私に任せて
翌朝ーーユウの部屋
冬の朝日が窓から差し込んでいた。
ユウは、首まで覆うドレスに身を包み、朝食の席に座った。
フォークを持つ手に、力がない。
青ざめた顔の中で唇だけが赤かった。
そんな姉の様子を見ながら、レイは思う。
ーー昨夜は、過酷だったのだろう。
こういう装いをする時、ユウの首筋には、キヨがつけた赤い跡があるはずだ。
「姉上」
声をかけると、ユウが顔を上げる。
「どうしたの?」
亡き母を思い出す微笑み。
その微笑みを見ると、切なさが込み上げる。
ーー本当だったら、姉上は。
妾になるような人ではない。
「私に任せて」
レイの言葉には、主語がなかった。
ユウは不思議そうに妹を見つめた。
レイは、それ以上何も言わずに席を立つ。
◇
「レイ!」
図書室に、ヘンリーの声が響く。
窓辺にレイは腰をかけていた。
振り向くレイに、ヘンリーの頰は思わず緩む。
「珍しいな。レイの方から呼び出すだなんて」
ヘンリーは、弾む声を抑えながら、
何気ないふりを装いながら座る。
淡い冬の陽が、レイの黒髪に銀色の光が反射した。
それは、ヘンリーが贈った櫛だった。
「……似合う」
ヘンリーは、少し熱を帯びた瞳で見つめた。
「……ありがとう」
レイも、黒い髪を揺らしながら答える。
ヘンリーは、レイの白く小さな手を握ろうとした。
その瞬間、ハッとした様子で顔を上げる。
「……どうしたの?」
レイの問いに、ヘンリーは苦笑いをする。
「あの生意気な子がいるかと思ったんだ」
確認するかのように、周囲を見渡す。
ーー良い雰囲気になると、必ず出没する。
「アーサーなら西領に戻ったわ」
レイは、真っ直ぐに前を見つめる。
「そうだったな」
ヘンリーは、恥ずかしそうに肩をすくめた。
ーーアーサー。
呼び捨てで言い合う仲なのか。
胸の奥が、妙にざわついた。
ーー相手は子供だろう。
そんな黒い感情を、必死に打ち消す。
その時、背後から乳母サキの鋭い視線を感じ、ヘンリーは思わず背筋を伸ばした。
「ねぇ、ヘンリー」
ヘンリーの心情を知ってか、知らずか、
レイは、触れるか触れない程度に軽くもたれる。
「……どうした」
ヘンリーの声は、少し上擦った。
「前から不思議に思っていたの。キヨとミミ様のことなんだけど……」
「叔父上と叔母上のことか?」
ヘンリーの問いに、レイは小さく頷いた。
そして、黒い瞳でヘンリーを見上げる。
「あれほど、妾がいるのに、あの二人は仲が良いのね。
普通の妃なら呆れるはずよ。
毎晩、妾のところに足を運ぶなんて……私なら耐えられないわ」
「仕方がない。叔母上は子が産めないから」
ヘンリーの口調は、当然のように話す。
その言葉に、レイはスッと背筋を伸ばした。
その背筋から、レイの無言の怒りを感じたヘンリーは、慌てて言葉を足す。
「仕方がないだろう。叔父上は、国王だ。子を作らないといけない」
「そうは言っても、ミミ様の気持ちを思うと、やるせないわ」
「……そうだ、な」
ヘンリーは、気まずそうに頭を掻く。
「それでも、あの二人は仲が良さそうに見えるわ。不思議ね」
レイは、首を僅かに傾げる。
「それは、あの二人は苦労を共にしたからだ」
「どういうこと?」
「叔父上と叔母上は、恋愛結婚だった」
「恋情で結ばれたの?」
レイの黒い瞳は、丸くなる。
家と家を結ぶために、
顔も知らない男の元に嫁ぐ。
それが、レイの知っている結婚だった。
「あぁ。叔父上は領民の出身だ。
叔母上は、家臣の娘なので、身分差はあったけれど、
叔父上が猛烈に口説いて、結婚したらしい」
「……そうなの」
レイが見るキヨは、姉を執着する老人にしか見えなかった。
なので、彼の過去は意外だった。
「側から見たら、あの二人は愛情がないように見えると思う。
けれど、夫婦というより、戦友だ。
叔父上は、叔母上を大切にしている」
「……でも、夜は共にしてないはずよ」
「それだけが、愛情を示すことではない。
現に、叔父上は、叔母上とお茶を飲むことが多い」
その言葉に、レイは顔を上げる。
「お茶?」
「あぁ、叔母上の部屋で、あの二人はよく話している。
世間話もあるが……今後のことや、国の行く末のことも、
よく話している」
「……どこで話しているの?」
レイの声が少しだけ掠れた。
「叔母上の部屋だ」
ヘンリーは、のんびりと話す。
「それは……何時ごろ?」
レイの声が低くなる。
「そうだな。叔父上が城にいるときは、朝食後が多い……な」
言葉が途中で途切れた。
レイの黒い瞳の奥に、強い光が見えた気がした。
思わず口を閉ざす。
急に口を閉ざしたヘンリーに、レイは口を開いた。
「どうしたの?」
その瞳の強烈さに、ヘンリーは思わず声に出してしまった。
「レイ……何を考えている?」
沈黙が落ちる。
「……何もないわ」
レイは静かに微笑んだ。
◇
翌日、ヘンリーは本館の西側ーーミミの部屋に足を運んだ。
ノックをすると、イーライが扉を開けた。
ヘンリーの姿を見て、一瞬目を見開くが、すぐに整う。
「ヘンリー様が来ております」
部屋には、キヨがくつろいだ様子で、ソファに座り手を上げる。
「ヘンリー、どうした」
「珍しいわね」
ミミが微笑む。
そのソファの向こうに、エルがカップ越しに頷く。
「別に……最近、お二人にお会いしてないと思って」
ヘンリーは目を伏せる。
ーー嘘だった。
昨日のレイの様子が妙だったので、叔母の部屋を訪れたのだ。
「座って」
ミミに促され、ヘンリーは、ふかふかのソファに身を沈めた。
イーライが、静かにお茶を注ぐ。
香り高い紅茶の香りが、部屋に広がる。
「ヘンリー、幾つになった」
エルは、まるで子供に話すように質問をした。
「18です」
「なんと。ヘンリーが18か。もう、女子は知っておるか?」
キヨは、驚いたようにカップをソーサーに置く。
「やめなさいよ。そういう下品な質問は」
ミミが嗜める。
「お前も、そろそろ婚姻相手を考えねば、な」
エルが顎をさする。
「まだ、別にーー」
そう言いかけた時に、扉を叩く音が部屋に響く。
「客人か?」
イーライが扉を開けると、今度は目だけではなく、口も開いた。
扉の前に立っていたのは、レイだった。
ーーやはり、来た。
ヘンリーは、扉の方に顔を向けた。
黒い瞳は、昨日よりも強い光を宿している。
「ミミ様とお話をしたくて、伺いました」
澄んだ声が部屋に響く。
ヘンリーは思わず息を呑む。
――レイ、何を考えている?
その答えだけは、どうしても分からなかった。
次回ーー明日の20時20分
月に二度の約束。
それは、復讐の第一歩。




