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私に任せて

翌朝ーーユウの部屋


冬の朝日が窓から差し込んでいた。


ユウは、首まで覆うドレスに身を包み、朝食の席に座った。


フォークを持つ手に、力がない。


青ざめた顔の中で唇だけが赤かった。


そんな姉の様子を見ながら、レイは思う。


ーー昨夜は、過酷だったのだろう。


こういう装いをする時、ユウの首筋には、キヨがつけた赤い跡があるはずだ。


「姉上」

声をかけると、ユウが顔を上げる。


「どうしたの?」

亡き母を思い出す微笑み。


その微笑みを見ると、切なさが込み上げる。


ーー本当だったら、姉上は。


妾になるような人ではない。


「私に任せて」

レイの言葉には、主語がなかった。


ユウは不思議そうに妹を見つめた。


レイは、それ以上何も言わずに席を立つ。



「レイ!」

図書室に、ヘンリーの声が響く。


窓辺にレイは腰をかけていた。


振り向くレイに、ヘンリーの頰は思わず緩む。


「珍しいな。レイの方から呼び出すだなんて」

ヘンリーは、弾む声を抑えながら、

何気ないふりを装いながら座る。


淡い冬の陽が、レイの黒髪に銀色の光が反射した。


それは、ヘンリーが贈った櫛だった。


「……似合う」

ヘンリーは、少し熱を帯びた瞳で見つめた。


「……ありがとう」

レイも、黒い髪を揺らしながら答える。


ヘンリーは、レイの白く小さな手を握ろうとした。


その瞬間、ハッとした様子で顔を上げる。


「……どうしたの?」

レイの問いに、ヘンリーは苦笑いをする。


「あの生意気な子がいるかと思ったんだ」

確認するかのように、周囲を見渡す。


ーー良い雰囲気になると、必ず出没する。


「アーサーなら西領に戻ったわ」

レイは、真っ直ぐに前を見つめる。


「そうだったな」

ヘンリーは、恥ずかしそうに肩をすくめた。


ーーアーサー。


呼び捨てで言い合う仲なのか。


胸の奥が、妙にざわついた。


ーー相手は子供だろう。


そんな黒い感情を、必死に打ち消す。


その時、背後から乳母サキの鋭い視線を感じ、ヘンリーは思わず背筋を伸ばした。


「ねぇ、ヘンリー」

ヘンリーの心情を知ってか、知らずか、

レイは、触れるか触れない程度に軽くもたれる。


「……どうした」

ヘンリーの声は、少し上擦った。


「前から不思議に思っていたの。キヨとミミ様のことなんだけど……」


「叔父上と叔母上のことか?」

ヘンリーの問いに、レイは小さく頷いた。


そして、黒い瞳でヘンリーを見上げる。


「あれほど、妾がいるのに、あの二人は仲が良いのね。

普通の妃なら呆れるはずよ。

毎晩、妾のところに足を運ぶなんて……私なら耐えられないわ」


「仕方がない。叔母上は子が産めないから」

ヘンリーの口調は、当然のように話す。


その言葉に、レイはスッと背筋を伸ばした。


その背筋から、レイの無言の怒りを感じたヘンリーは、慌てて言葉を足す。


「仕方がないだろう。叔父上は、国王だ。子を作らないといけない」


「そうは言っても、ミミ様の気持ちを思うと、やるせないわ」


「……そうだ、な」

ヘンリーは、気まずそうに頭を掻く。


「それでも、あの二人は仲が良さそうに見えるわ。不思議ね」

レイは、首を僅かに傾げる。


「それは、あの二人は苦労を共にしたからだ」


「どういうこと?」


「叔父上と叔母上は、恋愛結婚だった」


「恋情で結ばれたの?」

レイの黒い瞳は、丸くなる。


家と家を結ぶために、

顔も知らない男の元に嫁ぐ。


それが、レイの知っている結婚だった。


「あぁ。叔父上は領民の出身だ。

叔母上は、家臣の娘なので、身分差はあったけれど、

叔父上が猛烈に口説いて、結婚したらしい」


「……そうなの」

レイが見るキヨは、姉を執着する老人にしか見えなかった。


なので、彼の過去は意外だった。


「側から見たら、あの二人は愛情がないように見えると思う。

けれど、夫婦というより、戦友だ。

叔父上は、叔母上を大切にしている」


「……でも、夜は共にしてないはずよ」


「それだけが、愛情を示すことではない。

現に、叔父上は、叔母上とお茶を飲むことが多い」


その言葉に、レイは顔を上げる。


「お茶?」


「あぁ、叔母上の部屋で、あの二人はよく話している。

世間話もあるが……今後のことや、国の行く末のことも、

よく話している」


「……どこで話しているの?」

レイの声が少しだけ掠れた。


「叔母上の部屋だ」

ヘンリーは、のんびりと話す。


「それは……何時ごろ?」

レイの声が低くなる。


「そうだな。叔父上が城にいるときは、朝食後が多い……な」

言葉が途中で途切れた。


レイの黒い瞳の奥に、強い光が見えた気がした。


思わず口を閉ざす。


急に口を閉ざしたヘンリーに、レイは口を開いた。


「どうしたの?」


その瞳の強烈さに、ヘンリーは思わず声に出してしまった。


「レイ……何を考えている?」


沈黙が落ちる。


「……何もないわ」

レイは静かに微笑んだ。



翌日、ヘンリーは本館の西側ーーミミの部屋に足を運んだ。


ノックをすると、イーライが扉を開けた。


ヘンリーの姿を見て、一瞬目を見開くが、すぐに整う。


「ヘンリー様が来ております」


部屋には、キヨがくつろいだ様子で、ソファに座り手を上げる。


「ヘンリー、どうした」


「珍しいわね」

ミミが微笑む。


そのソファの向こうに、エルがカップ越しに頷く。


「別に……最近、お二人にお会いしてないと思って」

ヘンリーは目を伏せる。


ーー嘘だった。


昨日のレイの様子が妙だったので、叔母の部屋を訪れたのだ。


「座って」

ミミに促され、ヘンリーは、ふかふかのソファに身を沈めた。


イーライが、静かにお茶を注ぐ。


香り高い紅茶の香りが、部屋に広がる。


「ヘンリー、幾つになった」

エルは、まるで子供に話すように質問をした。


「18です」


「なんと。ヘンリーが18か。もう、女子は知っておるか?」

キヨは、驚いたようにカップをソーサーに置く。


「やめなさいよ。そういう下品な質問は」

ミミが嗜める。


「お前も、そろそろ婚姻相手を考えねば、な」

エルが顎をさする。


「まだ、別にーー」

そう言いかけた時に、扉を叩く音が部屋に響く。


「客人か?」


イーライが扉を開けると、今度は目だけではなく、口も開いた。


扉の前に立っていたのは、レイだった。


ーーやはり、来た。


ヘンリーは、扉の方に顔を向けた。


黒い瞳は、昨日よりも強い光を宿している。


「ミミ様とお話をしたくて、伺いました」

澄んだ声が部屋に響く。


ヘンリーは思わず息を呑む。


――レイ、何を考えている?


その答えだけは、どうしても分からなかった。

次回ーー明日の20時20分


月に二度の約束。

それは、復讐の第一歩。

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