父は誰なのか
◇ワスト領 グレイ城
「……美味しい!」
ウイは頰を緩めて、りんごの砂糖漬けを口にしていた。
「さっき、朝食を食べたばかりじゃないか」
リオウが微笑む。
「大丈夫よ。甘いものは、いくらでも食べられるわ」
「そしたら、体が膨らむ」
リオウが面白そうに揶揄うと、ウイは目を見開いた。
ーー確かに。前より体はふくよかになっている。
「そんなことを言うなんて、ひどいわ」
頰を膨らませて顔を背ける。
「冗談だ」
リオウは、ウイの金褐色の髪を宥めるように撫でた。
窓の外には、陽光を受けたロク湖が静かに輝いていた。
空気はまだ、夏の緑の匂いがする。
「リオウ様、ウイ様、お手紙が届いております」
乳母のモナカが言いにくそうに伝えた。
「げ……」
ウイの顔が引き攣る。
「どなたから」
「はい……メアリー様からです」
モナカが遠慮がちに、文を差し出す。
2人は黙って封を開けた。
ウイは手紙を数行読み、吐息をこぼした。
義姉からの手紙の内容は、いつも同じものだった。
早く子を作るように。
コク家の血を繋ぐように、と。
ーー授かれるものなら、授かりたい。
ウイは唇を噛み締めた。
結婚して、1年8ヶ月。
自分とリオウには、いまだに子ができない。
同時期に結婚した人たちは、続々と子を成している。
隣で手紙を読んでいるリオウは苦笑いをしていた。
「義姉上からは、なんと?」
ウイが質問をすると、リオウは曖昧に微笑み、手紙を畳む。
「特に何もないよ。ウイと母上は元気か、という内容だ」
「嘘よ! 妾を持つように、と進言でしょ」
ウイが、リオウに迫る。
「え……いや。そんなわけでは」
リオウは顔が引き攣る。
三姉妹の中では、ウイは従順な方だと思っていた。
けれど、時折、気の強さを感じるところもある。
その度に、リオウは思うのだ。
ーーセン家の姉妹だな、と。
「文を見せて」
ウイが、リオウの手にある手紙に手を伸ばそうとするとーー
「お客様です」
モナカの声に、リオウは心底助かったと言わんばかりの顔で、
「通してくれ」と伝えた。
「リオウ、ウイ様、お久しぶりでございます」
ノアが頭を下げる。
「遠方から、わざわざありがとうございます」
リオウが頭を下げ、ウイも一緒に頭を下げる。
顔を上げたノアは、二人を見てふっと微笑む。
「お幸せそうで、何よりです」
「あぁ……感謝する」
リオウは、恥ずかしそうに目を伏せ、ウイは頰を赤らめ肩をすくめた。
「キヨ様からのお手紙でございます」
「国王から……」
緊張した顔でリオウは封を開いた。
国王からの直々の手紙、それは重大な知らせに違いない。
読み進めるうちに、リオウの顔は緊張から、不思議そうなものになった。
「キヨ様が青いりんごを所望……?」
「はい、それが国務です」
「……もちろん、良い」
リオウは頷いた。
「それでは、私は失礼します」
ノアが立ち上がったので、慌ててウイが引き止める。
「お疲れでしょう。今日は泊まられても……」
「そうしたいのですが……これから、レーク城の跡地へ行って、
領民にりんごの収穫を指揮することになっております」
ノアが小さく頭を下げる。
「そんなに青いりんごが欲しいの?」
ウイは不思議そうに目を瞬かせた。
ノアは頷いた後に、懐に入った手紙を取り出す。
「ユウ様の乳母、ヨシノからの文です」
「ヨシノ? 姉上やレイじゃなくて?」
首を傾げるウイに、ノアは頭を下げて部屋から出ていった。
ノアが去ると、ウイは手紙を広げた。
読み進めるうちに、群青色の瞳がどんどん大きくなる。
「何か、あったのか」
リオウが心配そうに見つめると、ウイは静かに手紙を膝に置いた。
「姉上が……妊娠したかもしれない」
その言葉に、リオウは言葉を失った。
「つわりがひどいようで、青いりんごを求めているみたい」
ウイは、手紙を見つめたまま話す。
「……不思議だ」
リオウの声は、硬かった。
「なぜ?」
ウイが顔を上げると、リオウは静かに首を振る。
「キヨ様は……妾が何人もいる。
何人もの妾を迎えながら、一人も授からなかった」
「それは、姉上が特別な力を持っているから……」
ウイは、首を傾げる。
「二十年以上、一人も授からなかった。
それなのに、ユウ様だけ……」
リオウは、ウイを見つめて話す。
リオウの言葉に、背後にいたモナカも黙って頷く。
「……だって、でも……」
否定の言葉が飛び出すが、その後の言葉が出なかった。
ウイは、夫の顔を見つめた。
視線が合った2人は、無言で頷いた。
どうしても、父親がキヨだとは思えなかった。
2人の脳裏には、ユウを誰よりも近くで守り続けてきた、あの青年の顔が浮かんだ。
だが、それは絶対に口にしてはいけないことだった。
◇
その日の夜。
ろうそくの灯が城内を照らし始めた頃――。
サムはよろめきながら城門へ辿り着いた。
馬の背には、小さな青りんごを詰めた荷袋が二つ、しっかりと括りつけられていた。
「サム様!」
駆け寄ったイーライが、その姿を見て目を見開く。
「大丈夫ですか」
馬も肩で荒い息をついていた。
「私は大丈夫だ」
サムは馬の首を軽く叩きながら、息を整える。
「早く……ユウ様へ」
そう言って荷袋を侍女へ差し出す。
「明日以降は、ノアが荷台いっぱいのりんごを運んでくる」
「承知しました」
イーライは深く頭を下げた。
そこへ、足早にキヨが姿を現す。
「サム、よう頑張った」
「はっ」
サムが頭を垂れる。
キヨは荷袋から青りんごを一つ手に取った。
まだ青く、酸味の強そうな実だった。
「さあ、ユウのところへ参るぞ」
次回ーー明日の20時20分
あの日、母シリを救った青りんご。
今度は、その実が娘ユウの命を支える。




