表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

308/315

王を欺こうぜ

「来い」

そう言われて、シュリは、リチャードの跡を追う。


東棟は、人質たちが暮らす場所だった。


城の西側にある妾の居住区とは違い、静かな空気が流れている。


「ここだ」

そう言って、リチャードが扉を開けると、

シュリは息を呑んだ。


部屋は広く、床には厚い絨毯が敷かれ、壁際には書物が整然と並んでいた。


窓からは晩春の庭が一望できる。


「……本を読むのか?」

シュリは思わず質問をする。


賢い男だと思ったが、本を読む姿は想像もできなかった。


「あぁ。この城には国中のすごい書物が集まっている。

情報は有益だ」

リチャードは、扉の前で聞き耳を立ててから、

窓のそばにある椅子に座った。


一見すると、領主の子が暮らす部屋と何も変わらない。


違うのは、その窓から見える景色だけだった。


庭には必ず兵が立ち、

東棟へ続く門にも槍を持つ番兵が控えている。


外へ出るには許可が必要。


訪ねてくる者も、名前を告げ、門番の許しを得なければならない。


豪華な部屋でありながら、見えない鍵が掛けられていた。


「まぁ、座れ」

リチャードに促され、シュリは向かいにある椅子に浅く腰をかけた。


「こんな時間に珍しい。乳母子殿は姫様のお守りだろ」

リチャードは小さく笑った。


「……」

シュリは無言で、自分の膝を見つめる。


勢いのまま、リチャードのところに来てしまった。


けれど、少し無鉄砲だった。


自分のしていることは、反逆罪になる。


リチャードを巻き込んだら……彼の領にも迷惑がかかる。


シュリは、眉を寄せ俯いた。


テーブルの上には、籠いっぱいの赤い苺と干し杏、それに蜂蜜を塗った小さな焼き菓子が並んでいた。


「食え」

リチャードが勧める。


シュリは差し出された苺を、一粒つまみ口にした。


緊張のせいかーー味はしない。


「それで?」


リチャードは苺を一粒つまみ、口へ放り込んだ。


「姫様を抱きたいのか。それとも王を殺したいのか」


「……どちらでもない」


シュリは真剣な顔で答えた。


数拍置いて、眉を寄せる。


「あ……でも、最初の方になるのか?」


自分で言ってから口を押さえる。


リチャードは堪えきれず吹き出した。


「ははは!」

晴れやかな笑い声が部屋に響く。


一通り笑い終えたリチャードは、

居心地悪そうに座るシュリを見つめながら、真面目な声つぶやく。


「そういう、真っ直ぐなところがお前の良いところだ」

失われたものを懐かしむような言い方だった。


シュリは顔を上げた。


「リチャード、助けてほしい」


シュリの言葉を聞いたリチャードは、灰青色の瞳を静かに細めた。


笑っているのに、その瞳だけは獲物を見定めるように鋭い。


「今更か、遅いぞ」


「……ごめん」


リチャードは、シュリと少し距離を詰めた。


「……で、何を考えている?」


シュリは、目を伏せ、思い切って顔を上げた。


「王を欺く」


「ほう」

シュリの言葉に、リチャードは目を細めた。



「ユウ様と子供を作る。それが報復だ」


「は?」

リチャードが面食らってぽかんとした。


そのリチャードの顔を見て、シュリは真剣な顔で頷く。


「王の子と偽って、オレの子を……宿す」


リチャードは数秒黙った。


やがて肩を震わせる。


「……ははっ。そう来たか」


リチャードは耐えようにも耐え切れず、思わず笑った。


シュリは、無言で頷く。


「面白いな。殺める方法ではなくて……子を作るのか」


「そうだ」


「国王の妾が、使用人の子を宿す。

それが、次期国王になる」

リチャードの言葉に、シュリは俯く。


次の瞬間、リチャードは感嘆のため息を漏らした。


「面白い」


その言葉に、シュリは顔を上げた。


リチャードの灰青色の瞳は、爛々と輝いていた。


「最高の報復だな。……で、俺は何を協力するんだ」


「……子を作るために、時間と場所は確保できた。

けれど……イーライが疑っている。

報復しようにも……子が作れないと、なると」


「あの石頭が気づいているのか」

リチャードは、ニヤつきながらクシャと赤い髪を掻いた。


「証拠はないが……勘づいている」

シュリは目を伏せた。


「あいつは、お前と同じくらい姫様のことを好いている。

しかも……賢い」


「……あぁ」


「だから、面白いじゃないか。国王と石頭を欺くなんて、最高の娯楽だ」

リチャードは、軽やかに頷く。


「……あまり、面白いとは……」


「おい、聞いているか」

リチャードは、シュリではなく、部屋の片隅に向けて声をかけた。


不思議そうに顔を上げたシュリは、部屋の片隅に男が立っていることに気づき、思わず立ち上がった。


「え……」


ーーいつから、ここに?


部屋に入った時は、誰にもいなかったのに。


「紹介しよう」

リチャードが肩を竦める。


「俺の従者、エドガーだ。乳母子でもあり、

護衛であり、伝令であり、監視役でもある」


エドガーと呼ばれた青年は、赤みを帯びた茶髪は無造作に短く切られ、

琥珀色の瞳は人懐こく細められている。


不思議と目を離せば思い出せない。


気配まで薄くしたような男だった。


「そして、人の話を勝手に聞く悪癖がある」

リチャードは、赤い苺をもう一粒摘んだ。


「……従者……乳母子がいるとは……知らなかった」


「おいおい。エドガーはずっと俺のそばにいた。

初めて会った時からだ」


「……え?いつも?」

シュリの瞳は丸くなる。


「そうだ。馬場にいる時も、ダンスの時も、

そうだな、お前の家で一晩過ごした時もいたぞ」

リチャードは、ニヤッと笑う。


「ええっ。そんな!」

シュリは言葉をなくした。


ーー家にも彼がいた?


信じがたい話だった。


「あぁ。伝令、護衛、偵察、潜入……面倒な仕事は全部こいつがやる。お前と姫様の関係も把握している」


リチャードが軽やかに話すと、エドガーは静かに頭を下げる。


この状況を受け入れられず、シュリは呆然とした。


「シュリよ。人質である俺が、夜の城下町で女を抱くことに、

疑問は持たなかったのか?」


「……あ」


ーーそういえば、そうだった。


出会った時から、当たり前のようにリチャードが話しているから

それが当たり前と認識していた。


よく考えれば、こんなに警備が張り巡らされている東棟で、

夜間に抜け出すのは、難しいことだった。


リチャードは静かに足を組み直した。


「身分差のある逢い引きは、

根回しと、信頼できる協力がなければ成立しない」


シュリは黙って頷く。


リチャードの灰青色の瞳が愉快そうに細くなる。


「協力してやる」


一拍置いて、少年のように口角を上げた。


「王を欺こうぜ」


80万文字を超えた連載に、ブックマークとポイントをいただきました。


ありがとうございます!


80万文字を超えた物語を読んでくださる方がいることに、毎回「本当にいるんだ……!」と驚いています。


ずっと追いかけてくださっている皆さまのおかげで、ここまで来ることができました。


最後まで毎日更新で走り切りますので、どうぞよろしくお願いいたします。



次回ーー明日の20時20分


イーライとの静かな駆け引き。

その最中、レイの前にヘンリーが現れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