辛い優しさ
医務室に医師の姿はなく、グレジア様にソファへと下ろされると私の足元に跪き、そっと私の靴を脱がすと跪いた彼の足の上に私の足を置いた。
「あの、自分で…、」
「御令嬢相手に失礼な行為だとは重々承知しておりますが、きちんと手当てしなければ痛みが長引いてしまいます。」
手慣れた様子で薬を塗り、私の足に包帯を巻いていくグレジア様
正直、足の痛みなど感じていなかった。
それよりも男性に足を触れられていることの方が心臓に悪かった。
長くて綺麗な指が私の足に触れている。
私の足、綺麗であって欲しい…。
落ち着かなくて、そわそわ手を動かしているとパシッと手首を掴まれた。
「えっ?」
「手の傷が酷い。」
手のひらをグレジア様に開かれ、ドキッとしたが自分の手を見て驚いた。
あちこち切っているのか血が滲んでいる。
そういえば棘のある花がたくさんあった気がする。
丁寧に巻かれた包帯に靴まで履かせてもらい、次は手にたっぷりと薬が塗られた。
治療のために触れているだけなのに、手と手が触れ合う感触に顔が熱くなってくる。
薬を塗り終えると手にも包帯が巻かれていく。
指ひとつひとつにも綺麗に巻かれていく包帯
グレジア様って何もかもが綺麗。なんて思いながら頭までぼんやりと火照っている。
こんな優しい人だったんだ…。
前の人生では関わりがなかったから知らなかったんだ。
と、思ったところで、ある重大な事を思い出した。
カスティーラ帝国に負けたマムラ王国は土地と人質の要求をされ、荒れた土地と王女を差し出したのだ。
その王女の結婚相手が目の前にいるグレジア様で、私は王女の使用人として同行を命じられたのだ。
…今回も同じ要求をされるのだろうか。
今はお父様もお母様も生きているから私が連れていかれることはないと思いたい。
それに…、
「しばらくは不便ですが、安静にしてください。定期的に包帯を変えるよう王宮の医師に伝えておきます。」
「はい…、ありがとうございます。」
深く礼を言うと、また軽々と抱き抱えられる。
変な顔をしているのか、顔をじっと見られる。
とてもかっこよくて、優しい人
でも、グレジア様は王女と結婚される。
ぎゅっと口を噛み締める私を不審に思ったのか、もう一度ソファに下され、また私の足元に跪くと、じっと私を観察するように見つめられる。
「痛みましたか?ここでしばらく休みましょうか。無理に動かない方が良いので。」
「いえ…、部屋に戻ります。ありがとうございます。」
立ち上がろうとして、肩を掴まれる。
「顔色が悪いです。部屋に戻るのなら私が。」
「歩けないほどではないので…、すみません、お手を煩わせました。」
「ダメです。安静にしなければ痛みが長引きます。」
グレジア様の優しさが胸に刺さって痛む。
…グレジア様は王女と結婚されるのだから、あまり親しくしない方が良い。
「大丈夫です。手当てしてくださり、ありがとうございます。」
頑なに拒否する私にグレジア様が折れ、立ち上がろうとする私をそっと支えてくれる。
本当に、本当にその優しさが辛い。
グレジア様に惹かれている。
前回の人生では知り得なかった彼の優しさが私の胸を締めつける。
この優しさを知らなければ、私は全身全霊でアルタリスク公爵家に全てを捧げていただろう。
絶対手の届かないグレジア様を知ってしまった以上、これから先ずっとグレジア様の存在を胸に抱えて生きていくことになる。
それは辛すぎる。
捻った足を踏み出すと痛んで涙が出た。
足のせいにしよう。
ひょこ、ひょこ、と歩き始めると、グレジア様が側について体には触れていないが手を伸ばしていつでも支えられるようにしている。
その手が見えないように前を向いて少しずつ歩く。
「御令嬢、手だけでも俺に掴まると歩きやすいはずです。」
やっと医務室を出れた私にグレジア様が遠慮がちに声をかけてくれる。
スッと差し出された手にどうしようか迷っていると、
「すみません。触ります。」
グイッと差し出された手が私の顎に添えられて、顔を上げられると目を丸くしたグレジア様が私を見ていた。
眉に皺を寄せると胸元からハンカチを出すと私の目元に押し当てた。
泣いてるのバレたんだ。
大人しく目を瞑ってグレジア様の優しさを受け入れていると、ふわりとまた抱き抱えられていた。
「騎士に遠慮などしないでください。貴方はアルタリスク公爵家の御令嬢なのですから、貴方に何かあれば公爵が心配されます。」
お父様に包帯まみれの姿を見られたらどうなるだろう。
今の私みたいに泣いてしまうだろうか。
「ふふ、」
容易に想像できて笑ってしまう。
いつの間にか握っていたグレジア様のハンカチをグレジア様に巻いてもらった包帯だらけの手でぎゅっと握る。
今だけは良いだろうかと、そっとグレジア様に寄りかかって目を瞑る。
お父様、お母様が生きている。
それが私の人生で一番の喜びなのだ。
これ以上の幸せを回帰した身で望んではいけない。
そう固く決意しているフィオナに対し、ウィルフレッドはフィオナの笑った顔を見てピシリと動けなくなっていた。
さっきまで泣いていたのに、優しい顔で笑っていた。
公爵の名前を出したからだろうか。
そう考えると少し胸がザワりとして、体の固まりが解けていく。
目を瞑っているフィオナに配慮してそっと歩き始めた。
あんなに強くても、泣くんだな。
強い姿も凛としていて立派だったが、公爵に守られてただ幸せに笑っている人生の方が彼女にとっては何倍も良い。
「良い人生を送ってくれ。」
届かないほどの声量で呟くウィルフレッドだった。




