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灯りを拒む夜

 

◇ 翌日 夜ーー


「……兵が増えています」

エドガーの低い声に、シュリは息を潜めた。


月明かりに照らされた西棟の塀には、いつも以上の兵が立っている。


シュリとエドガーは深く息を吸い、塀の陰へ身を寄せた。


兵の交代までは、あとわずか。


二人は息を殺した。


「キヨ様は、この城にいないのに……」

シュリは赤々と燃える松明を見つめた。


「イーライ様が疑っているのでしょう。

様々な策を練ったのに、なかなかしぶとい」

エドガーは、薄く笑った。


「参りましょう」

エドガーは、この前と同じように高い塀がある方へ移動した。


やがて、交代を告げる鐘が小さく鳴る。


「交代だ」


兵たちが持ち場を離れ、次の組が門へ向かって歩き始める。


しかしーー


いつもなら、人手がない高い塀の前には兵が一人立っていた。


「交代の時間なのに」

シュリが呟くと、エドガーが頷く。


「ここにも、兵を配置したのですね。

さすが、イーライ様、手を抜かない」

エドガーは、どこか嬉しそうに笑った。


その様子を見て、シュリは呆気に取られた。


ーーこっちは、全然楽しくない。


兵の警護は硬い。


どうするか。


兵は、眠そうにあくびをしている。


エドガーは、懐から細い筒のようなものを取り出す。


「私が手招きしたら塀のそばに来てください」

そう言い、這うように兵のそばに近づく。


兵と1メートルほどの距離に近づいた時に、

エドガーは筒を口に含んだ。


次の瞬間ーー兵の膝が崩れた。


音もなく地面へ倒れ込む。


ーー死んだ?


