植物の精
私が手伝いを申し出ると彼、エレンは涙を拭って立ち上がると、テキパキと動き始めた。
鋏を渡され、完全に潰れてしまっている花を切って欲しいと言われた。
庭園には色とりどりの様々な種類の花が所狭しと咲いていて、美しいのだが潰されている花を見ては悲しくなった。
パチン、パチンと丁寧に花を切っていく。
時折、棘のある花に気づかず何度も指を刺してしまうが、構わずに続けた。
ふと、あの真っ白な空間に現れた花たちを思い出す。
この花もあったな、この花も。
あの花はここには無さそうだな。
庭園を歩き続けて、気づけば周りに誰もいなかった。
ナナリーもグレジア様もいない。
2人もたぶんエレンを手伝ってくれているのだろう。
ひと息つこうと鋏を置き上を見上げる。
「綺麗…、」
私がいたのは緑の植物がアーチ状になっているところだった。そこには白い花も計算されたように配置されている。
幻想的な空間にうっとりと眺める。
結構長く続く緑と白のアーチに癒されていると、ザリッと音がして振り向くとグレジア様がいた。
どうかしたのだろうかとグレジア様の様子を伺うが彼は固まっているように動かない。
「グレジア様…?」
声をかけても返事がなく、そちらに向かっている間もじっと目は私を見ている。
目の前まで来てもう一度声をかけると何度か目を瞬かせて返事が返ってきた。
「………、姿が見えなくなったので、探しました。」
「申し訳ありません。夢中になっていて。」
会話はそれ以上は続かず、沈黙が気まずい。
スーッと目を逸らし、お手伝いを再開しようと鋏を取りに戻ろうとして足を踏み出すと、何かに躓いてしまう。
「あ、……っ!」
「…あぶね、」
背中から現れた腕に助けられた。
その腕はすぐに離れていったけど、男性にこのように触れられ慣れていない私は体が固まってしまう。
「大丈夫ですか?足、捻りました?」
「いえ、大丈夫です。助けていただきありがとうございます。」
「念のため治療しましょう。失礼します。」
私は瞬く間にグレジア様に抱き上げられていた。
やや強引にも感じる、その行動に胸が激しく高鳴る。
思わず至近距離にある綺麗な顔を凝視する。
そんな私に構わず、グレジア様は何一つ変わらない、何も感じていないような表情でまっすぐ前を向いている。
少し長い黒髪は緩くカールがかかっている。
前髪も綺麗な碧眼に少しかかってしまうほど長いが、それが逆に色気を出している。
この碧眼がこの至近距離で私を見たら、心臓が止まってしまうかもしれない。
彼が一切私を見ないことに、残念なような、至近距離でじっくりと綺麗なお顔が見れて嬉しいような、そんな複雑な気持ちになりながらも目が離せなかった。
♢
抱き上げた御令嬢の軽さに少しだけ驚きつつ、足早に王宮の医務室へ向かう。
すぐ側から、彼女の純粋で大きな黒目にじっと見られている視線を感じ、気まずいようなむず痒いような不思議な気持ちになりつつ、顔を引き締める。
そうしないと変な顔をこの距離で見られてしまう。
緑のアーチを出ると日が差して彼女が身動いだ。
思わず彼女の体を自分の方に寄せると、さらに彼女の顔が自分の顔と近づいて息を飲む音が聞こえた。
その瞬間、無意識にやってしまったと後悔した。
貴族の御令嬢相手に馴れ馴れしくしてしまった。
どうしようかと悩んでいると、少しだけ彼女の体から力が抜けて俺に体を預けてくる。
ピタッと止まってしまいそうになった足を無理矢理動かして平然とした表情で歩き続ける。
御令嬢を抱えて歩いているだけなのに、激しく暴れている心拍を感じ取り、しばらく体を動かしていないから体が鈍っているのだと判断する。
緑のアーチで彼女を見つけた時は柄にもなく植物の精かと本気で思った。
彼女の銀髪は風に揺れて、白いドレスを着ていたから余計に妖精のように、清廉な空気を纏っており、安易に触れたら汚してしまうような。
そんなものを感じたが、流れで触れてしまった彼女はこの一連の流れに心底驚いているように俺から目を離さなかった。
そんな彼女が少しおかしかったが、何故か自分の気分が高揚していることには気づかない。




