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私は優しくないの


朝日が差し込む庭園で、乳母のマーサは黄色いバラを丁寧に切り取った。


黄色のバラは、長年、仕えていたミミが一番好きな花だった。


花瓶に活けられた鮮やかな花は、部屋を明るく彩る。


しかし、窓辺では、ミミが庭園を眺めていた。


ーーもう、ずっと、あのご様子。


マーサは、バラから漂う香りを嗅ぎながら、

ミミの横顔を見つめた。


その表情は思い詰め、どこか硬くこわばっている。


「ミミ様。見事なバラでございますね」

マーサは花瓶を棚へ置き、穏やかに微笑んだ。


ミミは振り返ると、ぎこちなく微笑み返す。


「……本当ね」

かすれた声には、いつもの明るさはなかった。


その時ーー妃の部屋の扉が勢いよく開いた。


妾の一人、メアリーだった。


「ミミ様、失礼します」

メアリーは肩で息をしていた。


そこには、いつも落ち着いたメアリーは、どこにもいない。


「メアリー、おはよう。涼しくなって過ごしやすくなったわね」

ミミは、慌てて「妃の顔」を作った。


メアリーは、ミミの挨拶に対して短く頷く。


挨拶もそこそこに、ミミに切りだした。


「ユウ様が妊娠されたというのは、本当ですか」


ミミは一瞬表情が曇ったが、次の瞬間、笑顔で話す。


「本当よ。キヨは、それはそれは喜んでいるわ」


メアリーは静かにミミのそばへ近寄る。


「ユウ様は、本当にキヨ様のお子を宿しているのかしら?」


その質問に、俯いていたマーサの手が止まった。


メアリーの質問は、誰もが疑問に思っていたことを口にしたからだ。


ミミの笑顔は消え、メアリーをじっと見つめている。


「そんな。ありえないわ。

私だって、前の夫とは子を授かったわ。

でも、キヨ様とは……何度も交合しても授かれない」

メアリーの声は囁くようだった。


ミミは黙って話を聞いていた。


「私が年齢を重ねているから、そう思ったこともあるわ。

でも、私よりも若い妾と夜を共にしても、誰も子は授からなかった」

メアリーの口は止まらない。


話しながら、メアリーはユウの周囲にいる男の人を思い出す。


ーーあの乳母子、そしてイーライ。


乳母子はないわ。


あんな低い身分の男と姫が結ばれるはずもない。


ならば――。


メアリーの脳裏に、黒髪の重臣の姿が浮かんだ。


過去に、自分も色仕掛けでイーライを落とそうと企てたことがある。


国王とは子供ができない。


ならば、他の男と子を作る、と。


豊満な体を惜しみなく晒しても、イーライは一切揺れなかった。


あの男に欲のカケラもなかった。


何をしても靡かなかった。


――私には。


それでも、ユウ様になら……?


「ひょっとして……ユウ様は他の殿方とーー」


「そのようなことは、口にしてはいけません」

ミミは、素早く振り返った。


メアリーは肩をすくめた。


「でも、あの方だけ授かった。ミミ様、妙だと思いませんか」


部屋に沈黙が落ちる。


ミミは、目を伏せた後、ふふっと力なく笑った。


「……でも。

私も同じことを考えてしまったの」


「それは当然でございます。誰もが思うことです」

メアリーが力強く頷く。


「私も子が欲しかった。キヨとの子供が。

何度も試しても……ちっとも授からなかった」

そう話して、ミミは口元をきつく閉じた。


「……お気持ちはわかります」


温厚なミミが、見たこともない険しい顔をしている。


その表情が痛々しくて、メアリーの口数は減った。


「昔ね、キヨと妾の間に、一人だけ子を授かったことがあるの」

ミミは、窓辺に佇んで呟いた。


「……存じています」


「その時もね、私は醜い嫉妬心を抱いていたの。

自分との間には、子が授からなかったのに、

彼女とは子ができた。

何より……無邪気に喜ぶキヨを見るのが辛かった」

ミミは拳を硬く握りしめていた。


「……はい」


「子が産まれても、私の醜い感情は消えなかった。

どうして……?と何度も問いたわ。

あの子が亡くなった時……キヨは泣き崩れたわ。

私は悲しみと同時に、どこかほっとしたのよ」


「私も同じ立場なら、そう思います」

メアリーは、そっとミミに近づいた。


「私は妾たちに慕われているわ」

ミミの肩は震えていた。


「もちろんです。ミミ様のような優しい妃様は滅多におりません!

皆が慕うのは当然です」

メアリーが必死に話す。


ミミは静かに首を振った。


「私は優しくないの。

今まで、他の妾たちに優しくできたのは、

自分と同じように……子ができなかったからよ」

苦しげにミミは呟いて顔を伏せた。


「ミミ様……!」

メアリーは後ろから、そっと抱きしめる。


ミミは静かに涙を流していた。


その後ろ姿をマーサは見つめていた。


ーーミミ様は、ずっと苦しんでおられた。


キヨ様が新しく妾を迎えるたび、微笑みながら受け入れてこられた。


それは、自分は子を授かれないという負い目があったから。


それでも、最後には必ずミミ様のもとへ戻ってこられると、信じておられた。


けれど――。


ユウ様だけは違った。


キヨ様は、あの姫に心を奪われた。


そして、その姫が子を授かった。


マーサは、花瓶に活けられた黄色いバラを見つめた。


その花は今日も美しく咲いていた。


けれど、その花言葉だけは、あまりにも残酷だった。


今回登場した黄色いバラには、「嫉妬」という花言葉があります。ミミの心情を重ねてみました。


次回ーー明日の20時20分


懐妊の知らせとともに、城内に広がり始める疑惑。


そんな中、ユウのもとを訪れる正妃ミミ。


子を望み続けた正妃と、子を宿した妾。


二人は、何を語るのか――。

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