無自覚な切り札
「本当に行ってしまったわ」
レイは、小声でつぶやいた。
「ちょっとびっくりしています。展開が急なので」
サキが頷きながら、声を顰める。
「イーライを通したからよ。彼はキヨに直結だわ」
レイとサキは、本館の中庭に足を運んでいた。
中庭に行くのは、ヘンリーに会うためではない、
リチャードに会うため立った。
中庭に辿り着くと、すでにリチャードはいた。
「姫様!」
そう言い、軽く手を挙げた。
姿こそ見えないけれど、近くにエドガーもいるのだろう。
リチャードは挨拶も、そこそこにレイに切り出した。
「シュリから文をもらった。計画変更としか書いてない」
リチャードは、紙片を見せた。
「そうなのよ。急に決まった話で」
レイは頷く。
「今日は、ベッキーとシュリを逢引きさせようと計画していた。
それなのに、シュリと姫様、イーライは、早朝に出立したとエドガーから聞いた」
「シュリは、いつもの仕事の他に、
ヨシノが心配性だから、休む間もなく準備をしていたの。
手紙を書く暇はなかったと思うわ」
リチャードは怪訝な顔をした。
そして、不意に立ち話をしていることに気づいた。
「立ち話もなんだ。座ろう」
声をかけ、ベンチをかるく叩く。
けれど、レイはたったままだ。
「姫様?」
リチャードは、不思議そうな顔をして見上げる。
「私は姫様と言う名前ではないの」
レイは、唇を尖らす。
その顔を見て、リチャードは一瞬驚いた顔をした後に、ふっと笑った。
リチャードは、斜に構えていることが多い。
だから、彼が笑った瞬間、レイは思った。
――この人、笑うとこんなに優しい顔をしているんだ。
「それでは、レイ様、こちらへどうぞ」
リチャードは、かしこまった様子でベンチへ促す。
促したベンチは、簡素なものだが王座に座るような大袈裟な振る舞いだった。
「今、気が強い女だと思ったでしょ」
レイは、座った後に唇を尖らす。
「あぁ。さすがあの姫様の妹だと思った」
リチャードは、口元に笑みを浮かべた。
そこで、レイは何か反論をしようとしたがやめた。
今回の逢引きの目的を思い出したからだ。
レイは、東の山へ行く経緯を説明した。
一連の説明をした後に、リチャードは目を丸くした。
「策というより……勢いだな」
「そうなのよ」
レイは苦笑する。
「それで……姫様は、イーライを懐柔する策を立てているのか?」
「それが何もないんですって。
正直に話すと言っていたけれど、どこまで、正直に話すのかしら。私は、それが心配」
レイは首を傾げる。
「策がないのに、突っ走るのか。
……姫様は、一番簡単な切り札を持っているのにな」
「それがね、姉上はイーライの気持ちに気づいてないの」
レイが笑いを堪えきれずに話す。
「……それ、本当か?」
今度は、リチャードが目を見開いた。
「そうなのよ。それを見ているシュリは側からみてお気の毒だわ」
レイは、笑ってはいけないと思いながらも、
堪えきれずに吹き出す。
「それは、俺も同行したかったな」
リチャードは、ニヤリと笑った。
「あの話は本当ね。姉上は嫉妬深いわ」
レイは、サキが咎めるほど笑っていた。
「だろ?あの姫様は、癇癪持ちで嫉妬深い。
おまけに無自覚だ」
リチャードは、レイが笑い転げている姿をみて目を細めた。
「姉上って面白い。あぁ、このことをワスト領に嫁いだ
姉様に教えたいのに、残念だわ」
「……だからこそ、イーライは動いたのだろうな。
策があれば、あの男は見抜く」
リチャードは、妙に納得したように頷いた後に、呟く。
「それが一番、強い」
その時ーー二人の背後から不機嫌そうな声が響いた。
「何をそんなに笑っている」
振り返ると、ヘンリーが不機嫌そうな顔で立っていた。
「ヘンリー! どうしてここに?」
レイは、思わず口走った。
今日は庭へ行けない、とだけ手紙を書いていた。
「何も理由を書かないで、行けないと書かれれば気になるだろう?」
レイは決まり悪そうに頷いた。
ーー迂闊だった。
体調が悪いとでも書けば良かった。
「俺も混ぜろ」
ヘンリーが腰に手を当てる。
「いや、それは難しいか、と」
リチャードは妙に真面目な顔をする。
その顔つきは、イーライのモノマネをしていると、
レイは気づいた。
「レイ様と秘密の話をしていたのです。
誰にも、言えない話を」
「ちょっと!それは!」
レイが思わず反論をする。
ーーあらぬ誤解を避けたい。
「何か、異論でも?」
リチャードは妙に真面目な顔をしている。
「もう、本当にやめて」
その顔が面白くて、レイは再び笑い転げた。
「だから、俺もいれろ!」
ヘンリーが拗ねたように叫んだ。
中庭には、三人の笑い声がいつまでも響いていた。
その頃――東の山へ向かったユウたちは、まだ迫り来る黒雲に気づいていなかった。
次回――20時20分
笑うはずのない男が、思わず笑った。
その小さな変化を、ユウはまだ知らない――。




