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幸せそうな人は、美しい

◇ユウの部屋 衣装室


レイは、突然目を開けた。


はじめに目に飛びこんできたのは、色とりどりのドレスの数々の裾だった。


薄暗い部屋で、銀色に輝く姉のドレスを見て、

自分がどこにいるのか気づいた。


ゆっくりと起き上がる。


いつもなら、目覚めと共に聞こえる鳥の囀りも、

廊下を歩く侍女たちの音も、全く聞こえない。


防音が施されたこの部屋は、無音だ。


昨夜は、寝返りを打つたびに隣の寝室を意識してしまった。


そのたびに、ヘンリーの唇の感触まで思い出し、妙に胸が熱くなった。


眠りが浅かったせいか、瞼が腫れぼったいような気がする。


物心をついた時から、母と姉の背中を追いかければよかった。


困れば守ってもらえた。


けれど昨夜、自分は姉を守るために嘘をつき、大人たちを動かした。


その責任は、思っていたよりずっと重かった。


レイは、そっと衣装室を抜け出し、

カーテンが閉じたままのしん、とした部屋を見回す。


寝室の扉は閉まっており、部屋には誰もいなかった。


ーーシュリは、まだ寝室にいるのかしら。


そう思いながら、壁にかけてある鏡を見つめた。


鏡に映る自分は、昨日と何も変わらない十五の少女だった。


それなのに、もう昨日までの自分ではない気がする。


「大人になるって憧れていたけれど……そうでもないわね」

ポツリとつぶやく。


レイにとって、姉であるユウの存在は憧れだった。


美しい姉は、多くの跡取りから求婚を受けていた。


誰もが振り返り、誰もが夢中になる。


そんな姉を見ているたび、自分は決して姉のようにはなれないのだと思い知らされた。


望めばどんな男の人も振り向く姉が、恋焦がれていた相手は、

まさかの使用人だった。


見張り部屋でこっそりと、シュリと口づけをしている所もみたことがある。


その口づけが、あまりにも美しくて、

想い合う二人の眼差しは、今でも心に残っている。


ーー自分も。あんな風に。


好いた男の人から、甘い言葉をかけられて、心臓が高鳴って、見つめあう。


ロマンチックなものをイメージしていた。


けれど現実は、口喧嘩の勢いで起きた事故のようなものだった。


レイが小さなため息をついた時に、カチッと音がして、

サキが部屋に入ってきた。


神妙な顔つきで佇むレイを見て、サキが微笑む。


「おはようございます。お着替えをしましょう」


「サキ、昨夜は眠れた?」


レイは、腰のリボンを結んでもらいながら、質問をした。


「少し寝不足です。

昨夜は、ヨシノの家で遅くまで話しておりましたから」


「ヨシノの家で過ごしたの?」


レイは髪を溶かしてもらいながら話す。


「はい。色々と話をしました。……けれど、今朝になったら忘れてしまいました」

ふふとサキが笑ったので、釣られてレイも微笑む。


その時ーー寝室の扉が開いた。


扉を開けた瞬間、部屋の空気がパッと華やかな空気に満ちる。


昔から姉は美しかった。


その存在は、誇りでもあり、妬ましさもあった。


着飾らなくても、人の視線を集める。


髪を一つに束ねているだけで絵になり、無造作に椅子へ腰掛ける姿でさえ様になる。


青い瞳は、微笑んだ時ですら気の強さが滲む。


でも、そこが姉の魅力でもあった。


多くの跡取りたちが、あの瞳に心を奪われた理由がよくわかる。


そして今朝は、寝不足のはずなのに、姉はいつもより綺麗に見えた。


幸せそうな人は、美しいのだと、レイは初めて知った。


「……レイ、おはよう」

ユウは、どこか照れたように微笑む。


「おはよう」

レイは答えながらも、『シュリは?』と質問をしたくなった。


ヨシノが寝室の扉を閉めたので、寝室には誰もいないはずだ。


「朝食にしましょう」

ヨシノの声は、少しぎこちなかった。


テーブルにオムレツとパンが置かれた時に、

カチッと扉の小窓が開く。


部屋に入ったのは、シュリだった。


カップを揃えていたヨシノの手が、妙にぎこちなくなり茶器の音が部屋に響いた。


シュリとユウの視線が、一瞬だけ交わる。


次の瞬間には、何事もなかったように互いに目を伏せた。


「おはようございます」

シュリは深く頭を下げ、静かに後ろに立つ。


その顔は、いつもと何一つ変わらない。


レイは思わず口元を緩めた。


ーー本当に、この二人は隠すのが上手い。


長い年月、誰にも気づかれぬよう想い続けてきたのだ。


けれど。


姉を見つめるシュリの眼差しは、ふとした瞬間だけ熱を宿し、

その視線を受けた姉は、少しだけ頰を赤く染める。


昨夜、二人が幸せだったことは、語らなくてもレイは伝わった。


何事もなく朝食は始まった。


それでも、二人の視線が交わるたび、昨夜の余韻が部屋に滲むようだった。


ヨシノとサキは、必死にいつものように過ごそうとしているのが、

ほんの少し面白かった。



朝食後、レイはそっと姉の隣に座った。


シュリは、その様子を遠くで見つめ、ヨシノとサキは食器の後片付けをしていた。


「姉上……良かったね」

レイは耳元で囁く。


ユウは、少し耳を赤くしてふわりと微笑んだ。


まるで花びらが開くような笑顔。


その顔を見て、シュリの口が少し開いた。


久々の笑顔にレイは、涙が溢れそうになった。


ーー姉上のこんな顔、久々にみた。


母が生きている頃は、こういう顔で笑っていた。


「……授かるといいわ」

ユウは、そう言って、お腹に手を当てた。


「……そうだね」

レイは、幸せそうな姉の横顔を見て思った。


ーーどうか。どうか。


この幸せが続きますように。


誰にも気づかれませんように。



◇ 西棟 表口


重い扉の前で、イーライが立つと、

守衛がすぐに扉を開けた。


イーライは受付で立ち止まり、門を守る守衛に声をかけた。


「昨夜の名簿を見せてくれ」


守衛が差し出した名簿を受け取る。


そこには、西棟に出入りした者、全ての名前が記録されている。


イーライは、静かに名簿を目で辿る。


ーーあった。


シュリ・メドウ


昨夜は20時に母と一緒に、この西棟に退出しており、

今朝は7時15分に入場している。


イーライは、名簿を閉じなかった。


昨夜、シュリから漂っていた香り。


昨日、西棟で感じた僅かな違和感。


偶然――なのだろうか。



イーライは、右指で唇を触れたまま、その名前をじっと見つめていた。


次回ーー明日の20時20分


香りは消えても、違和感は消えない。

イーライの視線が、二人を追い始める。

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