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私は、あなたが思うような男ではありません



呼ばれたイーライは、ユウの半歩後ろに控えた。


「お呼びでしょうか」


「少しだけ話したいの」

ユウは大木の根元へ歩き、木陰に腰を下ろした。


「あなたも座って」


イーライは一瞬ためらう。


「立ったままで結構です」


「だめ。私も座っているもの」


そう言って隣をぽんと叩いた。


イーライは静かに息をつき、

少し距離を空けて腰を下ろした。


そして、躊躇いながらユウを横目にみる。


泉で洗ったばかりの金色の髪は、陽の光を受けて柔らかく輝いている。


乾かしたばかりの髪を風がさらりと揺らすたび、ほのかに花の香りが漂った。


「やっぱり城の外は気持ちいいわ」

そう言って笑うユウの表情は、城で見せる強張った表情でもない。


想われ人ではなく、母代わりの姉でもなく、姫でもない。


年相応の少女のように無邪気で、どこまでも晴れやかだった。


イーライは、その笑顔から目を離せなかった。


この一年、イーライが見てきたユウは違う。


夜が近づくたび、唇を固く結び、

寝室へ向かう前には、覚悟を決めるような苦しげな表情を浮かべていた。


だからこそ、今、目の前で無邪気に笑う姿が眩しかった。


思わず見入っていたことに気づき、イーライは静かに視線を伏せた。


――これ以上、見てはいけない。


俯いたイーライに、ユウの柔らかい言葉が耳に入った。


「イーライ、子が生まれたと聞いたわ」


その言葉に、目を瞬かせる。


「はっ。ようやく、1ヶ月経ちます」


「子は、男子と聞いたわ」


「はい」


「そうなの。奥様やお子の体調はどうなの」


「お陰様で、母子ともに健やかでございます」


その言葉を聞いて、ユウは微笑んだ。


「良かったわね。イーライ、おめでとう」


「ありがたきお言葉、身に染み入ります。

これからも、トミ家の繁栄につながるように努めてまいります」

イーライは頭を下げた。


「そんな言葉はいらないわ。

お子は可愛いのでしょうね」

ユウは、うっとりするように顎を膝をのせた。


「……はい」

目を逸らしたイーライに、ユウは微笑む。


その笑顔が眩しすぎて、イーライは思わず俯いた。


ーー見惚れてはいけない。


妻を娶り、子を産んだとしても。


未だに、この方を前にすると惹かれてしまう。


そんな自分が許せなかった。


「前にも話したけれど、私はあなたの誠実な態度に、

いつも心が救われていたわ」


ユウの言葉に、イーライは顔を上げた。


ーー誠実な態度とは。


その言葉に疑問を抱いたのだ。


「その……あの男と夜を迎える前に、あなたの確認があるわ。

女性の肌を見ても、揺らがない。

任務を全うするあなたの仕事ぶりは素晴らしいと思っているの」

ユウは、少し照れながら肩をすくめて話す。


ーーイーライには全て見られている。


恥ずかしく、気が滅入りそうな確認作業だけど、

イーライの手や指は、邪心が一切ない。


悍ましい夜を迎える身としては、

それが救いだった。


その言葉に、イーライは唇をギュッと噛み締めた。


ーー違う。


本当は、いつも狂いそうな気持ちを抑えながらあなたを見ている。


回を重ねるごとに、体の線はまろやかな曲線を帯びていった。


その変化以上に、胸を焼いたのは、肌に宿る艶だった。

誰かに愛され、抱かれた女だけが纏う潤い。


それを触れるたび、胸の奥で黒い嫉妬が膨れ上がる。


目の前に揺れる控えめな果実のような頂に唇を寄せたら……何度も思っていた。


妻を抱きながら、子供が産まれたとしても、

欲望と執着から逃れることはできない。


普段、決して口にしない胸の奥の秘め事が、

ここでは、唇の手前までこぼれそうになる。


それを、必死に抑えるために、唇をさらに噛み締めた。


無言のイーライに、ユウは見つめる。


「良い重臣で、良い夫で、良い父親だわ。頼りにしている」


その言葉に、イーライは一瞬だけ表情を崩した。


「……ユウ様、それは違います」

いつもより低い声だった。


ユウは、不思議そうに首を傾げる。


「何が違うの?」


イーライは拳を強く握り締めた。


もう、この想いを胸にしまっておくことが苦しかった。


「私は、あなたが思うような——」


その瞬間だった。


ゴロゴロ……


山の向こうで、低く鈍い雷鳴が響く。


二人は同時に空を見上げた。


つい先ほどまで青かった空は、いつの間にか黒い雲に覆われている。


冷たい風が、木々を大きく揺らした。


「……嵐が来ます」

イーライは静かに立ち上がった。


胸に溢れかけた想いは、再び奥深くへ押し込められる。


そこにいたのは、ただ忠実な重臣だけだった。


次回――明日の20時20分


月明かりの下、ユウとイーライは静かに向き合う。

その先で、シュリが見たものとは――。

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