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そのままで良い

ユウは震えながら寝間着の紐を外した。


白い布が肩から滑り落ちる。


その瞬間、シュリは息を呑んだ。


ユウの白い胸元には、赤い跡が幾つも残されていた。


首筋にも、胸元にも。


以前にも、キヨと夜を過ごした後、その跡を見たことはあった。


けれど、今夜は違う。


まるで印を刻みつけるように、無数の痕が残されている。


胸の中央には、歯形までもが残っていた。


シュリは拳を強く握りしめた。


「……ひどい」


掠れた声だった。


「なんてことをするんだ」

その声は、激しい憎しみが詰まっていた。



ユウは目を伏せた。


昨夜ーーキヨは、ユウを腕の中に閉じ込めて何度も何度も胸元に唇を寄せた。


『もう、おやめください』

我慢できずに、ユウは思わず呟いた。


胸元に顔を埋めていたキヨは、ゆっくりと顔を上げる。


その茶色の瞳は濁っていた。


『明日から、わしはミヤビに行く』


『はい』


『わしは、不安なんじゃ』

キヨは、ユウの胸元に頰を寄せて呟く。


『何がですか』


『この美しい体を誰にも見せたくないのじゃ。

許されるならば、ユウを部屋に閉じ込めておきたい』

そう呟き、ユウの胸元を愛おしそうに撫でる。


いつもより、熱を帯びた唇と手つきに、ユウは怪訝な顔をする。


けれど、キヨの言葉にドキッとしたのも確かだ。


『わしの物じゃ。わしの女だ』

キヨは、ユウに話すというより、自分に言い聞かせるように呟き、

再び胸元に顔を埋めた。


鋭い痛みを感じ、ユウは思わず声を出す。


しかし、キヨの耳には届かない。


『ユウ、好いておる。誰よりも好いておる。応えてくれ』

そう繰り返しながら、キヨは執拗に胸元へ口づけを落とし続けた。


悍ましい夜の記憶を思い出して、ユウは自分の体をギュッと抱きしめた。


「すぐに手当を……」

シュリは寝室を出ようとしていた。


「軟膏をイーライからもらったわ」

ユウは淡々と話す。


「イーライが?」

シュリの声は引き攣っていた。


「今朝、ヨシノが泣きながらサムとイーライに訴えたの。

別室で医師の確認を受けて、軟膏をもらったわ」

ユウの声は震えていた。


シュリは、今朝の様子を思い出した。


ユウは、朝食の席で放心したように座り、

母の目は赤かった。


違和感を感じた。


けれど、わからなかった。


「何も……お力になれず……」

シュリは俯いた。


ーー大事な人が苦しんでいるのに何もできない。


それが苦しい。


命をかけて守るーー彼女の両親に誓ったはずなのに。


「シュリ、私の方こそごめんね」

ユウの声が震えていた。


「何がですか」

シュリが顔を上げた。


「私は、この前、あなたとベッキーが話しただけで腹が立ったの。

でも……私は……もっと……」


そこから先は言えなかった。


気がつけばユウは、シュリに抱きしめられていたからだ。


「何を言っているんですか」

優しくユウを髪を撫でる。


「でも……」


「ユウ様に、不安な思いをさせたのは私の責任です」


「そんなことない」

ユウは必死に首を振る。


「心配しなくても……大丈夫ですよ」

彼の言葉に、主語はない。


肝心なことは、口にしてはいけない。


「……だとしたら、私はシュリに辛い思いをさせているわ」

ユウは涙に濡れた瞳で見上げる。


「辛い思いですか」

シュリは、苦く笑う。


それは否定できないことだった。


「あの男の妾になってから……あなたは苦しんでいたはずよ」


その言葉を聞いて、シュリはふっと笑う。


「それは……想われ人になる前からですよ」


「え?」

ユウは首を傾げる。


「ユウ様は、いつも誰かに想われていました。

リオウ様も、フレッドも……キヨ様も。あと、イ……」


そこまで言って、シュリは口を閉ざした。


ーーイーライのことは口にしたくなかった。


ユウは、じっとシュリを見つめていた。


シュリは、小さくため息をつく。


ーーこんな事を話すのは弱い自分を認めているようなものだ。


「その度に、私は醜い感情を募らせていました」

シュリは苦笑いをしながら話す。


「……ごめんなさい」


