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願い事は、男子を産んだら


「それでは、お支度をお願いします」

控室に、イーライの声が部屋に響く。


衣を脱いだユウの胸元を、イーライは一瞬だけ切なげな表情をした。


彼女の白い胸についた歯の跡は、しばらく残っていた。


この日のユウは、11日ぶりのキヨとの交合だった。


会合、そして、ユウの月のものが重なったからからだ。


寝室の扉を開けた途端、キヨは寝台から抜け出し、

ユウの足元に縋りついた。


その様子は、国王というより、ただの老人のようにしか見えなかった。


「ユウよ。すまなかった」

キヨは、ユウの足をギュッと抱き寄せる。


その言い方は、あの夜、胸を傷つけたことだとユウは理解した。


無言で立ち尽くすユウに、キヨは言葉を重ねた。


「傷つけるつもりはなかったのじゃ。

ユウが愛おしくて、それゆえに傷つけてしもうた」


ーー本来であれば。


妾の立場であれば、笑って何事もなかったように微笑むのだろう。


けれど、ユウは、そんな振る舞いはしたくなかった。


「傷つきました」

その声には、怒りが孕んでいた。


そして、冷たい眼差しを向けた瞬間、キヨは口を開けた。


熟れた小麦のような金の髪、

鋭く、怒りに満ちた青い瞳はまるでーー


かつて、主として仕えたゼンシそのものだった。


「ユウよ。悪かった。許してくれ」

キヨの瞳には、涙が滲んだ。


もはや、ユウに謝っているのか。


それとも、ゼンシの面影を追っているのかわからない。


キヨの涙を見ても、ユウは気持ちが救われなかった。


むしろーーもっと苦しめ。


憎しみが泉のように湧いてくる。


「私の乳母は、傷を見て涙を流したわ。

傷ついたことよりも、長年仕えていた乳母を悲しませた。

そのことに、腹が立っております」

その瞳には怒りが滲んでいる。


「あぁ。ユウ、どうしたら良いのじゃ。

ドレスか?宝石か?香が良いか?なんでも、好きなものを与える」


その言葉に、ユウは少しだけ口元を歪めた。


「私が欲しいのは物ではありません」


その言葉に、キヨは救いを求めるようにユウを見上げた。


「ただ、願い事はあります」


「なんじゃ。教えてくれ」

キヨは恍惚とした眼差しで、ユウを見上げた。


「それは、まだ口にしません」

ユウは、キヨの顔を見つめる。


「いつなら、言うのじゃ」

キヨは、不思議そうな顔をする。


「……そうですね。キヨ様のお子、男子を産んだらお伝えします」


「……わしの子か」

キヨは呆然とつぶやいた。


ユウは平然と見つめ返す。


「……男子を産んでくれるのか」

キヨの顔は、喜びで頰が緩む。


「ええ。私は諦めておりません。

願い事が3つもありますから」

ユウは静かに寝台に座る。


「なんでも叶える。なんでもするぞ!」

キヨは、いそいそとガウンを脱ぎ、痩せて萎びた体を露わにした。


「はい」

ユウは、そう言ってキヨを見据えた。


氷のように冷え切った青い瞳に、キヨはため息をついた。


「……あぁ。その瞳、ゼンシ様とシリ様……モザ家の瞳」

恍惚とした表情で、キヨはユウを寝台に押し倒した。


「もう二度と傷つけぬ。だから……嫌わんでくれ」

うわ言のように呟きながら、ユウの衣の紐を待ちきれないように解く。


「あぁ。ユウ、好きじゃ。誰よりも、ユウが好きじゃ」

そう言いながら、キヨは夢中で唇を重ねた。


ユウはわずかに眉を寄せたが、それは一瞬だった。


ーー早く終われ。


そう願いながら、キヨのシミだらけの肩を静かに見つめていた。



数日後ーー6月の穏やかな昼下がり。


ミミとメアリーは本館の庭に足を運んでいた。


色とりどりのバラが咲き乱れており、ミミは一つ一つの花を慈しむように見つめていた。


「珍しいですね。ミミ様がお誘いになるなんて」

メアリーは微笑む。


「綺麗な花は見る時は、誰かと美しさを分かち合いたいのよ」

ミミは、黄色のバラの花をそっと撫でる。


毎年、この時期になるとキヨとバラを見ていた。


けれど、今年は一緒に見ない。


