そのお方は、あなた様です
「ユウ様の秘密を教えてください」
イーライは、何かを決意するように唇を引き結び、思い詰めた表情でユウを見つめた。
「私の秘密?」
今度は、ユウの顔が引き攣る。
「はい」
イーライは目を逸さなかった。
大木の影から、見つめるシュリは体が板のように固まった。
ーーユウ様は、イーライを味方につけるように仕向けている。
けれど、今は逆だ。
イーライが、ユウ様の秘密を暴こうとしている。
やはり、イーライは恐ろしい。
シュリは、思わず喉をゴクリと鳴らした。
「なにかしら」
ユウの声は、少しだけ強張っていた。
「私の見立てに誤りがなければ、ユウ様はキヨ様にお心を開いてはおられません」
イーライは、まっすぐにユウを見つめた。
その眼差しに耐えられなくなり、ユウは目を伏せた。
ユウが何も言わないので、イーライは続ける。
「それなのに、急にキヨ様とのお子を欲しがる。
体まで変わった。それが妙だと思うのです」
イーライは、返答を待ちながら、ユウの表情を静かに探った。
ーーまずい。
シュリは、恐ろしげに首をすくめた。
この場面を、どう乗り切るか、シュリには検討もつかなかった。
穏当に済ませたいのなら、「キヨが好きになった」と回答するべきだろうか。
目を伏せていたユウは、突然ふっと微笑んだ。
「そうよ。私はキヨを憎んでいるの」
その言葉に、シュリは固まった。
ーーユウ様!なんてことを!
追い討ちをかけるように、ユウは顎を上げた。
「あの男を殺したいほど、憎んでいるの」
その声が、夜の草原にしんと響き渡る。
月光の元、イーライの顔が強張るのがわかった。
ーー好いていると答えるはずもないと思っていた。
けれど、いまだに殺意を抱いていると話すとは思わなかった。
イーライは、拳を静かに握りしめる。
「そのお言葉は、反逆になります」
「反逆? まさか! 反逆は裏切りということよ。
私は、最初からあの男に従うつもりは毛頭ないわ。
両親や祖父母、兄を追い詰めたあの男を許せると思う?」
「……それゆえに、キヨ様は、ユウ様と妹君を保護しております」
その言葉に、ユウは肩をすくめる。
「聞いて呆れるわ。保護と言いながら、私を抱くのよ。
あんなに年寄りなのに」
ユウの瞳は、見る見るうちに憎しみの炎が灯る。
その瞳は、人を惹きつける魔力のようなものがあった。
イーライは、思わず見惚れてしまいそうになるのを、必死で堪えた。
「交合前に、あなたが確認するのは良いことよ。
そうじゃなきゃ、あの男を殺したくなるの」
ユウの声は滑らかで淀みがなかった。
それは、いつも考えているからこそ、発せる言葉だった。
「それならば、なぜ子を欲しがるのですか」
イーライの声は低く、静かだった。
逃げ道を塞ぐような問いだった。
ユウは月を見上げ、ゆっくりと息を吐く。
「復讐よ」
月光を浴びたユウの首筋は、息を呑むほど美しかった。
「……復讐ですか」
イーライの眉が寄る。
復讐と子供を欲しがることは、結びつかない。
「殺すだけでは足りないの。
だから、子を望んでいるのよ」
「……どういうことでしょうか」
ユウは、イーライを見つめた。
「母に言われたの。血を繋げ、と」
イーライは黙って続きを待つ。
「国王の血に、滅ぼされた母の血が混じるのなら……
それは、母が望んだ最高の復讐になるわ」
夜風が草を揺らした。
イーライの黒い瞳が、わずかに揺れる。
「……そのためだけに、お子を」
「ええ」
ユウは迷いなく頷いた。
「私は、あの男を嫌い抜いているの。
血を繋ぐことは、父の願いだった。
母は、その願いを叶えるために、私たちを育み、生き抜いたの。
父と母に託された望みを、私が叶えるの」
イーライは深く息を吸った。
「……そのようなことを」
「愚かだと思ってもいいわ。
女に残された復讐は、それしかないの」
ユウは、イーライを見つめた。
その言葉には、一片の迷いもなかった。
その強い眼差しを見つめ、イーライは静かに息を漏らした。
ーー彼女が言っていることは、重臣としては認められない。
けれど、一人の男として、彼女を応援したいと思ってしまった。
初めて好きになった女性は、美しく、強く、苛烈な人だった。
この想いを口にすることはできない。
けれどーーこの想いを忘れないまま生きていく。
「私は重臣として、キヨ様に仕えております」
イーライは、月を見上げながらつぶやいた。
「そうね」
ユウは頷きながら思った。
何を今更ーーイーライの働きぶりを見れば、
誰でも思うことだ。
イーライは、振り向いて頷いた。
「ですが、一人の人間として、この先お守りしたいと思う方は、
お一人だけです」
「奥様?」
「違います」
「え」
イーライの熱を帯びた瞳で見つめられ、
ユウは落ち着かない気持ちになる。
なぜだろう。
その言葉は、忠誠の誓いではなく、求婚のように聞こえた。
「そのお方は、あなた様です」
「私? 私は……妃でもない。妾よ」
ユウは目を見開き、狼狽えた。
「そのようなお立場は、私には関係ございません」
イーライは、まっすぐにユウを見つめた。
「……イーライ」
ユウは呆然としたままつぶやく。
イーライは静かに片膝を折った。
「夜露で濡れてしまうわ」
ユウは、慌てて立ち上がるように促す。
「失礼を、お許しください」
そう囁くと、イーライは、ユウの白い手を壊れ物でも扱うように両手で包んだ。
ゆっくりと手を持ち上げ、手の甲へ静かにイーライは口づける。
唇は一瞬触れただけ。
イーライはすぐに手を離し、再び頭を垂れた。
それは主従の証でもあった。
「イーライ」
ユウの声は、驚きで震えていた。
イーライはゆっくりと顔を上げた。
月明かりの中、その黒い瞳から迷いは消えていた。
「私の命にかけても、ユウ様をお守りします」
その瞳は穏やかだった。
けれど、そこには揺らぎはない。
命を懸けることさえ惜しまないと決めた人だけが宿す、
静かな決意が滲んでいた。
この夜から、イーライは己の命を、ユウのために使うと決めた。
次回――明日の20時20分
山小屋で交わされた誓いを胸に、一行は城へ。
だが、待ち受けていたのは新たな試練だった――。




