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明日の約束

三日後――穏やかな昼下がり。


ユウは、バルコニー脇の藤の椅子に腰を掛けていた。


「シュリ、こちらへ」


隣の椅子を軽く叩く。


「……失礼します」

シュリは少し緊張した面持ちで腰を下ろした。


ユウはさりげなく後ろを振り返る。


少し離れた場所では、ヨシノが繕い物に針を走らせている。


ユウはそれを確かめると、そっと手を伸ばした。


指先がシュリの手に触れる。


躊躇うように絡めた指を、シュリは驚いたように見つめた。


そして、静かに握り返す。


「……明日も来てくれる?」

小さな囁きだった。


それでも、その声には隠しきれない期待が滲んでいた。


「はい。必ず伺います」


返事は従者のものだった。


けれど、絡めた指だけは離れようとしなかった。


「……イーライは、きっと監視を強めるわ」

ユウが不安そうに呟く。


「エドガーがおります。ご安心ください」

シュリは穏やかに答えながら、もう一度そっと手を握る。


その温もりに、ユウは微かに息を漏らす。


顔を上げると、シュリと目が合った。


思わず二人とも照れたように視線を逸らす。


それでも、すぐにまた見つめ合ってしまう。


「……楽しみにしているわ」

頬をほんのり染めながら、ユウが微笑む。


その笑顔を見た瞬間、シュリの胸はいっぱいになった。


「……はい」

その一言しか返せなかった。


けれど、抑えようとした笑みは隠せなかった。


その時ーー


カチッと音が部屋に響き、シュリは静かに手を離し、立ち上がる。


ヨシノは縫い物をテーブルに置き、扉を開けると、イーライが立っていた。


「失礼します」

いつものようにワゴンを押し、茶を淹れる支度を始めた。


湯を沸かしている間に、イーライは薬湯を差し出す。


「どうぞ」

ユウは、それを一気に飲み干した。


喉に張り付くほど、粘り気がある薬草だ。


何度飲んでも、飲みなれない。


すかさず、イーライはグラスに入った水を差し出す。


ユウは顔を顰めながら、水を飲み干した。


茶葉を蒸らしている間に、イーライはユウの膝下ににじり寄り、告げた。


「キヨ様が本日、お呼びでございます」

伝令を伝える重臣の整った顔立ちだった。


「なぜ……?」

ユウはグラスをテーブルに置いた。


つい3日前に、キヨと夜を過ごした。


交合は週に一度と決まっている。


「明日からキヨ様は、ジュン様とミヤビでの会合へ向かわれます。

お戻りは来週ですので、本日となりました」


「それなら、来週にすれば良いわ」

ユウは思わず顎を上げる。


「来週になれば、ユウ様は月のものが来られるか、と」

イーライは、さも当然と言わんばかりに話した。


その言葉に、ヨシノは息を呑む。


自分の体のリズムを把握していることに、驚きのあまりユウは口を開けた。


「そうなりますと、キヨ様とは10日以上交合ができません。

ですので、前倒しで本日となりました」

イーライは、澱みなく答える。


ユウは思わず俯く。


ーー自分は妾だ。


国王が望むのなら、拒むことはできない。


けれど、あの男に触れられたばかりの体を、明日シュリに抱かれるのだけは嫌だった。


返答をしないユウを尻目に、イーライは淡々と茶を注ぐ。


「どうぞ」

カップを差し出すと、ユウはぎこちなく頷く。


「お子が欲しいのでは?」

イーライは探るように、ユウを見つめた。


「もちろんよ」

ユウは、長い髪を耳にかけた後に、カップを手にもつ。


「それでは……本日、お待ちしております」


ユウは、頷きながらカップを口につけた。


一口、茶を口に含み、じっとカップを見つめた。


こんな状況でも、美味しく感じた。


「イーライ、今日も見事ね」

ユウは目を伏せる。


「ありがとうございます」


静かに頭を下げるイーライに、ユウは質問をした。


「あの男の……」

と言いかけ、軽く咳払いをした。


「イーライは、キヨ様に同行しないの?」


戦場ではなく、会合にイーライが付き添うのは当然と思った。


そして、イーライが不在であれば、

西棟の警備も手薄になるかもしれない。


「……私も同行したいと願っておりました」

淡々としたイーライの声に、少し影が宿る。


「行かないの?」


「はい。戦場では役に立たぬこの身、お役に立てれば……と思っておりました」


「どうして……?」

ユウが質問をすると、イーライは悔しそうに目を伏せた。


「ミミ様の反対がありまして……まもなく妻の出産が近いのです」


部屋が静まり返る。


「ミミ様らしい素晴らしいお気遣いね」

ユウはため息をついて呟く。


「……男のこの身は、産室に入ることはできません。

私はキヨ様のお役に立ちたかった」

普段、表情を変えないイーライの顔が歪む。


「イーライ、座って」

ユウは、向かいの椅子に座るように促した。


俯いたまま座ったイーライの顔を、ユウは労わるように見つめた。


「……あなたが羨ましいわ」

ユウはポツリと呟く。


顔を上げたイーライに、ユウは微笑む。


「父親になるのね。おめでとう」


イーライの眼差しが揺れた。


ーー自分は、子を持つことができる。


けれど、目の前の女性には、その未来はない。


「……はっ」


深く頭を下げた。


自分が、どれほど恵まれた立場なのか。


愛おしい、恋しい女性の顔を見ると、思い知る。


部屋には穏やかな空気が流れた。


しばらく談笑した後、イーライは帰った。


静まり返った部屋に、ヨシノの躊躇いがちな声が響く。


「お支度をしましょう」


ユウは座ったまま、テーブルを見つめた。


「……イーライは優秀な重臣だわ」

唐突に呟く。


「はい。だからこそ、侮れません」

シュリは答えた。


ユウは返事をしなかった。


視線は、イーライが去った扉へ向けられたままだった。


イーライは敵ではない。


けれど、味方でもない。


だからこそ、誰より慎重に向き合わなければならない相手だった。


次回――明日の20時20分


「……嫌われるのが怖いの」


闇の中でこぼれた、ユウの本音。


互いを想うからこそ踏み出せない二人は、その夜、新たな一歩を踏み出す。

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