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ごめんなさい

夕暮れが城を朱色に染める頃――。


ユウはゆっくりと立ち上がった。


目の前の鏡に映る自分を静かに見つめた。


ーー逃げない。


自分を守ってくれた皆のように、私も皆を守る。


そう心に言い聞かせ、唇を噛み締めた。


「行くわ」


ヨシノは黙って頷き、静かに扉を開いた。


扉を開けると、シュリが廊下で待機していた。


薄い絹越しに浮かぶ身体の線を見て、慌てて頭を下げる。


「……行ってくるわ」


ユウの声は、どこか無理をしているように聞こえた。


シュリは返事ができなかった。


今夜、ユウが向かう相手は自分ではない。


それを誰より知っているからこそ、引き留める資格もない。


――行かせたくない。


胸の奥で叫ぶ声を、シュリは歯を食いしばって押し殺す。


覚悟をしていたのに、いざ送り出すとなると胸が引き裂かれそうになる。


「……行ってらっしゃいませ」

絞り出すように声を出した。


一瞬、ユウがほんの少しだけ立ち止まった。


振り返ることはない。


それでも、ユウもまた何かを堪えているように見えた。


ユウの甘い香りが、廊下に残った。


シュリは、きつく拳を握りしめた。



西棟・控室


「それでは、お支度をお願いします」

イーライの淡々とした声が部屋に響く。


ユウは震えながら、衣の紐を引っ張る。


音もなく、滑り落ちた衣をそのままに、

イーライの手は、淡々と確認をする。


ユウは熱い吐息が溢れそうになるのを堪えた。


イーライは、ただの職務として触れている。


それは、自分にとって憂鬱なのに。


イーライの手つきには、優しさが滲んでいた。


ーーイーライは、そういう人だ。


気を使い、痛くしないようにしているのだろう。


その指先に触れられるたび、優しく抱きしめられた夜を思い出してしまう。



最後に、イーライの手は異物の確認のために足の付け根に及んだ。


触れる寸前に、イーライは指先にオイルを塗ろうとしたが、それをやめた。


静かに確認をした後に、指を引き抜く。


「オイルは必要なさそうですね」

イーライは、指先を見つめて淡々と話す。


その言葉に、ユウは顔を赤らめる。


「潤いが自ずと出るのは良い経過です。

お子を授かりやすくなります」

イーライは、衣を拾い確認しながら話す。


ユウは長い髪で体を隠しながら、曖昧な頷き方をする。


「ただ、気になることがございます」

イーライの声が低くなった。


ユウは、ゆっくりと顔を上げた。


イーライは、机の上にある帳面に目を落としていた。


そこには細かい文字で、何かを書き連ねている。


「このような変化は、1ヶ月ほど前からです」


ーー1ヶ月前。


ちょうど、シュリと夜に逢引きをするようになってからだ。


イーライは、ユウをじっと見つめる。


その黒い瞳の奥は、チラチラと燃えているように熱を孕んでいた。


「何か、あったのですか」

イーライは、一歩距離を詰めた。


「何もないわ」

ユウは、思わず目を逸らしそうになるのを必死に押し留めた。


ーー自分の体の変化で秘密が暴かれることに恐怖を感じた。


これが漏れてしまえば、レイ、ウイ、シュリ、ヨシノ……複数の顔が浮かぶ。


隠し通さなくればいけない。


「……急に体が変わるのは……妙ですね」


「媚薬が効いてきたのだと思うわ」

ユウは視線を逸さなかった。けれど、耳に髪をかける。


「左様ですか」

イーライは静かに頷く。

頷いたものの、黒い瞳から疑念は消えていない。


それに対して、ユウの背中にジワリと汗が滲む。


ーーここで崩れてはいけない。


ユウは心の中で必死に言い聞かせた。


イーライは、賢い。


そして、トミ家で一番忠実な重臣だ。


だからこそ、敵に回したくない。


……それならば。


「私の体が変わったのは、媚薬だけではないの。

気持ちもあるのよ」

ユウは、イーライが差し出した衣に袖を通す。 

声が震えないように、必死に保つ。


それは嘘ではない。


本当のことだ。



「前にも伺いました」

イーライは、わずかに首を傾げる。


そして、ユウはじっと見据える。


「お気持ちで、潤いが出るのか、と」

イーライの右の眉毛が上がった。


「ええ。……女はそうよ」

ユウは衣の紐を静かに結んだ。


「どのような……」


「その話をしている時間はないわ。キヨ様が待っているのでは?」

ユウが話すと、イーライは静かに頭を下げる。


「そうでございますね」

イーライは、静かに控室の扉を開けた。


寝室に入ると、キヨが待ちきれないように寝台で待機していた。


「ユウ、遅いぞ」


「お待たせしました」

ユウは、頭を下げる。


「早く、来い。萎えてしまうではないか」

キヨが手招きをするので、ユウは感情を閉じ込めたまま歩き出した。


萎びた腕に閉じ込められ、ユウは目を閉じた。


脳裏にシュリの顔が浮かぶ。


ーーあぁ。


ユウは目をきつく閉じた。


キヨの荒い息づかい耳に響く。


彼の手つきは、自分本位で急かすものだった。


そこには、悦びはなかった。


行為を終えた後、キヨは満足そうにユウを眺めた。


その汚れた眼差しで見つめられるのが耐えきれず、ユウは、

布で自分の体を覆うように手繰り寄せる。


「隠すな」

キヨは、その手を止めた。


そして、目を細めて、夢見るような表情を浮かべながらつぶやいた。


「随分と色っぽくなった」

満足げに呟き、ユウの胸元からウエストをゆっくりと撫でる。


「……」

ユウは目を伏せる。


「こんなにも、色艶が出たのは、わしが女にしたからだ」

キヨは、誇らしそうに再びユウの胸元に唇を寄せた。


悍ましい感触に、唇を噛み締めながらユウは思う。


ーー違う。


この身体を変えたのは、あなたではない。


あの夜、優しく抱きしめてくれた人だ。


夢中で胸元へ唇を寄せるキヨを一瞥し、ユウは静かに目を閉じた。


ーーもし、自分がシュリの立場だったら。


耐えられない。


今さらになって、その痛みが胸に突き刺さった。


あんなにも侍女へ嫉妬した自分が、急に恥ずかしくなった。


ごめんなさい。


心の中で、シュリの名を呼んだ。


次回ーー明日の20時20分


重ねた温もりを胸に、それぞれの覚悟が再び試される――。

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