嬉しいからです
ユウは寝台に横になったまま、目を閉じていた。
浅く息を繰り返すたびに、眉が苦しそうに寄る。
「ユウ様、お水だけでも」
ヨシノが匙を差し出す。
ユウは唇を湿らせようとしただけで、顔をしかめた。
「……ごめんなさい」
かすれた声に、ヨシノはそっと匙を下ろす。
「謝らなくてよろしいのです」
その声は優しかったが、胸の内は張り裂けそうだった。
レイは姉の背を静かにさすっていた。
寝返りを打つだけでも吐き気が込み上げるのか、苦しそうに唇を噛み締めた。
サキは寝室の扉を開け、部屋中の窓を開けた。
少しでも匂いが漂うと、ユウは顔色を変えてしまうからだ。
ヨシノが看病に付ききりの間、サキは普段ヨシノがこなしている雑務を引き受けていた。
シュリは新しい水を汲み、桶を替え、寝具を整えていた。
苦しむユウを見守ることしかできない。
拳を握り締めるたび、爪が掌へ食い込む。
その時、扉がバンッと開き、キヨが部屋に入ってきた。
「ユウ!!」
彼の手には、青いりんごを持っていた。
キヨの声に、ユウはうっすらと瞼を開いた。
寝室に足を踏み入れたキヨは、ぐったりと横になっているユウを見て、息を呑んだ。
「ユウ!」
キヨは思わず、りんごを放り出した。
それをすかさず、レイが受け止めた。
キヨは思わずユウを抱き寄せた。
「ユウよ……」
白い頬へ自分の頬を寄せる。
「かわいそうに。わしのせいで、こんなに苦しむなんて!」
キヨは、離さないとばかりにユウを抱きしめた。
ユウの顔が、みるみるうちに蒼白になっていく。
後ろに控えたイーライも、ユウの姿を見て、息を呑んだ。
わずか数日の間に、痩せていた。
「ユウよ。もう一度、わしの顔を見てくれ。
ユウに睨まれたい!」
キヨは甲高い声を上げる。
次の瞬間、ユウは鶏が絞しめ殺されるような声を出した。
「失礼します」
シュリが静かに器を差し出す。
次の瞬間、ユウは器に顔を埋めた。
もう、吐くものなど、何もないのに。
「……ユウ」
キヨが悲しげに眉を寄せる。
「姉上は、香りが苦手で」
レイは控えめに、キヨに話す。
「香り?」
「キヨ様の髪についた香油が苦手なんだと思います」
キヨは慌てて、寝室から退出して扉の前で様子を見つめていた。
「キヨ様の命で、ワスト領からりんごが届いております」
イーライがカットしてあるりんごの皿を差し出す。
ユウは、わずかに目を開けた。
「失礼します」
シュリが頭を下げ、薄いりんごを手にした。
毒味は、シュリの仕事の一つだった。
一口、食べた瞬間、シュリの顔はしわくちゃに窄まった。
「どうしたんじゃ」
扉の外から、キヨが声をかける。
シュリは、必死の形相で飲み込んだ。
「ど……毒はありません。
ただ……信じられないほど酸っぱいです」
シュリは、吃りながら答える。
「ユウ様、少し体を起こしましょう」
ヨシノに支えながら、ユウは体を起こす。
「どうぞ」
イーライは皿を差し出す。
吸い寄せられるように、ユウはりんごへ手を伸ばした。
レイは息を呑む。
次の瞬間、ユウはりんごを口にした。
「口にされた!」
ヨシノは口を押さえた。
ユウはゆっくりと噛み締めた。
しばらく目を閉じる。
そして、小さく微笑んだ。
「美味しい」
「食べたぞ!」
キヨがはしゃぐ。
イーライは、少しだけ口元を緩めた。
ユウは、次々とりんごを口にした。
追加の皿を取ろうとしたイーライは、部屋の片隅にいるシュリに目が入った。
シュリは静かに涙を流していた。
その姿を見て、ヨシノも口元を押さえた。
レイも涙をこぼした。
サキも目を赤くしていた。
ユウがりんごを持ったまま、シュリの顔を見た。
「シュリ、どうして……泣いているの?」
戸惑うように見つめる。
長い付き合いの中、シュリが泣いている姿は、
数えるほどしかない。
シュリは慌てて、涙を指で拭った。
「嬉しいからです」
そう言って微笑んだ。
その言葉に、部屋の空気がようやく和らいだ。
次回ーー明日の20時20分
ついにユウの懐妊が判明。
国王は歓喜し、重臣たちは動き出す。
その喜びの裏で、それぞれの胸に秘めた想いが交錯する。




