最期の日
「どうぞ、お好きなように。どんな死に方でも、ここでこんなくだらない生活を続けるよりもずっと良いので。」
「くだらないですって!?」
目に毒なほど派手で気品を感じられないドレスを身に纏う彼女の手には小型のナイフが握られている。
私、フィオナ・アルタリスクはこの気性の荒い、エスティア元王女の侍女をしている。
元々公爵家の令嬢だった私は昔から彼女に敵意を持たれていた。そして嫌がらせのように側に置かれ、毎日毎日こき使われて、暴力を振るわれ。
彼女に恩も情もない私は、日課のように暴力を振るう彼女が初めてナイフを持ったことで、歓喜のあまり体が震えてしまった。
ここから生きて逃げたとしても、生きる希望がない私はさっさとこの命を終わらせて早く両親の元へと逝きたい。
「私が憎いのでしょう?ならば私を葬る絶好の機会です。」
「ああ。そうやって楽になりたいのね。でも、そうはさせてやらない。あんたには時間をかけて弱っていく姿を見せて欲しいから。一気に殺したらもったいないわ。」
うふふと元王族らしく上品に笑う彼女だが、私にはこの笑顔は昔から悪魔にしか見えなかった。
でも、これで最期だから。もう会うことはない。
親しい友達も愛おしい恋人も出来なかった。
本音を言えば寂しかったし、周りの人達が羨ましかった。
それでも、両親を亡くした悲しみを超える喜びがこの先の私の人生にあるとは思えない。
…あ、違う。私がこのまま生きていたらないけど、私が死ぬことで大好きな両親にまた会えるんだ。
待っててね。お父様、お母様。
「何笑ってんのよ!?薄気味悪い不気味な女!」
振り回した手がテーブルのグラスに触れ、中身が溢れる。
そして倒れたグラスやワインのボトルを私に向かって投げ始めた。
当たりはしなかったものの、音を立ててグラスとボトルが割れ、床がワインとガラスまみれになっている。
周りに散らばるガラスの破片を眺めながら、ちらりと彼女を見るとニヤリと笑みを浮かべていた。
「おい。何事だ。」
彼女の肩が大きく揺れる。
大股で部屋へと入ってきた彼は、ウィルフレッド・グレジア辺境伯。エスティアと結婚した眉目秀麗な男性だ。
その美しい顔を歪めながら、妻であるエスティアがナイフを持っている状況、そして侍女である私が床に座り周辺にはワインやガラスが散乱している状況を確認している。
「ウィルフレッド様っ!私、この侍女に突然襲われて!咄嗟に護身用のナイフを手に取ったのです!」
そう言いながらわざとらしく手を震わせてナイフを落とした。それを奪おうと動き始めたところで彼がナイフを拾い懐にしまってしまう。
あれを奪うのは極めて難しいだろう。
ちらりと下を見ればバラバラに割れたガラスがあるが、これで死ねるのか。
…いや、これしかないんだ。
じっとガラスを見ていた私を訝しむ視線が見ていたことには気づかない。
「ウィルフレッド様、私っ、怖かったです!」




