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幸せは、彼の腕の中に

「……ユウがほしい」


その言葉を聞いた瞬間、ユウは小さく息を呑んだ。


不思議と怖さが薄れていく。


報復も。


国王のことも。


明日のことも。


今だけは考えたくなかった。


シュリの眼差しは、ただただ自分だけを求めるものだった。


その眼差しを受け止めると、

妾でも、主でも、姫でもなく、姉でもない。


今だけは、何者でもない。


ただのユウでいたい。


頰を染めたユウは、目を伏せた。


シュリの方から、小さく喉が鳴る音が聞こえる。


今までなら、自分の方から行動をしていた。


初めての口づけも自分から、唇を寄せた。


初めて体を重ねた時も、自ら衣類を脱いだ。


なぜなら、従者である彼は、自分から行動をすることができないのだ。


けれど……今だけは、彼に身を任せたいと思った。


シュリの手が躊躇うように、ユウの腕に触れた。


ユウは目を閉じて、受け止める。


その手は、ユウの頬に触れ、暖かい感触にユウは目を開いた。


目の前には、緊張したシュリの顔が見える。


ーー彼は迷っている。


このまま進めていいのか。


ユウは、促すように小さく頷いた。


やがて、シュリの顔が視界に広がり、二人は唇を重ねた。


シュリの唇の感触に、ユウは狂おしいほど、喜びを感じた。


本当は、ずっと求めていた。


キヨに抱かれながら、シュリの優しい目と手と唇を求めていた。


「シュリ……」

触れ合った唇から、こぼれた言葉に、抱きしめた彼の腕の力が強くなった気がした。



蝋燭の灯りを受けて、青い宝石が静かに輝いていた。


乱れた呼吸と湿った音がする寝室で、シュリの言葉が落ちた。


「あぁ……キレイだ」


ユウに言う訳でもなく、独り言のように呟く。


「……私もそう思うわ」

ユウは力なく、そう呟き胸に光る宝石を手を添えた。


「そうじゃなくて……」

シュリは困ったように笑った。


「……何?」

ユウはシュリの瞳を見つめる。


シュリは、優しくユウに触れて呟く。


「……あなたです」

そう伝えた彼の眼差しは、深い黒みを帯びていた。


「え?」

ユウの声が引き攣る。


「ここもーーここも……」

シュリは、そう呟いた後に、唇を落とす。


その言葉に、ユウは体に熱が駆け巡る。


ーー違う。


この体には、あの男が口をつけた跡が肌に残っている。


彼は、純粋なのに。


自分の体は無垢ではない。


口の周りは濡れている。


髪だってぐしゃぐしゃだ。


恥ずかしい。


こんな姿は見せたくない。


もっと綺麗な自分を見てほしかった。


灯りを絞ってほしい。


違うと言いたかった。


キレイじゃない……と口を開こうとした。


けれど、シュリの顔を見て、開いた口が閉じてしまった。


彼の眼差しは、心からそう思っていることが伝わる。


自分の肌に唇を落とすたびに、彼は苦しそうに息を吐き出す。


ーーシュリがそう思っているのなら、そのままの自分で良いのかもしれない。


触れるたびに、胸の奥が少しずつ満たされていく。


波のように次々と打ち寄せる感覚に、ユウは身を震わせた。


失われたものが戻ることはない。


それでも今だけは、幸せだった。



「大丈夫ですか」

心配そうなシュリの声が聞こえる。


意識は起きているはずなのに体がついていかない。


ユウは、目を瞑ったまま小さく頷く。


指先が痺れている。


閉じたまぶたから、シュリが心配そうに見つめている気配を感じる。


ーー今、ここで何か、言わないと彼は心配する。


「大丈夫……」

ユウは重い瞼を開け、すぐ近くにある茶色の瞳を見つめる。


ふいに抱き寄せられ、シュリの硬い胸に頰を預けた。


昔から馴染みがあるシュリの香りに包まれて、

トクトクと心地良い彼の心音を聞きながら、髪の毛を優しく撫でられる。


視線を感じて、顔を上げると、優しくシュリが自分を見つめていた。


昔から見慣れた茶色の瞳だった。


泣いた時も、怒った時も、悲しい時も。


いつも、その瞳は自分を見ていた。


わけもなく涙が滲んで、それをシュリの胸元で拭った。


不思議なほど心が満たされていた。


何も考えなくていい。


誰かを守らなくていい。


誰かの期待に応えなくていい。


ただ、ここにいて良いのだと思えた。


あぁ。


これが幸せなのかもしれない。


そう思った瞬間、胸が痛くなった。


この夜は終わる。


朝が来れば、シュリは従者に戻り、自分は王の妾に戻る。


永遠には続かない。


だからこそ、この温もりを忘れたくなかった。


幸せは、彼の腕の中にあることに、ユウは気づいた。


その幸せを、手放したくないと思ってしまった。



寝台が軋み、ユウは目を開けた。


シュリは、すでに身なりを整えていた。


「シュリ……」

思わず手を伸ばす。


ーー行かないで。


「……まもなく兵の交代の時間です」

差し伸べたユウの手を、シュリは握った後に、優しく手離した。


不満そうなユウの顔を見つめ、少し苦笑した。


シュリは静かに部屋を出た。


ユウは、小さくため息をついて、彼がいた場所に腕を伸ばした。


そこには微かな温もりがあった。


夢のような一夜だった。

次回ーー明日の20時20分


幸せな一夜の翌朝。


シュリに残された”痕跡”が、静かに波紋を広げ始める――。

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