妃を動かした妹
「ミミ様とお話をしたくて、伺いました」
レイの澄んだ声が、部屋に響く。
その声に、眉を寄せたのはキヨだった。
ーーレイか。
欲しくてたまらなかった女が、惚れ抜いた男。
その男の面影が、色濃く宿している娘。
「大事な話をしている。出てーー」
その先の言葉を、打ち消すようにミミは微笑んだ。
「レイ様、どうぞ」
「失礼します」
レイは頭を軽く下げ、部屋に入る。
その後ろに、緊張で顔をこわばらせたサキが続く。
レイは、渋い顔をしているキヨを見て、
驚いたような顔をした。
「キヨ様がおられるなんて……気が付かず、すみません」
借りてきた猫みたいにかしこまる。
「……よくも、まぁ……」
呆れるようにキヨが呟く。
つい先日、キヨに『離れろ!』と怒鳴り散らしたのは、この娘だった。
しかし、その事は、妻のミミの前では言えない。
ーーミミの前で何を言うのか。
キヨの痩せた指は、繊細なカップの縁を無意識に撫でてた。
「レイ様、どうされました?」
ミミが、母親のように慈しむような眼差しで、レイを見つめた。
ヘンリーは、ソファの上で身動きをせず座っている。
「……本当は……ミミ様と二人きりで話したいのですが……」
レイは目を伏せる。
「まぁ、何?」
「姉上のことなんです……私……寂しくて。
ミミ様のことを、母上のように思ってしまったので、つい……
勇気を出して、伺おうと思ってーー」
レイは、困ったように眉毛を下げて話す。
うまい、とヘンリーは思った。
遠慮がちに、ミミをおだてて頼る。
面倒見が良い叔母上なら、あっという間に陥落する。
その話術は、名人芸だと認めることができた。
「まぁ、どうしたの? 教えて」
頼られて嬉しく思ったようで、ミミの声は甘くなる。
その声に、キヨの顔が引き攣る。
嫌な予感しか、なかった。
イーライは、茶のポットを持ったまま固まる。
「姉上を見ていると、母上と話しているような気持ちになってしまうんです」
レイがポツリとつぶやく。
「そうでしょうね」
「姉上は優しくて……私が眠れない夜は手を握ってくれました」
「ユウ様らしいですね。母君の代わりに……なろうとして」
ミミの声が掠れた。
「母上を亡くしてから、姉上だけが私の支えでした。
ミミ様は、母上にお会いしたことがありますか?」
レイは、顔を伏せたまま話す。
ミミは、レイに近寄り膝をついた。
「……お話ししたことはありませんが、
遠くでお見かけした事はあります」
「ミミ様は……母上のことを……」
レイの声は妙に震えていた。
「誰もが、忘れられない容姿をお持ちでした。
誰だって……夢中になります。
あれほど美しくて……あれほど勇敢で……」
ミミの目には、涙が溢れた。
「……私は、母に似ておりません」
レイの声は低かった。
「レイ様、あなたはお父上のグユウ様に似ておられます。
グユウ様は、物静かで温厚で、とてもハンサムな方でした。あなたにそっくりよ」
ーー物静かで温厚。
一度も、グユウに会ってないヘンリーは、思わず吹き出しそうになった。
深く付き合えばわかる。
少なくとも、レイの気質は物静かで温厚ではない。
むしろ、逆だ。
「姉上を見ていると、母上と話しているような気持ちになって、
幸せなんです」
レイは、俯いたまま話す。
「そうでしょうね。ユウ様は、シリ様に似ておりますから」
ミミは、力強く頷く。
「だから最近、寂しいんです」
「寂しい?」
「はい……。私の一番幸福な時間は、姉上と夜に同じ寝台に入って話すことなんです。
その日、あったことや、亡くなった母上のことをお話ししたり……」
レイは、ハンカチを取り出して目元を抑える。
しかし、本当に泣いているのか、背後にいたヘンリーにはわからなかった。
「……そうなの」
ミミの声は、少し揺れていた。
その二人のやりとりを、キヨは眉を寄せて聞いていた。
幾度もの、戦をしてきた男には、空気を読む力がある。
レイが話していることは、母を失った少女の悲しみではない。
これは、旗色が悪い方向に風向きが変わったことを肌で感じていた。
なので、話をやめさせようと手を上げた。
次の瞬間、レイが声を張り上げた。
「でも、私は姉上と話ができません。
毎晩、姉上はキヨ様と過ごしているのです!」
レイは声を張り上げた。
「え?」
ミミの表情が固くなる。
ユウを抱くのは、週に1回と決めている。
それは帳簿で確認済みだ。
間髪を入れずにレイが、手で顔を覆った。
「キヨ様は、毎晩姉上の部屋に訪れるのです。
それも毎晩!!」
ミミの顔がスッと上がり、レイの背後にいるキヨを見据えた。
キヨは、いつの間にかソファに浅く座り、背筋を伸ばしていた。
イーライは、この状況を何とかしようと、
必死に頭を動かしていることがわかる。
「そうなの。キヨ?」
その声は、背筋が凍るほど冷たいものだった。
「ミミよ。誤解じゃ……。規則は守っておる。
交合は、週に一度じゃ」
2月だというのに、キヨの禿げ上がった額には、大粒の汗が滲んでいた。
ミミの視線は、素早くイーライにむけた。
「キヨ様は、夜に茶を飲みに、ユウ様の部屋に訪問をしております。茶だけで、ございます」
イーライは、淡々と話す。
ヘンリーの隣に座っていたエルは、落ち着かない様子で、両手を組んだ。
その直後に、レイが声を張り上げた。
「毎晩、遅くまで姉上の部屋にいるのです!