「それがユウ様ですから。私が仕えた主です」

シュリは微笑んで、もう一度抱きしめた。


「シュリ……」


その体の震えを鎮めようとするように、シュリはユウを更に強く抱きしめた。


「ユウ」

シュリは思わず名前をつぶやいた。


ーー今だけは。


今だけは、従者ではなく、ただの男でいたい。


ユウの額に唇を落とし、そのまま唇と唇を重ねた。


甘く柔らかい唇に、シュリの気は遠くなる。


2人はもつれるように、寝台に倒れ込んだ。


ユウは、まるで溺れかけている人のようにシュリの背中にしがみついた。


シュリは赤く腫れた胸元から視線を外し、そっと指を下へ滑らせた。


傷ひとつない太腿へそっと口づけた。


そこは、キヨの唇が触れなかった場所だ。


しばらくして、泣いているのにも似た声をあげるユウの声を、シュリは聞きながら目を閉じた。



荒々しさが静まり、寝室には静かな時間が流れていた。


ユウは、足の先が痺れているのを感じながら、

シュリの腕に抱かれていた。


シュリの唇が、ユウの額や頬に落ちるのを感じて、

ゆっくりと瞼を開く。


目の前にはシュリの穏やかな茶色の瞳が見える。


ユウは、シュリの胸に顔を預けた。


「……こんな夜が来るとは思わなかった」


シュリもまた強く抱きしめる。


「オレも……」


「苦痛しかなかった。それが自分の役目だと思っていたから」


「……」

無言でシュリは、ユウを抱きしめる。


「私のはじめては、シュリが相手だったなら良かったのに」

ユウはポツリと呟く。


ーーそんなことを言っても、仕方がないことはわかっている。


けれど、言わずにいられなかった。


「はじめては、オレの方がたくさん知っている」


その言葉にユウは、シュリを見上げる。


ーーどういうこと?


言葉にしなくても、不思議そうな顔をしたユウに、シュリは微笑んだ。


「かくれんぼで見つかった時の悔しそうな顔も。

初めて馬に乗った日の震える足も。

長い裾のドレスを着て、転ばないように歩いていた姿も」


シュリは少し照れたように笑う。


「昔の話じゃない」

ユウは思わず苦笑いをした。


シュリは、静かに首を振る。


「キヨ様は知らない。

オレは、ユウの人生の『はじめて』を、ずっと見てきた」


「シュリ……」

ユウの瞳が涙の幕で覆われる。


「それに……」

シュリは少し顔を赤らめて話す。


「何?」


「あんなふうに、甘えてくれたのも初めてだ」

少し照れた様子で話す。


ユウは見る見るうちに、顔を赤らめた。


「何言っているの!」

ユウは唇を尖らし、シュリから離れようとする。


ーー先ほどまでの自分は、自分ではなかった。


恐ろしい夜を過ごした後だから、あんな風になるなんて思いもしなかった。


それが恥ずかしい。

シュリは、離れようとするユウの体を、そっと抱き寄せた。


金色の髪に、顔を埋めて呟く。


「今までのユウも、これからのユウも、そのままで良い」


シュリの胸元に頰を寄せて、ユウは呟く。


「私は……気が強いと言われているわ」


「はい」


「扱いにくくて、癇癪持ちなの」


「知っている」

シュリは思わず吹き出す。


けれど、ユウは笑わなかった。


「そして……嫉妬深いのよ」


「それこそ、ユウだ」

シュリは金色の髪を撫でる。


「……」


沈黙が落ちる。


腕の中で、ぴくりとも動かないユウに、シュリが呟く。


「どうして、そんな質問を……」

シュリが口を開くと、ユウが不安そうに腕の力を強めた。


「私を嫌いにならないの?」

表情は見えない。


けれど、ユウが不安そうな顔をしているのはわかった。


「ならない。

気が強くても、癇癪持ちでも、嫉妬深くても。

全部、ユウだ」


「シュリ……」

見上げたユウの瞳は、嬉しさと切なさが入り混じっていた。


二人は何も言わず、静かに抱き合っていた。


ーーこの腕の中なら、私は私でいられる。


幸せと温もりに包まれながら、ユウは目を閉じた。


次回――20時20分

「願い事は、まだ口にしません」

ユウの一言が、王の心を大きく揺らす。

そして、穏やかな庭で、新たな想いが芽吹き始める――

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