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命を繋ぐ青りんご


「イーライ様、国王にお願いがあります」

ヨシノが真剣な顔で、話した。


「お話でしたら、私の方で行いますが」

イーライは、静かに口を開いた。


「いえ……私の口で説明したいのです」

ヨシノの声は震えていたが、真っ直ぐにイーライを見つめていた。


イーライは、わずかに眉を寄せた。


使用人が直接、国王へ願い出ることはない。


まして乳母ともなれば、前例など聞いたこともなかった。


「ユウ様は、もう2日も何も召し上がっておりません。

水もお飲みになろうとしません」

ヨシノは、イーライに一歩近づく。


イーライは、小さな吐息を漏らした。


ーーユウ様の命に関わるのであれば、前例など守っている場合ではない。


「……承知いたしました。今からでよろしいですか」


「はい」

ヨシノは震える手でエプロンをとった。


「キヨ様は執務室で重臣会議を行なっております」

イーライは、本館の廊下を歩きながら説明をする。


ドアをノックした後に、イーライが頭を下げる。


「イーライか。ユウの調子はどうだ」


「依然、食事も水もほとんど召し上がれません」


キヨの表情が曇る。


イーライは一瞬だけ言葉を選んだ。


「……本来であれば許されぬこととは存じます。

しかし、この件は乳母ヨシノ自らお伝えすべきと判断いたしました」


イーライが促すと、ヨシノが強張った表情で執務室に入った。


「ユウ様付きの乳母、ヨシノと申します」


緊張で震えるヨシノに、顔馴染みのサムが静かに頷く。


「乳母か。どうした」


「今日はお願いに参りました」


「願いじゃ、と」

キヨは、首をわずかに傾げる。


「ユウ様は、何も召し上がることができません」


「それは、さっき聞いた。

お前らが知恵を絞って、食べさせるように励むのだ」

キヨの厳しい視線が、ヨシノへ向けられた。


「ユウ様のお母上、シリ様も、このように容体を崩されたことがあります」


その言葉に、キヨが慌てて姿勢を正した。


「……シリ様も、か?」


「はい。ウイ様を宿した時に、食事はおろか、水も一切召し上がらなかったのです」


ヨシノの言葉に、周囲の重臣がざわつく。


キヨは、目を見開いたまま固まった。


イーライも雷に打たれたように息をのんだ。


ーーまさか。そんな。


あの体調不良は妊娠の兆候?


「それでは……今回の体調不良は、つわりなのか」

サムが、強張った表情でヨシノに質問をした。


「サム、覚えている?

あの時、シリ様は1ヶ月近く床についていたわ」


「あぁ……そうだった。確か……」


「りんごの実を食べて、命を繋いだの」

ヨシノが声をかけ、サムが目を見開いた。


「そうだった! 毎日、りんごだけを口にしていた」

サムは思わず立ち上がった。


「……それでは」


キヨはゆっくりとヨシノを見る。


「ユウは、妊娠しておるのか」


キヨは椅子の肘掛けを強く握った。


何度も夢見た言葉だった。


部屋が静まり返る。


ヨシノは、慌てて前をむき頭を下げる。


「わかりません。けれど、今のユウ様が口にできるものを

調達して欲しいのです」


「……もし本当に懐妊なら、国の慶事だ」

エルが慎重に話す。


「懐妊の有無は後から確認できます。

まずは命を救うことが先です」

気を取り直したイーライが口を開いた。


そして、ヨシノを見据えた。


「りんごでしたら、砂糖漬けがあります」


ヨシノは静かに首を振る。


「熟してない青いりんごを希望しております」


その言葉に、周囲がざわつく。


「あれは、とんでもなく酸っぱい。食べられたものではない」

ノアがりんごの味を思い出したかのように、

顔を顰めた。


「ええ。でも、ユウ様が召し上がれるのでしたら」

ヨシノが頷く。


「青いりんごか。それなら時期は過ぎているぞ」

キヨの隣に座っていたエルが首を傾げる。

 

「旧・レーク城の北側一帯のりんご畑は、日当たりが悪いので、

まだ、青いりんごもあるか、と思います」

昔、レーク城に仕えていたサムが口を挟む。


「ユウ様が子を宿しているか、まだわかりません。

けれど、キヨ様、お願いできますか?」

ヨシノが頭を下げる。


「……わかった。ユウの命を救うなら、なんでもするぞ」


「それでしたら、領主のリオウ殿にりんごの承諾書の文を書きます」

イーライは、着座するなり書状にペンを走らせた。


「私がりんごを集めよう。レーク城周辺なら、土地勘がある」

サムが手を上げた。


「それでしたら、私がリオウのところに書状を持ってくる」

ノアが、立ち上がる。


イーライが書いた書状に、キヨがサインを書いた。


「ノア様、こちらの手紙もウイ様に渡してもらえますか」

ヨシノが手紙を差し出す。


キヨから、書状を受け取ったイーライは、

素早く領印を封筒に押した。


「後ほど、りんごを荷台に積めるように人員を手配いたします」


「早馬を使えば、明日の夜には戻るかと」

サムはそう言い残すと、厩へ向かった。


「私も失礼いたします」

ノアも書状を胸に、一礼して執務室を後にする。


ヨシノは深々と頭を下げ、静かに部屋を出ていった。


静寂が戻る。


「子が……わしに子が……!」

キヨは思わず立ち上がった。


やがて、喜びを抑えきれぬように肩が震えた。


隣に座るエルが、静かに口を開く。


「まだ、決まったわけではない」


キヨははっと我に返り、重臣たちを見渡した。


「……そうだったな。それまでは、ミミにも内密に」


「はっ」


一同が頭を下げる。


期待で頰を緩めるキヨの横顔を、エルは見つめていた。


――兄者に、子が……? 


まさか。


本当に、兄者の子なのか。


シリ編を読んでくださった方なら、「青りんご」という言葉で思い出していただけたかもしれません。

母から娘へ、命を繋ぐ知恵として、このエピソードを受け継がせたかったので、ようやく書くことができて嬉しかったです。


次回ーー明日の20時20分


希望を乗せた青りんごが城へ届く。


その一方で、ユウの懐妊を疑う者は、少しずつ増え始めていた。

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