静かに狂う姉妹
「姉上、報復しましょう」
レイの声は、静かだった。
ユウは、レイを見つめた。
「レイ、協力してくれる?」
その声も、また静かだった。
「もちろんよ」
レイの声は、滑らかなものだった。
「あの男が憎いの……」
ユウの声は低かった。
ユウの握りしめた拳に、レイがそっと、包むように手を添えてくれた。
「……私も」
そう言って、レイはユウを見上げる。
部屋は恐ろしいほど、静まり返った。
サキが、唾を飲む音が妙に響く。
「殺したいほど憎い。けれど……レイやウイを守れないの。
あの男を殺さずに、静かに復讐をするのよ」
ユウの瞳の奥に強い憎悪が燃える。
ーー止められない。
シュリは、わかってしまった。
ユウが、『復讐』という言葉を使っても、
圧倒するよりも理解してしまう。
なぜなら、シュリは、この2人と幼い頃から、共に過ごしていた。
彼女の父と別れる時に、泣き叫ぶユウの手を引っ張った。
彼女の兄が串刺しにされた時は、ユウと共に泣き崩れた。
そして、燃え盛る城で彼女の母を見送った時、
姉妹たちと抱き合い、泣き崩れた。
炎で崩れ落ちる城にむかって、
母の名を呼んで駆け出すレイを、止めたのはシュリだった。
彼女たちが大事にしていたものを、次々と、キヨは奪った。
ーーユウ様は、本当は泣き虫だったのに。
母を失ってから、ユウは姉ではなく、母の代わりになった。
両親を殺した男の妾になった夜は、
彼女は、泣きもせずに気丈に振る舞った。
どんな想いで、あの男の腕に抱かれたのだろうか。
あの男は、彼女の清らかな体と心に、
深く、大きな傷を残した。
ユウの焼け付くような視線を見つめて、シュリは思った。
ーー彼女を支えるのが、自分の務めだ。
そのためなら、何でもする。
「あの男は、男子を欲しがっている。望み通り、与えるわ」
ユウが静かに視線を上げる。
その眼差しは、人を従わせるような凄みを帯びていた。
柔らかな顔立ちをしているのに、
ふとした瞬間だけ――ゼンシによく似た、恐ろしいほどの覇気が宿る。
その眼差しを向けられると、
逆らうこと自体が愚かなことのように思えてしまう。
かつて、多くの人間を従わせたゼンシも、
こんな目をしていたのだろうか。
その言葉に、シュリはユウの足元に跪いた。
「そうしましょう」
こぼれ出た言葉は、短かった。
けれど、強い想いと、憎しみで心が火のようになるのを、
シュリは感じていた。
「……シュリ、ありがとう」
ユウの瞳には、人を惹きつけてやまない何かがあった。
その何かが麻薬のように、シュリの心を捕らえる。
危険だとわかっている。
この先に待つのが破滅だとしても、
ユウに「支えて」と言われれば、自分は喜んで地獄へ落ちるだろう。
それほどまでに、彼女を想ってしまった。
「……姉上は、そのことは、あの男に話さないの?
心の中で、嘲笑うだけ?」
レイが、それでは報復が足りないと言わんばかりに、身を乗り出す。
「……違うわ。そうね、あの男が死ぬ前に、教えてあげるの。
誰の子か、と。
どんな想いで、息を引き取るのかしら」
ユウの周囲だけ、空気が熱を帯びたようだった。
「そうよ。そうしましょう」
レイの黒い瞳にも、静かな熱が宿っていた。
「楽しみね」
ユウは、微笑む。
それに応えるように、レイは満面の笑みを浮かべた。
その様子を見て、サキは背筋が冷えるのを感じた。
目の前にいるのは、
幼い頃から知っている姉妹のはずなのに、今だけは別人のようだった。
ーーもし、ここにウイ様がいたら。
きっと、目を丸くして、驚き、反対する。
気が強い長女と末妹の緩衝材として、
ウイが補っていた。
そのウイは、嫁いで、遠い地にいる。
ユウ様とレイ様は、本質的なところが似ている。
穏やかに微笑んでいる時は似ていない。
けれど――怒りを押し殺した時の眼差しだけは、恐ろしいほどよく似ていた。
静かな顔の奥で、一度燃え上がれば誰にも止められないところまで。
その二人が結託し、行動を起こせばーーとんでもないことが起きる。
サキの指先は、どんどん冷えていく。
ヨシノは、目の前の光景が信じられなかった。
ユウは昔から、気が強かった。
けれど――今回はそうではない。
妾になっても、その状況を受け入れず、
どうやったら、復讐できるのかを、ずっと考えていたのだ。
毎日、静かに。
キヨに抱かれている時も。
刃を研ぐように、静かに準備をしていたのだろう。
燃え上がる怒りを、静かな声の奥へ押し込めている。
その姿が、ヨシノには恐ろしかった。
そして、そのユウの復讐を、
止めるどころか、レイもシュリも受け入れている。
「……なりません」
震える声が、部屋に響いた。
けれど、その一言だけは、誰よりも強かった。
全員が、声の方向に顔を向けた。
ヨシノだった。
蒼白な顔をして、ユウとレイを見つめていた。
彼女の体は、震えていた。
「ユウ様、そのような行いは反逆ではなく、
人として道が外れたものです。なりません」
次回ーー明日の20時20分
「人として間違っている」
乳母ヨシノの揺るがぬ言葉が、静かな部屋に響く。
それでもユウは、自らの想いを曲げようとはしなかった。
五人が選ぶ未来は、忠義か、それとも復讐か。
そして十九歳の誕生日、小さな茶会で交わされる新たな約束とは――。




