き始め、キラキラと小さな光が私に降り注ぐとそこでぷつんと意識がなくなった。




