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満月の問い

山小屋を出ると、雨上がりの草原がどこまでも広がっていた。


雲はすっかり流れ去り、夜空には満月が静かに浮かんでいる。


月の光が濡れた草を銀色に染め、淡く輝いていた。


ユウは濡れた草を踏みしめ、空を見上げた。


「綺麗……」


その小さな声に誘われるように、イーライも足を止めた。


月の光が金色の髪を照らし、一筋一筋が銀糸のように輝いていた。


黒いドレスは夜に溶け込み、白い肌だけが月光を受けて淡く浮かび上がる。


イーライは、息をすることさえ忘れて見つめていた。


ーー美しい。


飾り立てた普段の装いよりも。


宝石を身にまとった宴の夜よりも。


今、この月光の下に立つ彼女が、何より美しかった。


思わず一歩踏み出しかけた足を、イーライは止める。


ーー道を踏み外すな。


私には、この方をそんな目で見る資格はない。


彼は静かに拳を握り締め、視線を伏せた。


ユウは振り返る。


「今夜は、良い月夜ね」


「……はい。とても、月が美しいです」

イーライは、月ではなくユウを見つめて話した。


銀色の月光を浴びる二人を、シュリは大木の影に身を潜めて見つめていた。


ーーこんな風に、イーライと二人きりにしておくのは面白くない。


胸の奥が、じくりと疼く。


それでも目を離せなかった。


ユウ様は、ここで何を話すつもりなのだろう。


あの方は「嘘はつかない」と言っていた。


だからこそ、なおさらわからない。


嘘をつかずに、どうやってイーライの心をこちらへ引き寄せるのか。


シュリは息を殺したまま、二人を見つめ続けた。


「こちらへ」

ユウは、イーライを隣に立つように促した。


「……いえ、それは」


重臣とはいえ、ユウの隣に立つのは許されない立場だ。


「良いのよ。ここは城ではないから」

月光の元で、ユウが微笑む。


イーライは、ユウと少し距離を開けて隣に立つ。


ーーこんな夜は。


重臣という立場ではなく、ただの一人の男になりそうで怖かった。


強すぎる月の光は、自分を保つことを忘れそうになる。


イーライは、必死に自分を保とうとした。


「ここでしか、聞けない質問があるの」

ユウの声は重々しかった。


「なんでしょうか」


ユウは、少し戸惑ったように口を開き、再び閉じた。


静かに促すようなイーライの眼差しを受け、

ユウは一気に早口で質問をした。


「どのくらいのペースで交合して、子を授かったの?」


「え」

その質問に、イーライは絶句した。


まさか、そんな質問をするとは思わなかった。


近くで見つめていたシュリも、目を丸くした。


ーーなんてことを質問するんだ。


突拍子もない言葉に、開いた口が塞がらなかった。


「……わかっているわ。

こんな質問をするのは、はしたない。と。

でも、私はどうしても知りたいの」

ユウの声は、こわばっていた。


月明かりの下でも、頬がほんのりと紅潮しているのがわかった。


恥ずかしそうに目を伏せ、指先をもじもじと重ねる。


城では決して見せない、少女のような仕草だった。


イーライは、言葉を失った。


ーーまずい。


恥じらうように目を伏せる、その仕草が胸を締めつける。


五年前から閉じ込め続けてきた想いが、音を立てて軋んだ。


無言で佇むイーライを、ユウはちらと視線を送る。


それに気づいたイーライは、慌てて自分を取り戻した。


ここは、重臣として質問に答えなくてはいけない。


それでも、いつものように滑らかに口が動かない。


「……週に一度です」


ユウは驚いたように顔を上げる。


イーライは若い。


なので、もっと交合の機会が多いと予想をしていた。


「週に一度?」


驚きを隠せない青い瞳が月明かりに揺れる。


その無垢な眼差しに、イーライは気が遠くなりそうになった。


イーライは落ち着かないように目を伏せて答えた。


「はい」


週に一度。


その理由だけは、生涯口にすることはない。


「それで……授かったのね」


「はい。春に結婚をして、秋に授かりました」

イーライは、咳払いをして落ち着かない様子で答えた。


「そうなの」

ユウは俯いた。


ーーシュリとの交合は月に2回だけだ。


そのペースだと、子が授かるのは遅いかもしれない。


ひょっとしてーーキヨだけではなく、

自分も子が授かりにくいのかもしれない。


ユウが俯く様子を見て、イーライは慰めるように話す。


「子は授かり物です。

回数や時期ではなく、神の采配というべきで……」


ユウは黙って首を振る。


「私の母は、一度の交合で私を授かったの。

授かりにくいのは、私のせいかもしれない」


「そんな事はございません」

イーライは即座に答えた。


ユウに子が授からないのは、キヨが原因だ。


それは、数多に妾がいるのに、誰も子が授かってないことが証拠でもある。


それでも、ユウの表情は晴れない。


「イーライは、妾がいるの?」


再び、唐突な質問にイーライは息を呑む。


「め……妾ですか」

思わず声が裏返る。


「そうよ。あなたは重臣よ。

奥様が妊娠中は、妾と子作りをするのが普通でしょ」


ユウは真っ直ぐに、イーライを見つめた。


月光の元、イーライの頰が引き攣るのがわかった。


ーーユウ様。


シュリは思わず額に手を当てた。


もっと他に聞くことがあるでしょう。


子が授からない悩みはわかる。


自分との交合でも、子は授かっていない。


だが、妾の有無を尋ねて、何が見えてくるのだろう。


彼女の質問は、策ではなく、純粋に思っていることを述べているだけのような気がした。


これではイーライを味方につけるどころか、話が逸れてしまう。


シュリは月明かりの下の二人を見つめた。


ーーこの先、一体どこへ話を着地させるつもりなのだろう。


次回――明日の20時20分


イーライが求めたのは、ユウが胸に秘めた「秘密」。

その告白が、二人の運命を大きく動かしていく――。

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