疑惑はシュリへ
翌朝ーー寝室から戻ったユウは、少しやつれた様子で椅子に座った。
晩春の庭では、蕾だった花が次々とほころび、柔らかな色が窓辺を満たしていた。
けれど、その景色はユウの目には映っていない。
母譲りの艶やかな金の髪だけが絹糸のように光り、やつれた美貌にかえって色香を添えていた。
虚ろな眼差しをするユウを、ヨシノとシュリは、心配そうに見つめた。
「姉上、おはようございます」
レイが、静かに部屋に入った。
ユウは挨拶を返し、朝食が始まる。
ユウはパンをちぎったまま、手を動かさずに手元を見つめていた。
「姉上、どうしたの?」
ユウは顔を上げ、しばらく口をつぐんだ。
その後、小さなため息をついて、打ち明けた。
「イーライに気づかれたわ」
主語のない発言に、部屋に沈黙が落ちる。
ーー気づかれた。
その言葉は、あの夜のことーーユウとシュリのことを指す。
レイは、目を丸くしたままフォークとナイフを握りしめていた。
サキも、ヨシノも、凍りついたように立ち尽くす。
シュリだけが、顔を歪ませた。
「……どうして、そう思うの?」
レイが控えめに質問をする。
5人は秘密を守っている。
誰にも見つからないように遂行した。
作戦は完璧だった。
秘密が漏れる要素は、どこにもない。
ユウは目を伏せ、部屋には長い沈黙が落ちた。
控室で行われているイーライの『確認』のことは、シュリ以外、誰にも打ち明けていない。
ヨシノですら、知らない。
ましてや、妹のレイには、絶対に言えないことだった。
昨夜の自分はーーシュリとの熱が体内に残っていた。
イーライに触れられるのは、苦痛なのに。
その指先が体に触れた瞬間、シュリとの夜の記憶が溢れてしまった。
脳裏に浮かんだのは、あの時のシュリの顔だった。
最中の彼は、伏せられた長い睫毛が震えていた。
整った顔に汗が伝い、普段は穏やかな瞳が、
あの時だけは隠しようもないほどに揺れていた。
苦しげで、優しくて。
無防備な表情に胸が締め付けられた。
それが忘れられなくて。
翌日になっても、その表情を思い返すたびに
体の奥が勝手に熱を持ってしまった。
イーライは、根元まで濡れた指先をじっと見つめ、
それから、自分の顔を見つめ返した。
急に変わってしまった自分の体を、
彼は疑問に感じたはずだ。
その黒い瞳は、疑いの色が濃く滲んでいた。
聡い彼は何も言わない。
でも、ユウはわかってしまった。
「イーライは、賢く鋭いわ。些細なことで気づいたと思うの」
ユウは、目を伏せながら言葉少なく説明した。
「それでは……何も証拠はないのね」
レイが確認するように質問をした。
「何もないわ。でも、彼のことだから、これから証拠を掴みに行動するでしょうね」
「どのように、証拠を掴むかしら?」
レイは首を傾げる。
「私なら、西棟の出入りの時間を調べるわ」
ユウは顔を上げる。
「それは大丈夫です」
シュリが答える。
多くの妾が暮らす西棟は、
乳母、女中、来客、家臣、
全ての者に許可証が必要になる。
無断で出入りができない仕組みになっている。
「ここの棟は守られているのね」
ユウは頷く。
「疑うのなら、相手はシュリしかいないわよね」
レイがポツリと呟く。
「……やっぱり、そう思う?」
ユウは、レイに質問をした。
「姉上と密会をする相手は、いつもそばにいるシュリと、
イーライしか思い当たらない」
レイは、淡々と答える。
「イーライが?」
ユウが目を丸くする。
「姉上に近づける男は限られているもの」
レイは静かにシュリへ視線を向けた。
「イーライなら、真っ先に疑うのはシュリよ」
レイは小さなため息をつく。
「私がイーライなら、次の夜の時に、シュリが暮らす家を見に行くわ」
ユウの言葉に、部屋が静まり返る。
「……そうですね。家にシュリがいるか確認をするかもしれません」
サキの声は震えていた。
「それならーー次回は見送りますか?」
ヨシノの声は低かった。
「やめません」
部屋にシュリの声が響いた。
皆が振り返ると、彼は小さく頷いた。
その穏やかな表情は、覚悟を決めたものだった。
シュリは一度だけユウを見た。
その瞳に迷いはなかった。
「このままでは、皆を危険に巻き込みます」
静かな声が部屋に落ちる。
「そのために、少し抜け出しても良いでしょうか」
ユウは戸惑うように瞳を瞬いた。
「気をつけて」
「必ず戻ります」
シュリは深く頭を下げると、静かに部屋を後にした。
◇
シュリが向かった先は、城の東側だった。
晩春の風が草花を揺らし、足元には名もない花が咲いている。
その上を踏みしめながら歩き、東棟の門番へ声をかけた。
「リチャード様にお会いしたいです」
門番は値踏みするようにシュリを見下ろした。
身なりは整っている。
剣は帯びている。
体つきは立派だが、家臣のような華やかさはない。
「お前は……」
「シュリ・メドウ。西棟に仕える者です」
「ここは客人が集う場所だ。使用人が来るところではない」
門番が冷たく言い放った、その時だった。
「客人……か。人質と呼ぶより、随分と聞こえがいいな」
落ち着いた声が響く。
門番が振り返ると、表口に腕を組んだリチャードが立っていた。
「リチャード様」
門番は慌てて頭を下げる。
リチャードは軽く手を上げ、シュリへ視線を向けた。
「そいつは俺の客人だ」
張り詰めていたシュリの肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。
リチャードは口元にわずかな笑みを浮かべ、門番へ顎をしゃくった。
「通せ」
そして、今度はシュリへ視線を向ける。
「来い」
次回ーー明日の20時20分
王を欺くため、新たな共犯者が動き出す――。




