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守られた一夜

「……イーライ様、なんでしょうか」

ヨシノの顔は強張っていた。


イーライは眉ひとつ動かさない。


「シュリはいるか?」


「はい。寝ております」


「シュリはどこの部屋で寝ている?」

イーライは答えを待たず、一歩小屋の中へ入った。


ヨシノは黙って、部屋の突き当たりの扉を指差す。


「灯りを貸してもらえないか」

震えるヨシノから角灯を受け取ると、

イーライは扉にむかって歩く。


軋む扉を開けると、シュリの部屋は真っ暗だった。


イーライは角灯を掲げる。


椅子の上には、シュリがいつも着ている洋服が置いてあり、

粗末な寝台の下には、靴がきちんと揃えられている。


寝台には大きな膨らみがある。


イーライは、その膨らみを凝視する。


次の瞬間、寝台の膨らみがもぞりと動いた。


毛布の隙間から、鍛えられた男の足が覗く。


イーライは、その足をしばらく見つめていた。


やがて、静かに角灯を下げた。


ギィと鳴る扉を閉めながら、呟く。


「邪魔をした」



イーライが小屋から出ると、残されたヨシノは、崩れるように床に座り込んだ。


心臓が今だにバクバクする。


這うようにシュリの部屋にむかい、微かに扉を開けると、

寝台から手が上がる。


それは、まるでーー話すなと言わんばかりの無言のサインだった。


ヨシノは微かに頷き、扉を閉めた。


キィと小さな音が部屋に響き、ちびた蝋燭の灯りが揺れる。


しばらくしてーー


「いなくなったな」

リチャードが扉を開けた。


「リチャード様、助かりました」

ヨシノが深々と頭を下げる。


「あの石頭、小屋を出た後も、この辺を彷徨いていた。

本当、面倒な奴だ」

リチャードは肩をすくめる。


「はい……」

ヨシノの顔は真っ青だった。


「もう遅い……俺がいるから、今夜はゆっくり休んでくれ」

リチャードは労わるように微笑んだ。



翌朝ーー


シュリがエドガーと共に、小屋に戻ると、

リチャードは、のんびりと朝食を食べていた。


「シュリ、おはよう」


「……リチャード、助かった」

シュリは頭を下げる。


「あぁ。昨夜は楽しんだか?」

ニヤリと笑ってなにもかも把握しているかのようにうなずく。


「え……あ……はい」

シュリは目を逸らして、頷く。


「それは良かった。最初は余裕がないと思うが、な」

リチャードは、楽しそうに話して、黒パンをかぶりつく。


シュリは思わず目を見開く。


まるで、見てきたかのようだ。


ーーまさか、寝室にもエドガーが?


「それも、エドガーは見ていたのか?」

思わずシュリは、質問をしてしまった。


小屋の中が静まり返る。


エドガーは無表情のまま視線を逸らした。


次の瞬間、リチャードが盛大に吹き出した。


「そんな訳ないだろう。エドガーは昨夜忙しかったんだ」

笑いを堪えて溢れた涙を指で拭う。


「……すまない」

シュリは居心地悪そうに、椅子に座った。


エドガーは布に包んだ朝食を差し出す。


「食え。腹が減っただろう」


包みの中には黒パンと硬いチーズ、それにゆで卵があった。


「いただきます」

緊張と快楽、そして、甘い余韻から解き放たれたシュリは、急にお腹が空いてきた。


黒パンの間には燻製肉と若いクレソンが挟まれており、夢中で平らげた。



「昨夜はな、エドガーはシュリを送った後に、俺をここの小屋に送った。来て良かった。予想通り、イーライは小屋に来たぜ」


リチャードの言葉に、シュリはパンを手にしたまま固まった。


「寝台にいる俺を見て、顔も確認せずに帰った。

やっぱり、服は残して良かったな」

リチャードは話した後、欠けたマグカップで水を飲む。


「リチャードは、そのままここに泊まったのか?」


「あぁ。夜明けに、お前の母君とこの小屋を出て、東棟に戻った」


「なぜ……?」


「俺も、東棟にいる証拠を残すんだ。

さっきは正々堂々と門から出た。

早朝稽古に張り切る人質を装って、な」

リチャードは、気楽そうに椅子を身を預けた。


「リチャード、エルガー、助かりました。ありがとうございます」

シュリが頭を下げると、リチャードは片手を上げる。


「1回くらいの逢引きなら、なんとか周囲に誤魔化せる。

けれど、何度も逢引きをするのなら、根回しと周囲の協力がないと破綻する」


リチャードの言葉に、シュリはゆっくりと頷く。


ーーもし、リチャードの協力がなければ、ユウの元へ辿り着けなかった。


「次は半月後か。まぁ、その頃には、少し余裕があるといいな」

見透かすように話すリチャードの言葉に、シュリは気まずそうに目を伏せた。



朝日が昇る頃、二人は木剣を手に馬場へ向かった。


リチャードの木剣が鋭く振り下ろされる。


シュリは受け流したものの、一歩下がるのが遅れた。


「遅いな」

リチャードが間髪入れずに踏み込む。


シュリは慌てて木剣を返したが、切っ先は空を切った。


「……っ」


昨夜はほとんど眠っていない。


腕は重く、足も僅かに鈍い。


リチャードはそれを見逃さなかった。


「どうした。塀を登った程度で、その有様か」


木剣が再び打ち込まれる。


シュリは歯を食いしばり、それを受け止めた。


「お前は、幸せなことがあると剣が鈍る。

覚えておいた方がいい」

リチャードはニヤニヤしながら話す。


「……くっ」

シュリは、再び木剣を振るうが、それは確かにいつもより、遅かった。


流れる汗を手で拭っていると、

イーライが黒いマントを翻しながら馬場に現れた。


シュリは手をとめ、イーライに近づき、挨拶をした。


「おはようございます」


イーライは、わずかに頷く。


「母から聞きました。昨夜は寝ており、失礼しました」


「いや……遅い時間に悪かった」

イーライは目を伏せる。


「何か、伝えたいことがあったのですか」

シュリが質問をすると、イーライはいつもの整った顔を戻す。


シュリの顔を一拍見つめてから


「……いや」

そう言って、ぎこちなく木剣を振り始めた。


「承知しました。それでは……失礼します」

すれ違うシュリからは、あの芳しいユウの香りがしない。


ーー警護が厳しいから、昨夜は会わなかったのか。


それとも、自分の勘違いなのか。


イーライが訝しむような顔をしているのを、見て、リチャードが顎をさすりながらつぶやく。


「エドガー、予想通りだ。

あの石頭は揺れているぞ」


「そのようですが……疑り深いお方です。

油断はならないか、と」

エドガーは、琥珀色の瞳を細める。


「あぁ、もっと、欺くぞ」

リチャードは、ニヤッと笑った。


「欺く?」

戻ってきたシュリが顔を上げた。


「次は、もっと厄介になるぞ」


その視線の先では、イーライが一人、木剣を振っていた。


黒い瞳は、まだ何かを探すように揺れている。


次回ーー明日の20時20分


昨夜まで、あんなに近かったのに。

なぜ、あなたは私から目を逸らすの――。

その答えを知るため、ユウはシュリの後を追う。

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