驚きのあまり立ち尽くすシュリに、エドガーが手を挙げる。


我に返ったシュリは、慌ててエドガーの元に駆け寄る。


兵は、ぐったりと力なく地面に倒れている。


「エドガー、これは」

わなわなと体を震わすシュリに、エドガーは筒を持ったまま微笑んだ。


「吹き矢で眠らせました。矢を引き抜けば5分で目覚めてしまいます。早く、塀に」

エドガーは、この前と同じように縄を引っかけ、

目線で登るように促した。


軽々と塀を乗り越えるエドガーと違い、自分は遅い。


けれど、初めて塀を登った時よりも早く登り切ることができた。


必死に塀の上に体を乗せるシュリを尻目に、

エドガーは音もなく塀を飛び降りた。


兵に刺さった矢を抜く。


シュリが残した足跡を布で拭い消す。


そして再び、軽々と塀へ戻ってきた。


「さぁ、早く」


今度は、縄を使って降りなくてはいけない。


登るのも難儀だが、降りるのは正直怖い。


縄を頼りに塀を下り、地面に立つとシュリは座り込みそうになった。


下りた庭には、春の花々が夜風に揺れている。


白い花弁が月明かりを受けてほのかに輝き、甘い香りが漂っていた。


シュリは、膝を折り、じっと耳を澄ませる。


誰もいない。


遠くで夜鳥が一声鳴いた。


「見事です」

塀から戻ってきたエドガーは、縄を回収しながらシュリのことを褒めた。


力なく首を振るシュリに、エドガーはつぶやく。


「この塀は、身体能力が高くなければ上り下りはできません」


「リチャードは、登れるのか?」


「東棟の警備は、これほど高くないです。今夜は見事でした」


「エドガーは、どうして、このようなことができるんだ」

シュリは、前から思っていたことを質問をした。


「私の家は、ナノ領で代々伝わるスパイの家です。

幼い頃から鍛錬をしていました」


「……スパイの家柄が、領主の乳母子になれるのか?」


「はい。ナノ領はスパイの育成に力を入れております」

エドガーは縄を素早く束ね、腰にぶら下げた。


そして、身を屈めて手招きをする。


目指す先は、庭の最も奥――西棟の端にあるユウの部屋。


バルコニーの窓には、厚いカーテンが閉じられている。


シュリは窓辺へ近づき、震える指でガラスを二度、静かに叩いた。


コン、コン。


すると、部屋の灯りが揺れ、ゆっくりとカーテンが開いた。


月明かりの向こうで、ユウが小さく微笑んだ


窓からシュリが明るい部屋へ滑り込むと、

レイがソファに座っていた。


シュリのシャツには土がつき、髪には草の葉が絡んでいる。


レイは思わず目を丸くした。


「今日も警備は手厚かったの?」


「はい、イーライ様は手を緩めません」

シュリは苦笑いをして、ユウが差し出した甘いパンをかぶりついた。


今夜の甘いパンは、驚くほど美味しかった。

無事に辿り着けたことに、ようやく息をつく。


見届けたレイは、「おやすみなさい」と言い残し、衣装部屋に入った。


扉が閉まると、部屋は静まり返った。


2人きりになると、ユウは気まずそうに俯く。


シュリは、遠慮がちにユウの手を取ると、ユウは不安げな眼差しで見つめ返す。


彼女の手を取り、寝室を開けると、部屋に灯りはついてなかった。


「灯りが……」

シュリが呟くとユウは無言で頷いた。


「今夜は、このままで……」

そう言って、扉を閉めると、窓がない部屋は本当に真っ暗になった。


「シュリ」

暗闇の中で、柔らかい何かが体にまとわりつく。


シュリは目を開けて、ユウの輪郭を探したけれど、

闇に包まれて何も見えない。


滑らかな体のラインをなぞり、手先の感覚だけで、ユウの顔らしき場所を探し当てる。


ようやく唇を探し当てると、確かめるように口づけた。


暗闇の中で、ユウの体がわずかに震えるのがわかった。


深い口づけの後、ユウの体は静かにもたれる。


ようやく暗闇に目が慣れると、ユウの白い寝間着が見えるようになった。


けれど、シュリは困惑した。


ーーこんな暗闇の中で、子を作るのは難しい。


全てが手探りだ。


「ユウ様、灯りをつけてもよろしいですか」

くたっと身を預けていたユウの体がとたんに強張る。


「いや」

漆黒の闇の中にいても、ユウが首を振ったのを感じた。


「けれど、この状態では寝台がどこにあるのか、わかりません」

シュリの眉は下がった。


「……」

ユウの動きが止まったことをシュリは感じた。


自分の言い分は、最もだと彼女も理解したのだと感じた。


シュリは手探りで、寝室のドアの取手を探り当てた。


扉を開けると、部屋の光が滲む。


そうすると、ユウの姿がぼぅと浮かぶ。


「このぐらいの灯りが良いの」

ユウの瞳は切実だった。


「けれど……これでは声が漏れてしまいます。衣装室のレイ様に……聞かれると」

そこまで言って、シュリは口ごもった。


最中の自分の声は、どれほどの大きさなのか。


想像もしたくないが、その声を、衣装室に聴かれたくないのは、ユウも同じだと思った。


「……」

ユウは無言で立ち尽くす。


ーー妙だ。


なぜ、そんなに頑ななんだ。


そう思いながら、シュリは細い灯火棒を蝋燭へ近づけ、静かに火を灯した。


淡い橙色の光が白い壁を照らし、長い影を床へ落とす。


その灯の中で、ユウは緊張した面持ちで立ち尽くしていた。


身に纏っているのは、柔らかな白い寝間着。


長い金の髪は背中へ流れ落ち、揺れる灯に照らされるたび、絹糸のように柔らかな輝きを帯びた。


「どうされましたか」

シュリは、思わず口を開いた。


「……怖いの」

ユウは俯いて、ポツリと呟く。


ーー何が怖いのだろう。


共に夜を迎えることでは、ない気がした。


「何か……」

シュリが呟くと、ユウは俯いたまま顔を振る。


「……嫌われるのが怖いの」


「私に、ですか?」

まさかという表情で、シュリはユウを見つめた。


ユウは何も言わない。


「嫌うことなんて、ないです」

シュリが言うと、ユウは苦しそうに息を吐いた。


「ユウ様……?」


ユウは震えながら寝間着の紐を外した。


白い布が肩から滑り落ちる。


その瞬間、シュリは息を呑んだ。


次回――明日の20時20分


「私を嫌いにならないの?」

初めてこぼれたユウの弱さ。

その問いに、シュリが返した答えとは――。

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