表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

326/347

惚れた方が負け

翌朝ーー


焼きたてのパンの香ばしい香りが部屋に広がる。


レイは、目の前で座るユウの様子をじっと見つめた。


ーーいつもの姉上と様子が違う。


キヨと過ごした朝のように消耗はしていない。


けれど、機嫌が良いわけでもない。


むしろ、逆だ。


癇癪を堪えている。


レイは、恐る恐る姉の顔を見た。


瞳の色が、いつもより鮮やかで、

いつもより皿にぶつかるフォークの音が大きい。


ーー何があったのだろうか。


「姉上、何かあったの?」

レイは、何気ない無邪気な様子で質問をした。


「何でもないわ」

間髪を入れずに、ユウは答えた。


けれど、部屋の隅にいるシュリの体が一瞬揺れた。


ーー二人の間に何かあった。


そこまではわかったけれど、それ以上は、場の空気が壊れるので聞けなかった。


レイは、早々と朝食を切り上げ、部屋を出た。



ヨシノが朝食の後片付けをしている間、ユウは窓辺に立った。


「まだ怒っているんですか」

躊躇いながらシュリが話しかける。


「怒っていないわ」

ユウは、少しだけ顎を上げて答えた。


「……その返事をする時は、怒っています」


ユウは振り返らない。


「リチャードにも、『困った姫様だ』と言われました」

その言葉に、ユウはすごい勢いで振り向く。


「私は嫌なの」

子どものように言い張るユウに、シュリは困ったように眉を下げた。


ーーそういう我儘を言う顔も愛おしいと思ってしまう。


結局、惚れた方が負けなのだ。


「何か、私の方でも策を考えるわ」

ユウは頰を膨らませてつぶやく。


「どんな策ですか」

シュリは、思わず一歩近づく。


「……まだ決まってないけれど」


「そうですか」


「でも、必ず考えるわ」

ユウは真剣な眼差しで頷く。




レイは朝食後に、苦手な語学を学び、

昼すぎには、本館にある中庭に足を運んだ。


ヘンリーから中庭に来るように、手紙が来たのだ。


いつものベンチに座りながら、レイはバラに群がるミツバチを眺めた。


ーーこうして、ヘンリーを待っているなんて。


まるで恋人同士のようだ。


ほぼ毎日のように、ヘンリーから手紙が来る。


晴れた日は、本館の庭。


雨の日は、図書室。


そこで落ち合い、話をする。


ヘンリーのことは嫌いではない。


むしろ、話していて楽しい。


けれど、不意に話が途切れた時に、彼はじっと自分を見つめる。


その眼差しで見つめられると、気詰まりで妙な気持ちになるのだ。


この前も、ヘンリーは白いバラを髪に挿してくれた。


『綺麗だ』と話してくれた。


それは、バラのことなのか、それともーー。


妙に恥ずかしくなり、何も言えなかった。


ああいう場で、なんて言葉を返せばいいのだろうか。


後ろでサキは仁王立ちをしており、姉のように上手に立ち回ることができない。


ーー嫌いではない。


けれど、好きか?と問われると、わからない。


姉とシュリのように、強い熱情はどこにもない。


ぼんやりと空を見上げていると、足音が聞こえた。


ーーヘンリー?


