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男子を産んでみせます


その日の夜、ユウはいつものように西棟のはずれーーキヨがいる寝室に足を運んだ。


足取りは重い。


先ほど、レイ、シュリ、サキ、ヨシノと共に、

キヨを報復する誓いをたて、秘密を共有した。


できるのなら、そのまま静かに夜を迎えたかった。


けれど、そうはいかない。


誕生日だからこそ、ユウは呼ばれるのだ。


寝室に行く前に、ユウは、その手前の部屋で足を止める。


扉を開けると、部屋で待機していたイーライが静かに頭を下げた。


その部屋には、多くの蝋燭が配置しており、

その熱で2月の夜だというのに妙に熱い。


「お待ちしておりました」

イーライの声は、静かだった。


体の線を拾う薄い衣を羽織ったユウを見ても、

イーライの表情は変わらない。


淡い青の布越しに透ける肌は、

開きかけた蕾のような美しさを滲ませていた。


ーーやはり、この色が一番似合う。


イーライの黒い瞳の奥に、ほんの少し熱がこもった。


その布は、商人と何度も相談し、自ら選んだ青だった。


「……それでは」

この時ばかりは、さすがのイーライの声が僅かに掠れた。


それを誤魔化すように、咳払いをする。


「お支度をお願いします」

ユウから、目を逸らし伝える。


ユウは、俯いて震える手で薄衣の紐を引っ張ろうとする。


ーー何度も経験しても、慣れない。


イーライは信用できる重臣だ。


けれど、年が近く、毎日、茶を淹れに来る男に

肌を見せることは、恥ずかしく、耐え難い。


紐を持ったまま、動かないユウに、イーライは顔を上げた。


その声は、すでに整っている。


「できないのならば、お手伝いをしましょうか」


その言葉に、ユウは目を瞑った。


脱がせてもらうのなら、いっそ自分からーー


震える手で、紐を引っ張ると、衣が床に落ち、ユウの白い肌が

蝋燭の灯りに反射して、輝く。


「失礼します」

イーライは、手袋をはめ、ユウの金色の髪に触れた。


無駄のない手つきで、流れるような所作で確認を進める。


けれど、心の中では荒れ狂う海の如く揺れている。


惚れ抜いた女性が目の前で、無防備な姿を晒している。


ーー見つめてはいけない…


考えてはいけない。


王の妾だ。


そう言い聞かせても、視線は勝手に彼女を追ってしまう。


だから任務に集中する。


そうしなければ、自分は忠臣ではいられなくなる。


イーライは、ユウの体の前で膝をつき、

胸の膨らみの下に針などの異物がないか、静かな手つきで確認をした。


その真剣な眼差しを見て、ユウの心の中に黒いものが宿る。


「……確認するまでもないわ。隠せないもの」

ユウは投げつけるような言い方をした。


凹凸が少ない自分の胸に、隠すような膨らみはない。


「……規則でございます」

イーライが話すと、吐息が胸に触れ、ユウの体は一瞬ピクっと震える。


「……無駄な規則だわ」

ユウの体の変化に気がつかないふりをして、イーライは胸元に顔を近づけ、覗き込んだ。


そこには、何もなかった。


イーライは、静かに立ち上がり、

黒いシャツの袖を丁重にまくり、手袋を外す。


ーー来る。


ユウは、息を呑み、身を固くする。


「月のものが終わって、幾日も経っておりません」

イーライは、満遍なく指にオイルを含ませた。


机の上には、細かな字で書き連ねた紙の束がある。


それを、もう一度確認をしてユウに近づく。


逃げ場がない距離に、ユウは身を縮めた。


「失礼します」

イーライが近づき、ユウは息を呑んで目を閉じた。


ユウに触れ、異物の確認をした後に、オイルを塗る。


屈辱で体が真っ赤になるユウを、静かに見つめ、

イーライは指を離した。


「子ができやすい時期でございます」


それだけ告げて、何事もなかったように衣を確認し、

ユウに手渡す。


ユウは、黙ってそれを羽織った。


控室の扉を開け、震えるユウの背中を、

イーライは頭を下げて見送る。


扉が閉まった後、彼はようやく表情を崩すことが許される。


「はっ……!」

肩を震わせ、苦しそうに口を歪めた。


ーー苦しい。


切ない。


そして、どうしようもなく欲しかった。


荒げる息を抑えるように、必死に呼吸を整える。


右手の人差し指を口元に当て、震えながら目を閉じた。




黄金色の壁紙をした寝室には、

赤い色のガウンを纏ったキヨが、待ちきれないように椅子に腰をかけていた。


「ユウ、久しいな」

透ける青い衣を着たユウを見つめ、彼は下腹を熱くさせた。


「お久しぶりでしょうか」

ユウは目を伏せ、キヨの元にゆっくりと近づく。


