嫉妬したあとで
ユウが自分の部屋の扉を開けると、もうすでにシュリが部屋にいた。
「外出をされたのですか?」
シュリは戸惑いながら質問をした。
「ええ」
返ってきた返事はそれだけだった。
けれど、その声はゾッとするような冷たさが滲んでいる。
シュリは、ユウの顔を見つめた。
その瞳は怒りが滲んでおり、シュリは戸惑った。
後ろにいる母•ヨシノの顔を見ると、
何か、言いたげな顔をしているが、それだけでは伝わらない。
あたりの空気が重みをもっていて、四方から圧し縮まってくるような息苦しさが漂う。
「どうされましたか」
シュリはもう一度質問をした。
「別に……」
そう言って、ユウはゆっくりとソファに座った。
「……そうですか」
シュリが返事をすると、重苦しい空気が流れる。
ーーこれは、まもなく癇癪を起こす。
ヨシノは、ユウの心の導火線に火がついたことを感じ取った。
「わ……私は、少し用事を思い出しました」
ヨシノが声を上擦らせて、後ろむきのまま扉の取手を掴んだ。
「母さん?」
シュリの目が僅かに開いた。
「しばらくしたら、戻ります」
そう言い放ち、逃げるように部屋から出た。
しん……と部屋が静まり返る。
張り詰めた空気の中で、シュリは居心地悪そうに立ち尽くした。
ユウの背筋は、まっすぐに伸びており、
視線は頑なに前をむいていた。
「ユウ様……」
シュリは困ったように眉毛を下げた。
ーーいつまでも、意地を張っても仕方がない。
ユウは小さくため息をついた。
「さっき、中庭に行ったの」
ユウはポツリと話す。
「中庭?」
「ええ。……ずいぶん、楽しそうだったわね」
ユウは声をなるべく一定に保つようにした。
何気なく話したいのに、どうしても嫌味に聞こえてしまう。
「あ……」
シュリは目を見開いた。
ユウは前を見つめたまま、動かない。
シュリは慌ててユウの前へ回り込む。
「あれは……リチャードと決めたことです。イーライ様を欺くために、ベッキーと話しただけで!」
ーーベッキー。
呼び捨てで言い合う仲なのか。
ユウの心に、制しきれない嫉妬が湧き上がる。
「リチャードから聞いたわ。
ベッキーは可愛い方よね。朗らかで素直で……良い子だわ」
話していて、ユウの声は震える。
こんなにも、醜い感情を抱いていることに気づかれないように、
シュリから顔を背けて話す。
ーー復讐に燃える自分と違って。
彼女は、無邪気で愛らしい。
身分も釣り合っている。
ああいう人が、シュリにはお似合いなのだ。
シュリは一瞬ためらった。
本来なら、主と同じソファへ腰を下ろすなど許されない。
それでも今は、使用人ではなく、一人の男として傍にいたかった。
遠慮がちに、ソファに浅く腰をかけた。
ユウは相変わらず、顔をこちらに向けない。
部屋の奥にある鏡ばかりを見ている。
「私の好みは……」
躊躇いながら話す。
ユウの顔は背けたままだ。
なので、そのまま言葉を続ける。
「朗らかで素直な方よりも、
頑固で意地っ張りな女性の方が……好みなんです」
頑なに組んだユウの手がピクリと動いた。
その僅かな反応に、シュリは勇気をもらい、
話し続ける。
「素直じゃなくて……強情で、不器用で……
そういうところが……とても魅力的です」
上がっていたユウの肩が、少しだけ下がる。
体は、僅かに震えているようにも見えた。
けれど、顔は背けたままだった。
シュリは静かにユウの隣へ身を寄せた。
「……ユウ様、ひょっとして、嫉妬をしているのですか」
次の瞬間、ユウがすごい勢いで振り向く。
「そんなことーー」
ユウの眉毛は、キリリと上がる。
次の言葉を話す前に、シュリは微笑んだ。