夫・キヨは、バラのことよりも夢中なものがある。


「そのバラは、ミミ様、自ら植えられたと聞いております」


「好きなバラだけど……黄色のバラの花言葉は嫉妬なんですって」

ミミは困ったように微笑む。


「ミミ様に、そのお言葉は似合わないですわ」

メアリーが一蹴する。


キヨは多くの妾を持っている。


その妾たちと上手に付き合い、いつでも笑顔を絶やさない。


ミミは、国王の妃に相応しい器を持った女性だった。


「あそこにいるのはヘンリー様ではなくて?」

メアリーの言葉に、ミミは顔を上げる。


庭の東側にあるベンチに、ヘンリーとレイが座っていた。


少し身を乗り出したヘンリーは、熱心にレイに話しかけている。


レイは、淡々と頷き、表情を崩さない。


次の瞬間、ヘンリーは懐から白いバラを取り出し、

レイの耳にそっとかけた。


「まぁ。これは」

メアリーは嬉しそうに口元を抑える。


「ヘンリーのあんな表情は、初めて見たわ」

ミミは、表情を柔らかくしながら甥っ子の顔を見つめていた。


レイは、自分の髪の毛に触れて首を傾げている。


ヘンリーは、何か話しかけると、次の瞬間、レイの頰が少し赤くなった。


「……レイ様は、そうでもなさそうね。

ほら、見て。後ろにいる乳母の顔!

苦虫を噛み潰したような顔をしているわ」

メアリーは、サキの表情を見て、思わず吹き出す。


「……あまり、見つめては可哀想よ。奥に行きましょう」

ミミは、チラッと二人を見つめ、踵を返す。


広大な庭の端、今度は南側に行くと、

今度はユウが立っていた。


「あら、姉妹でここに」

メアリーは思わずつぶやく。


庭の片隅に立つユウの姿を見て、ミミは思わず目を見開く。


強い太陽の光を受け、彼女の金の髪は強い光を放っていた。


形の良い顎は、少し上がっており、

立つ姿は凛として、気高い。


どこにいても、目に留まるほどの美しさだった。


「まぁ……なんて美しい」

メアリーは思わずため息をこぼす。


ミミは無言で頷いた。


腕の中にある黄色のバラの花が風に揺れる。


ユウの滑らかな体のラインを目で追う。


保護した当初、頑なだった細い体は、今は滑らかで、

彼女の魅力は香り高いバラのように満開に開いていた。


「……それにしても、ユウ様はご機嫌が悪そうだわ」

メアリーは首を傾げる。


遠目では、ユウは何か怒っているように見えた。


つんと上がった顎のユウに、

シュリが必死に何かを話している。


後ろに佇むヨシノは、気まずそうに立ち尽くしている。


「あの乳母子は、何か失態をしたらしいわね」

メアリーはクスクスと笑う。


ミミは、ユウの様子をじっと目で追っていた。


「元々、お美しい方だったけれど、最近はますます……。

キヨ様が西領に戻られた時に、荷車にユウ様への贈り物が

いっぱいだったと西棟では、噂でもちきりです」

メアリーは、ユウの姿を目で追いながら話す。


話した後に、気づく。


先ほどから、ミミは何も言わないことを。


ミミは、両手に黄色のバラを抱え、

強張った顔で立ち尽くしていた。


その唇は、強く噛み締められていた。


メアリーの視線に気づいたミミは、フッと微笑む。


「キヨの扱いは、当然よ。

キヨは、ユウ様のお父上も、お母上も奪ったお方だから」

そう言って、ぎこちなく笑顔を作る。


「……そうですね」

メアリーは頷いたまま、視線はミミから離れなかった。


その視線を誤魔化すように、ミミは空を見上げた。


「気温が高くなってきたわ。城に戻りましょう」

微笑みながら、踵を返した。


城に戻る前に、ミミは振り返った。


ユウは相変わらず、不機嫌そうに立っている。


ーー夫が彼女の父母を奪った。


そして。


あの方は、私からキヨを奪う。


ミミは目を伏せ、黄色のバラを強く抱き寄せた。


香りはしなかった。


次回ーー明日の20時20分


新たな策を進めるため、リチャードはレイへ協力を求める。

だが、その様子を見た一人の青年の胸に、小さな波紋が広がり始めていた――。

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