ーー久しぶりだとは思えない。


むしろーー会いたくない。


「そうじゃ。月のものがあったから10日ぶりじゃないか」

キヨは不満そうに、ユウを見上げた。


ユウは、その眼差しを受け止めながら、冷めた眼差しでキヨを見つめた。


「誕生日だから、な」

キヨの顔は、興奮して気色ばんでいた。


妾になってから、ユウは表面上、従順だった。


拒絶の言葉は口にしないが、頑なに敵意を抱えていることは、キヨも気づいていた。


その青い瞳の奥に、敵意をいつも滲ませていた。


口づけを迫るキヨから、必死に逃れようとするユウの

目元は火照っていた。


その強い瞳は、屈しない強さがあった。


ーーそういう女だからこそ、惹かれる。


彼女の母もそうだった。


キヨは、思わずため息をこぼす。


女は、城攻めと同じ。


難攻不落なほど、落とすのは愉快で面白い。


キヨは、ふとレイとウイの顔を思い出した。


思わず笑みがこぼれる。


やがて、ユウは力なく天井をあおぎ、金色の髪を振りながら呻いた。


首筋をぴんと張り詰めるほど、顔を背けているユウの顎を、キヨは掴んだ。


顔を正面に向かせる。


「ユウ、わしの事を好いているか?」


ーーふざけるな。


ユウが強い眼差しで睨み返すと、

キヨは恍惚とした表情で腰を動かす。


「その目じゃ。その目がたまらない」

キヨは、ユウを強く抱きしめる。


ユウは、強く目を閉じ、苦しみを 堪えようとした。


けれど、キヨはそれを許さない。


「わしの子を産んでくれ。強い男子を産んでくれ」

キヨは、息を荒げながら、ユウの耳元で囁く。


ユウは、黙って唇を噛みしめた。


「ちゃんと返事をせぬか、ほら」

キヨは、野獣のような情熱を突き上げる。


悔しそうに顔を歪め、シーツを握りしめ、

ユウは口を開いた。


「……男子を産んで見せます」

燃えるような瞳を怪しく潤ませ、キヨを見据えた。


ーーお前じゃない。シュリの子を産む。


その言葉に、キヨは息づかいが荒くなり、声を上擦らせた。


「それは本当か」


無言で頷くユウを見た後に、雄叫びを上げた。




寝室は、キヨの息づかいの音で満たされている。


隠し小部屋で待機していたヨシノは、肩を震わせ、

小部屋の隅で頭を抱えた。


昨日までは、自分に言い聞かせていた。


ーー国王の愛妾になるのは名誉なこと。


小さな領主の妃よりも、贅沢で何不自由がない暮らしができる。


この選択で良いのだ、と。


けれどーー


目の前で繰り広げているものは、見るに耐えないものだった。


彼女が産まれたのは、19年前の今日。


産まれたばかりのユウを、抱いたとき湿った重みは今も覚えている。


母親譲りの真っ青な瞳で、じっと見つめるユウに、言葉を失った。


ーーなんて、美しい赤ん坊だろう。


この子は、天から授かった子だ。


大事に育てようと誓った。


4歳で父を亡くし、14歳で母を亡くした。


けれど、目が覚めるような美しい少女に成長した。


望めば、どんな男の想いも受け取れるユウの心は、

皮肉なことに、立場の低い息子に向けられていた。


その恋は実らない。


ユウ様は、いずれ高い地位の妃になる方なのだ。


それが幸せーー。


そう言い聞かせ、二人の想いは目を伏せていた。


実際、彼女は国で一番の男の妾になった。


ヨシノが願った通りに。


けれどーー。


目の前で、苦悶の表情をしているユウを見るたびに思う。


ーーとても幸福そうに見えない。


ヨシノは、近くで聞こえるキヨの呻き声を聞きながら、

溢れる涙を抑えることができなかった。


ユウの足のつま先が嵐に耐えるように、強く逸らされた。


大事に育てた姫が苦しんでいる。


けれどーーどうする。


毎晩、王が滞在する西棟には守衛がいる。


シュリが夜を共にすれば露見する。


子を宿すことなど不可能だ。


そんなことは分かっている。


分かっているのに。


それでも。


苦痛に歪むユウの顔を見つめていると、

ヨシノの唇は、ひとりでに動いていた。


「……何か……策はないかしら」

最終章が始まりました。

毎度恒例ですが、なかなか苦しい展開からのスタートです。

それでも、この先に待つ結末まで書き切りたいと思います。

最後まで見守っていただけると嬉しいです。


次回ーー明日の20時20分


「……何もないわ」

そう微笑んだレイの黒い瞳には、誰も知らない光が宿っていた。


翌日、彼女はミミの部屋を訪れる。


ヘンリーでさえ、その真意を読み切ることはできなかった。

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