そう思い、振り返ると、

目の前には背が高い赤い髪の青年がいた。


瞳は不思議な色ーー灰色に青色が混ざっている。


「リチャード様」

後ろにいるサキが頭を下げる。


「サキ、知り合いなの?」

姫である自分よりも、乳母のサキの方が顔馴染みなことに驚く。


「はい、ヨシノの家で何度か、面識があります」

サキが話すと、リチャードが近づいた。


「ナノ領のリチャード・レッドだ」


ーーあぁ。


レイは黒い瞳をわずかに見開く。


ーーいつもシュリに協力してくれる人だ。


名前はよく聞いている。


けれど、実際に会って、言葉を交わすのは初めてだ。


「レイ・センです」

立ち上がって挨拶をすると、リチャードが不思議そうな顔でレイの顔を見つめる。


「姉上は母親似、私は父親似です」

レイは、先回りをして話した。


どの人も、自分と姉が似てないことに驚くのだ。


「そうだな。姉妹なのに似ていないな」

リチャードは、率直に話す。


「ええ」

レイは、肩をすくめる。


「座っても?」

リチャードはベンチのそばにある椅子に目線で促す。


「どうぞ」

レイは頷く。


座ったリチャードは、しげしげとレイを見つめる。


「……何ですか?」


「いや、姫様とは違うタイプの美人だな」

サラッと言って、ニコッと微笑む。


その笑顔に、レイは落ち着かない様子で黒髪を耳にかけた。


「レイ様のことは、シュリから聞いている。

あの姫様と同じくらい気が強いと、な」

面白そうに話しながら、リチャードはウインクをした。


「私は、姉上よりは大人しいと思うわ」

レイは口を尖らせた。


「ははっ。その口は、淑やかな姫はしない」

リチャードは、面白そうに笑った。


ーー女慣れをしている。


レイは、屈託もなく笑うリチャードの顔をじっと見た。


「……さて」


リチャードは笑みを引っ込めると、少しだけ声を潜めた。


「ところで、姫様のことで相談がある」

少し声を低くして話す。


「姉上のこと?」

レイは自然に体を寄せる。


「そうだ。姫様とシュリのことは、レイ様も一枚噛んでいるよな」


リチャードの問いに、レイは頷く。


「なら、話は早い。夜の逢引きの時に警護が厳しいんだ。

シュリも俺の従者も苦労している」


「……そうね」

レイは、逢引きのたびに、シュリの洋服が汚れて、髪に草がついているのを思い出した。


「策はある。ただ、姫様に納得してもらわないと始まらない」

リチャードは弱ったように肩をすくめる。


「なんで、上手くいかないの」

レイは、リチャードの顔のそばまで身を乗り出す。


「あの姫様は……嫉妬深い」


「姉上が?」

レイは驚いたように目を瞬かせる。


「あぁ。姫様は嫉妬深いし、シュリも姫様の言いなりだ。

話が進まん。だから、ますます警備が強くなる」


「確かにシュリは、忠実よ。

でも、姉上が嫉妬深いなんて……想像もできない」

レイが首を傾げる。


あの強くて、冷静な姉上が嫉妬?


「ものすごい嫉妬深いぞ。

それに付き合うシュリもすごい。

俺なら、尻尾を巻いて逃げ出す」

リチャードの顰めっ面に、レイは思わず声を上げて笑った。


「そろそろ本腰を入れないと、見つかる」

リチャードは半笑いで、レイの黒い瞳を見つめた。


「私の方から、進言してみる?」


「あぁ。まずはーー」

リチャードは、レイの耳元で話そうとしたその時ーー


「そこで何をしている」

低く、怒りが含んだ声が頭上から降ってきた。


二人が顔を上げると、ヘンリーが腕組みをして立っていた。


その顔つきは、明らかに不機嫌そうだった。


レイは、我に返りリチャードを見た。


ーー近い。


慌てて座り直す。


リチャードは静かに立ち上がり、頭を下げる。


「リチャード・レッドです」


挨拶に、ヘンリーは小さく頷く。


王の甥とはいえ、人質のリチャードに無碍な振る舞いはできない。


それを見透かすように、リチャードは爽やかに笑う。


「レイ様とお話をしておりました」


ヘンリーは、チラとレイをみる。


レイは無言で頷く。


「随分、仲が良さそうだな」

そう言って、ヘンリーはサキを一瞥する。


自分の時は、恐ろしい顔で見張るくせに、

リチャードの時は、サキは無防備だった。


「はい。レイ様とは気が合うので」

リチャードは、にこやかに笑う。


無言のヘンリーに、リチャードは頭を下げる。


「それでは、失礼します」

踵を返し、そこから出た。


背中に、ヘンリーの視線が刺さっているのを感じた。


庭を離れたところで、リチャードはようやく息を吐いた。


苦笑いを浮かべ頭を掻いた。


「女の嫉妬も怖いが……男の嫉妬も怖いな」


そう呟きながら、肩をすくめて歩き去った。


次回――明日の20時20分


疑念を逸らすための秘策。

けれど、その作戦はユウにとって最も受け入れ難いものだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