もっと喜べ
「姉上……それは本当?」
切れ長のレイの瞳が丸くなった。
「間違いないわ。子がいるの」
ユウは嬉しそうに、腹に手を当て肩をすくめた。
後ろに控えるサキも、嬉しい知らせに頰を緩めた。
「姉上……本当に良かった。シュリも……」
レイは寝台に近づき、ユウをぎゅっと抱きしめた後に、
そばにいるシュリを見つめた。
その黒い瞳は、喜びの涙で潤んでいた。
「はい」
シュリは、顔を赤く染めて頷いた。
「レイがいたから……こうして子ができたのよ」
ユウは、レイの背中を優しくさする。
レイは、ユウの胸に頰を預けながら、
寝台の棚を見上げた。
そこには、亡くなる寸前に母が手渡した木像があった。
「母上……姉上は血を繋いだわ」
レイの声は、小さく震えていた。
ユウは何も言わず、妹を強く抱きしめる。
二人の視線の先には、静かに佇む母の木像があった。
◇
その頃ーー
キヨは廊下を小走りに進みながら、
「わしにも、ようやく天が子を授けてくださった……」
と何度も呟いていた。
浮かれたキヨの背中を見つめながら、イーライは硬い表情のまま歩き続ける。
ーーキヨ様に、ようやくお子が。
重臣としては、これ以上ない吉報だった。
長年、誰も望めなかった跡継ぎが授かったのだ。
だが同時に、拭えない疑問もあった。
なぜ、今なのだ。
二十年以上、誰も子を授からなかった。
それが、ユウ様だけは懐妊した。
奇跡という言葉だけでは、胸のざわめきは消えなかった。
それでも、その疑問を口にすることは許されない。
他の女性であれば、これほど心を乱されることはなかった。
キヨはユウの部屋の扉を勢いよく開けた。
誰もいない居間を横切り、そのまま寝室の扉を開く。
そこには、寝台の上で抱き合うユウとレイの姿があった。
突然の国王の訪問に、二人は驚いたように動きを止める。
涙に濡れた青と黒の瞳が、一斉にキヨへ向けられた。
その奥では、サキとシュリが静かに二人を見守っている。
「ユウよ!」
キヨの体は喜びで震えていた。
ユウの体は僅かに強張り、レイは静かに離れた。
次の瞬間、キヨはユウがいる寝台ににじり寄る。
「ようやった、ようやった!」
キヨは何度も頷き、ユウの頰を両手を包み込み、
ユウの顔に何度も口づけをした。
キヨの襟元から漂う匂いに、ユウは気が遠くなりそうになる。
香油をつけなくても、受け入れ難い匂いだった。
本能的な不快感を味わう。
敏感な時だからこそ、わかる。
ーー私はこの男が許せない。
父を。そして母を。兄、祖父母。
大事な人たちは、皆、この男に奪われた。
キヨの喜ぶ顔を見て、ユウの胸の奥がざわめく。
ーーもっと喜べ。
腹の中の子は、お前の子ではない。
そう思いながら、湿った唇の感触を、ユウは黙って受け入れた。
「無理はするな。何でも欲しいものを申せ。
医師も産婆も、この国で一番よい者を呼ぶ」
キヨの言葉に、ユウは無言で頷いた。
どんどん顔色が悪くなるユウを見て、
ヨシノは黙って器を差し出す。
ユウは、それを受け取る。
「まだ、体調が悪いのか」
キヨは眉を寄せた。
「ええ……はい」
キヨはユウの腹にそっと手を添えた。
「きっと、勇ましい子になるはずじゃ。
わしとユウの子じゃから、な」
「子はまだ男子か、どうかわかりません」
「いや、きっと男の子じゃ。男の子に決まっておる。
ユウも、男の子を産むと話しておったでないか」
「はい。もし、男の子を産めばーー」
ユウは、青ざめた顔でキヨを見つめた。
「あぁ、覚えておる。欲しいものは何でも取らせてやる」
「……はい」
「子は何より大事じゃ。ユウも、子も、必ず守る」
キヨは目尻を下げて、話した。
その様子をじっとイーライは見つめていた。
◇
本城の回廊
執務室を出た後、サムとノアは黙って回廊を歩いていた。
人気がいない場所にたどり着いた時ーー
「……信じられない」
ノアはポツリと呟いて立ち止まった。
「どうした?」
サムが振り返ると、ノアはじっとサムの顔を見つめた。
「サム、お前だってわかっているだろう。
キヨ様に突然、子ができるなんて……ありえないだろう」
サムは何も返事をしなかった。
「私とキヨ様は、国王になる前からの長い付き合いだ。
隣で暮らしていたこともある。
戦に行けば、あいつはいろんな女を抱いていた。
けれど……」
サムは慎重に口を開いた。
「昔のことを、お前も知っているだろう」
「あぁ。でも、20年以上も前の話だ。なぜ、ユウ様だけ……」
サムの脳裏に、2人の青年が浮かぶ。
つい先日のこと、泉に行った時にユウの髪を梳かしていたシュリ。
そして、熱を孕んだ瞳をしていたイーライ。
「……なんで、だろうな」
サムは、そう呟いただけだった。
「疑問に思うのは私だけではない。
妻のマリーは、もちろん、領主、領民も……」
「あぁ」
サムは目を伏せた。
歓喜は城中を駆け巡った。
その陰で、誰もが同じ疑問を胸に抱いていた。
次回ーー明日の20時20分
ミミが愛する、鮮やかな黄色いバラ。
ユウの懐妊をきっかけに、彼女が初めてさらけ出した醜い感情。
その花言葉は――あまりにも残酷だった。




