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イーライが笑った日

道中の大木の麓でユウは腰を下ろした。


ずっと、馬に跨っていると足が疲れてくる。


「お疲れでしょう」

シュリが声をかける。


「ええ、久々の乗馬だから……けれど、楽しいわね」

長い髪を、きりりとまとめたユウは、微笑む。


風が吹き、ユウの金色の髪を揺らす。


シュリは、じっとその様子を見つめていた。


ユウは水を一口飲んでから、イーライに質問をした。


「あと、どれほどで到着するの?」


「もう少しでございます」


さらに山道を進むと、目的地の泉へ到着した。


木々に囲まれた山奥に、その泉はひっそりと息づいていた。


岩の裂け目からは、澄みきった水が絶え間なく湧き出し、

陽の光を受けて水面は宝石のようにきらめいている。


水は驚くほど透明で、底に沈む白い小石まではっきりと見えた。


「思ったより小さい泉だわ」

ユウは、馬から降りた。


「ここで、間違いないのか?」

サムが質問をすると、イーライが頷く。


「おそらく、ここだと思われます」

イーライは地図を取り出し確認をした。


ユウは、泉のそばに近寄り、膝をついた。


見上げれば、木々の隙間に真っ青な空が広がっていた。


「城下と違って、ここは涼しいな」

サムが、額の汗を布で拭く。


山から吹き下ろす風が、ユウの頰を心地よく撫でた。


水が岩を伝う音だけが、静かな森に響いている。


「……綺麗」

思わず漏れたその一言に、イーライも静かに泉を見つめた。


清らかな水に手をいれると、目の前にスイッと魚が横切る。


「魚がいるわ!」

ユウは前屈みになる。


その様子を見て、シュリは冷や汗が止まらなかった。


ーー嫌な予感しかしない。


こういう時のユウ様は、たいてい何かやらかす。


「見て! 何匹もいるわ」


子どものように目を輝かせ、ユウはさらに身を乗り出した。


「ユウ様、お気をつけください」

シュリは慌てて後ろへ寄った。


「大丈夫――」


言い終わる前に足元を滑らせ、ユウは前のめりに泉へ落ちた。


「ユウ様!」

シュリは、躊躇いもなく水の中に飛び込んだ。


飛び込んだ瞬間、気づいた。


ーー自分もユウも泳げないことを。


重い水を必死にかき分け、夢中でユウに近づき、その体を抱き寄せる。


「大丈夫ですか?」

濡れた髪の毛が顔に張り付いたユウは、

シュリの首の後ろにしがみついた。


シュリは、無我夢中で胸に抱き寄せた。


しばらくしてーー


「シュリ、いいか」

決まり悪そうな声が周囲に響く。


顔を上げると、サムが苦笑いをしている。


「無事なのはわかった」


サムは穏やかな顔をしているが、その背後にいるイーライは

苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「え」

シュリは、冷静に自分の状況を見ると、

腰まで水に浸かり、その中でユウと抱き合っていただけだった。


「し、失礼しました」

シュリは、弾かれたようにユウから離れる。


「泉の底が浅くてよかったな」

サムが、クックっと喉を震わせる。


「無我夢中になって……」


シュリは立ち上がると、水が含んだ衣類は驚くほど重かった。


「ユウ様」

シュリは手を差し伸べると、ユウはゆっくり立ち上がる。


乗馬服は黒く濡れそぼち、体にピッタリと張り付いていた。


「どうするんですか。その格好は」

思わず、シュリが呟く。


ユウは、少し顎を上げた。


「これで泉の水を全身に浴びたわ。ご利益間違いないわ」


サムは呆れたように目を丸くし、

シュリは言葉を失った。


その一言に、一瞬の静寂が流れる。


イーライは唇をきつく結んだ。


しかし、それも長くは続かなかった。


次の瞬間、イーライの肩が小さく震えた。


そして、堪えきれなくなったように声を上げる。


「……ははっ」


静かな森に、イーライの笑い声が響いた。


「……イーライ?」


ユウは目を丸くした。


「申し訳ございません」

そう言いながらも、イーライの口元から笑みは消えない。


ユウは、しばらくその顔を見つめていた。


「……久しぶりに、あなたの笑う顔を見たわ」


最後にイーライの笑顔を見たのは、

自分が妾になる前だと気づいた。


「……失礼いたしました」


「いいえ」

ユウは濡れた前髪を払って笑う。


「私は、あなたの笑った顔の方が好きよ」


その言葉に、イーライは息を止めた。


シュリは、黙ってユウの手を取り、泉から引き上げた。


――まただ。


ユウ様は、無自覚でイーライの心を揺さぶる。


そして、そのことに気づいていない。

次回――20時20分


ユウとイーライ、二人きりの時間。

ユウの作戦は、果たしてイーライの心を動かせるのか――。

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