この前なんて……私がいるのに、キヨ様は、姉上と口づけをしていました。私……あんなの見たのは初めてで……その日は眠れませんでした」
目元をハンカチで覆いながら、叫ぶ。
この発言は、爆弾だった。
レイが話した瞬間、部屋は恐ろしいほど静かになった。
エルは、額に手を当て項垂れた。
「キヨ?」
ミミの声は、怒りが滲んでいた。
その声に、キヨはサッと青ざめた。
テカテカした額に、汗が光っている。
「年頃のレイ様の前で、そんなことをしていたのですか」
「誤解じゃ……ミミよ。あれはこの者が部屋に飛び込んだのじゃ。
見せつけるつもりはなく……」
キヨの声は弱々しかった。
その発言で、ミミは真実だと理解した。
「すみません……こんな事、言うつもりはなかったんです。
私は……姉上と一緒に静かに夜を過ごしたいと思っているだけで」
レイは、弱々しく頭を振る。
「キヨ、以前にも私は話しました。
一人の女性に固執するな、と。
他の妾たちが不満に思うはずです。
あなたの行動で、西棟の規律が乱れるのです」
ミミは、淡々と話す。
「わしは、他の妾も抱いておる。
ユウ様の部屋を出た後に……違う部屋に行くのじゃ」
キヨは弁解するように話し、隣にいるイーライは大きく頷く。
「だからですか。あなたは最近、会議中に居眠りをすることが多いです。女性に夢中で国の運営を疎かにしてはなりません」
「わしには、子が……」
キヨの言葉をミミが遮る。
「それでしたら、お茶を飲む時間を必要ございません」
「男子を授かるには、心の交流も必要でございます」
イーライがすかさず、助け舟を出した。
「そうね、心の交流は20分ほどでよろしいのではないですか」
「ミミよ。そんな……」
「夜の西棟に侍女を配置します。
あなたが、どの妾の部屋で、何分ほど過ごしたか記録に残します」
キヨが、反論しようと口を開いた時に、レイが話した。
「それなら、姉上と一緒に過ごせますか!」
レイは顔を上げた。
その黒い瞳の淵は乾いていた。
「そうしましょう」
ミミは、キヨを見据えながら話しており、レイの表情に気づかなかった。
キヨが救いを求めるように、イーライを見上げたので、
イーライは懐の小さな紙片を取り出す。
「それならば……姉妹が過ごすのは、三週間後の夜がよろしい、かと。毎月、その週は姉妹で過ごすのはいかがですか」
「三週間後?」
ミミも、キヨも首を傾げた。
しかし、レイは気づいた。
イーライは、ユウの生理周期を把握していることを。
月のものの時に、交合をしても子は成せない。
「姉上は、月のものの時は体調不良なんです。
ゆっくり話などできません」
レイの黒い瞳と、イーライの黒い瞳が交差した。
「イーライ、お前は優秀だが、そんなことまで……」
エルは呆れたように話す。
「子作りは、政でございます」
動揺を隠すように、イーライは目を伏せた。
「お願いがあります。
姉上と二人きりで過ごす時間が欲しいです。
……一日だけでも良いのです」
レイが縋るように、ミミの顔を見上げる。
「姉妹が語り合う時間は、月に一度だなんて」
ミミは首を振る。
そして、キヨを見つめた。
「月に二度にしましょうか」
「ありがとうございます」
レイは、勢いよく立ち上がる。
反論しようとするキヨを、ミミは低い声で抑える。
「幼い妹が、姉に甘える時間も与えないのですか。
月に二日だけですよ?」
ミミは呆れたように、話す。
ーーそいつは幼くない。
幼いふりをしているだけだ。
キヨは、そう反論しようとした。
「嬉しいです。姉上と夜通し、おしゃべりができます」
レイは顔を綻ばせた後、急に声を低くした。
「でも……」
「どうしたの?」
「キヨ様は、忘れてしまうかもしれません。
そのことを紙に書いてもらえますか?」
レイは、気配をうかがうような上目遣いをした。
「もちろんです」
レイは目配せをすると、サキは羊皮紙を差し出す。
ーーあまりにも準備が整いすぎている。
乳母が、羊皮紙を持ち歩くか?
ミミがペンを走らせている様子を見て、ヘンリーは複雑な表情を浮かべた。
「日付は2週目と4週目の夜が良いです」
無邪気な声で、レイが話すのをミミは頷く。
「今夜からにしましょう」
ミミが書き終えた書面を見て、レイは微笑んだ。
「ありがとうございます」
妃の書状、これは強いものであった。
重臣も、そして、国王のキヨですら、
西棟の采配は、妃の管轄で手が出せなかった。
「レイ様、席を外してもよろしいですか。
私は、これからキヨとお話しをしたいので」
『お話し』と話した時のミミの声は、強いものだった。
静まり返る中、レイは頭を下げた。
「お邪魔しました」
部屋を出る時に、ヘンリーと目があった。
何か言いたげなヘンリーの眼差しを、レイは、静かに目を逸らした。
ーーこれで、姉上の願いを叶える時間が生まれる。
次回ーー明日の20時20分
衝動の口づけが、二人の関係を大きく変えていく




