犯人探し
◇ シュリの小屋 翌日の早朝
「そうか。妊娠したか」
リチャードが顔を綻ばす。
その隣に立つエドガーは、静かに頭を下げた。
「おめでとうございます」
「二人のお陰です」
シュリは深々と頭を下げた。
「シュリ、良かったな」
リチャードは、目を細めた。
その笑顔と佇まいは、小屋には相応しくないほど、
気品が溢れていた。
さすが領主の息子だけある。
シュリはそう思った。
「それにしても…… 王の子とされる子の父親が、
こんな小屋で暮らしているとは……想像するだけで楽しいことだ」
「はい」
シュリは照れくさそうに肩をすくめる。
「だがな、シュリよ。ここからが大変だぞ」
リチャードは顔を引き締めた。
「大変とは……」
「国王は長年子ができなかった。
そして、姫様だけが急に身ごもった。
人は理由を探す。必ずな」
「それは、オレになるのか」
「あぁ。そうだ。犯人探しは始まる」
シュリは思わず姿勢を正した。
「あの姫様と接点がある男は、お前とイーライしかいない。
だが、より危ないのはお前だ。
身分が低い分、真っ先に切り捨てられる」
「どうしたらいい?」
シュリは眉を寄せた。
ーー自分はどうでもいい。
けれど、疑惑が出て困るのはユウだ。
「動じるな。堂々としていろ。
妙にビクビクしていたら、疑われるだけだ」
「……」
無言で俯くシュリに、リチャードは問いかけた。
「姫様は妊娠した。目的は達成した。
それで、今後はどうする?」
「……どうする、とは?」
「それでも会いたいのか?」
「……逢いたい」
シュリは、ポツリと話す。
ーー毎日、顔を合わせている。
けれど、二人きりになることは滅多にない。
二人で妊娠の喜びをわかちあい、
髪を撫で、口づけをしたい。
二人だけで話をしたい。
「だよな」
リチャードは口元を歪めた。
シュリは頭を下げる。
「二人には、また協力してほしいと思っている」
ーーこれが、どれほどの負担になるかは承知している。
「仕方ないな」
リチャードは微笑む。
「……ありがとう」
「シュリよ」
リチャードは真面目な顔で、シュリの顔を見つめる。
「圧迫しない体勢を選んだ方がいいぞ」
「は?」
「激しい動きはしないほうがいい」
リチャードはニヤリと笑う。
「何を言っているんだ。ユウ様の体調を考えれば……!!」
シュリの声が裏返る。
「まぁ、上手にやれ、何事も」
リチャードは薄く笑った。
「稽古の時間です」
エドガーが告げた。
シュリとリチャードは小屋を出て、馬場へ向かった。
この日は、曇り空だった。
朝だというのにまるで夕方のような気配だ。
シュリが馬場に現れると、穏やかだった馬場の空気がシンとなる。
周囲の兵たちは、理解しがたい物の正体をつきとめようとでもするような、好奇心とおどろきの入り混じった目つきで見ている。
シュリは思わず手にした木剣を握りしめる。
「堂々としろ」
リチャードが声を抑えて告げる。
シュリは頷き、いつもの場所に行き、黙々と木剣を振る。
その間中、シュリの背中には視線が刺さったように感じた。
「お前だけじゃないぞ」
リチャードは、隣で唇を動かさずに話す。
「あの男も、だ」
リチャードの目線を動かすと、そこにはイーライがいた。
◇
稽古を終えたシュリは、複雑な表情を浮かべながら、
西棟の廊下を歩く。
「おはようございます」
廊下ですれ違った侍女に挨拶をすると、
彼女は、一瞬驚いた顔をした後、
ぎこちなく頷いた。
「おはようございます」
その返事は、いつもより硬い。
シュリがユウの部屋の扉を開けると、
ユウが椅子に座っていた。
「ユウ様! 横にならなくて大丈夫ですか?」
シュリは思わず駆け寄る。
「少しずつ体を縦にしようと思うの」
ユウは微笑んだ。
いくぶん肉の落ちた頬、相変わらず顔色は白い。
けれど、青い瞳は前と同じように強く輝いていた。
「姉上、朝食はまたりんご?」
レイが呆れたように話す。
ユウの卓の前には、スライスされた青いりんごが山のように盛られている。
「美味しいわよ。レイも食べる?」
ユウが微笑むと、レイはすごい勢いで首を振った。
シュリは、ユウが朝食を食べ終わるのを見計らって、
今朝の事情を簡潔に伝えた。
「そう……やっぱりシュリは疑われているのね」
「それはそうでしょう」
レイがごく当たり前のように頷く。
「城内では、すごい勢いでユウ様が妊娠されたと広まっております」
サキが控えめに話す。
「どうしたら、いいでしょうか」
ヨシノの声は、不安げだ。
「堂々とするしか、ないわ。
この子を、王の子として振るまう。
そうしないと、私の復讐が叶えられないわ」
ユウが静かに口を開いた。
「そうね」
レイも頷く。
「あの……」
サキが遠慮がちに声をかける。
「何?」
サキは迷うように視線を落とした。
「……一つだけ、気になっていることがございます」
「聞かせて」
ユウは顔を上げた。
「国王のお子という可能性も……」
「あの男の……?」
ユウは思わず腹に手を当てた。
「けれど……シュリよりも、キヨ様との交合の回数は多いです。
ひょっとしたら……その可能性もございます」
シュリの表情が、わずかに固まった。
その可能性を、考えたことがなかった。
腹の子は自分の子だと、疑いもしなかった。
けれど、それを証明する術など、どこにもない。
――シュリの子よ。
ユウも思わず反論しようとしたが、口を閉ざした。
そう思った。
そうであってほしい、と願った。
けれど、腹の中の子が誰の血を引いているのか。
今、それを確かめる術はなかった。
その時ーーカチッと室内に音が響いた。
ヨシノが扉を開けると、現れたのはイーライだった。
「失礼します」
顔を上げると、イーライの表情がわずかに緩んだ。
ユウが椅子に座っていたからだ。
「床を離れることができましたか」
イーライが尋ねると、ユウは頷く。
「前よりも元気よ」
ユウの言葉に、イーライは再び頭を下げる。
「それは、何よりでございます」
「それで……今日はどうしたの?」
「お伝えしたいことがあります」
「何?」
「昼過ぎにミミ様が面会に来られます」
ユウは思わず息を呑んだ。
――ついに、来る。
次回ーー明日の20時20分
待ち望まれた、新たな命。
その知らせは、喜びだけを運んできたわけではなかった。
それぞれの胸に秘められた、誰にも言えない想い。
静かに、何かが動き始める――。