「……だとしたら、私は嬉しいです」
その言葉を聞いた瞬間、ユウは目を瞬かせる。
ーーそれが嬉しいって。
思いがけない言葉に、張り詰めていたユウの気持ちが萎んでいく。
「……そんな訳ないわ」
ユウの顎は、少しだけ上がったが言葉尻は弱いものだった。
「そうですか。私の思い上がりなのかもしれません」
シュリは、照れたように頭を掻く。
「……」
ユウは、無言でシュリを見つめた。
「ベッキーとは何もありません」
シュリは、静かに話す。
ーーベッキーはそう思ってない。
ユウは反論したくなった。
でも、そのことは絶対に口にしたくない。
少しだけ唇を尖らしたユウを見て、シュリは微笑む。
「だから、安心してください。
全ては、ユウ様の願いを叶えるためですから」
ユウは挑むように、シュリを見つめ、
しばらく黙っていたかと思うと、不意に体を横へ倒す。
そして何も言わず、座っていたシュリの膝へ頭を預けた。
「ユ、ユウ様?」
驚きのあまり、シュリは体が固まる。
見下ろすと、自分の膝の上に、
金の髪を散らばせながらユウがこちらを見上げている。
「……それならいいわ」
小さな声だった。
シュリはしばらく瞬きもできなかった。
自分の膝の上に、ユウがいる。
怒っていたはずなのに、今は安心したように身を預けている。
「……はい」
その一言だけ返し、恐る恐る金色の髪へ指を通した。
ユウは安心したように目を閉じた。
長い睫毛が頬へ影を落とす。
すぐ手を伸ばせば触れられるほど近い。
シュリは息を呑んだ。
ーー綺麗だ。
こんなにも美しい人が、自分だけを頼るように膝へ身を預けている。
胸の奥が、静かに熱くなる。
髪を撫でるシュリの手は、少しぎこちなくなる。
ユウがゆっくりと瞼を開く。
青い瞳が、真っ直ぐにシュリを映した。
「……どうして、そんな顔をするの」
ユウがつぶやく。
「……綺麗だからです」
その一言だけで、ユウは何も言えなくなり、
シュリを見つめた。
シュリは、その視線から目を離すことができなかった。
ーー来て。
そう囁かれた気がした。
ーー勘違いかもしれない。
でも、それでも。
シュリは静かに身を屈めた。
ユウの上へ覆いかぶさるように顔を寄せる。
その動きに気づいたユウは、じっと見つめたままだった。
青い瞳と茶色の瞳が、すぐ近くで重なる。
やがてシュリは、確かめるようにそっとユウの唇へ口づける。
ユウの体は動かない。
けれど、押し当てられた唇をわずかに開いた。
驚くほど柔らかな感触に、シュリは理性がほどけるように口づけを深めた。
ユウもまた、それに応えるようにシュリの背中に手を回した。
「ん……」
ユウの甘い声が室内に響く。
シュリもまた、ユウの柔らかい唇に溺れ、その手がユウの胸元に躊躇うように這った瞬間ーー
カチッーー小さな音が室内に響く。
次の瞬間、二人は針に刺されたかのように跳ね起きた。
「ユウ様、失礼します」
部屋に入ったのは、ヨシノだった。
シュリは、直立不動のままソファの前に立ち、
ユウは乱れた髪が顔を隠すように、ソファに座っていた。
濡れた口元を手で拭う。
ヨシノは素早く、その仕草に目を走らせる。
何かがあったけれど、二人の衣類に乱れはない。
けれど、ユウの気持ちが落ち着いたことを感じた。
「昼食が終わったら、お支度をしましょう」
ヨシノは、いつもと同じように穏やかな声をかけた。
「支度?」
「ええ……今夜は、キヨ様がお呼びですから」
ヨシノが言いにくそうに話す。
「……そうだったわね」
ユウの声に翳りが滲んだ。
明日ーー20時20分
隠し通さなければならない秘密。
その代償を知った時、ユウは初めてシュリの痛みに気づく。




