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魅力的だと……思う

翌日、本館の廊下


「一人にさせて」

レイは不満そうに、長い廊下を歩く。


「それはできません」

サキが少し強い口調で、咎めるように言う。


「ヘンリーとは、そういう仲ではないのよ」

レイは、困惑したように眉を下げる。


「承知しております。けれど、若い殿方と二人きりでお逢いするのはダメです」

サキの言葉は鋭く強い。


レイは、ため息をつく。


頻繁に西の棟を抜け出すレイに、疑問を抱いたサキは、

図書室でヘンリーと話している姿を見て、仰天したのだ。


ーーまさか、殿方と面談しているなんて。


しかも、相手は王の甥だ。


彼の兄は、女遊びが派手なエドワード。


どうしても、サキは警戒してしまう。


本人に自覚はないが、年頃の美しい少女になったレイを、

一人にするわけにはいかない。


図書室を訪れたレイの気配を感じて、

ヘンリーが顔を上げる。


困った顔をしたレイの後ろに、

サキはヘンリーの顔を見据えていた。


その鋭い眼差しに、ヘンリーは背中に汗が一筋流れるのを感じた。


ーー邪なことをするつもりはない。


けれど、自分の気持ちが見透かされたような気がした。


「お……おぅ。今日は乳母も同行か」

ヘンリーは力なく片手を上げた。


サキは、無言で部屋の隅に立った。


距離は離れている。


けれど、ヘンリーの視界に入るようにしていた。


「今まで自由にさせてもらったのに」

レイは不服そうに呟きながら、いつもの椅子に座る。


「……そうか」

ヘンリーは、隣に座ったが、サキの鋭い視線を感じて、

少しだけ距離を開けた。


「年頃だから……って聞かないのよ」

レイは淡い桃色の唇を尖らした。


ヘンリーは黙って、その口元を見つめた。


その唇から、目を逸らすことができなかった。


「……そうだな」


隣に座るレイを、チラと見つめると、

扇のような黒くて濃いまつ毛が、ゆらゆら動いている。


「ヘンリー、キヨに伝えてよ」

不意にレイがまつ毛を上げて、ヘンリーを見つめた。


その声は、不満と憤りが滲んでいる。


「叔父上に?」

自分の気持ちが見透かされそうになり、ヘンリーは慌てて目を逸らす。


「最近は、毎晩のように姉上の部屋に訪れるの。茶を飲むって」

レイの声は憤る。


「……茶だけなら」


「良くないわ。姉上と話す時間がほとんどないの。

昨夜も、姉上は寝室に呼ばれて……」

レイは、そこから先が言えずに言葉を濁した。


「叔父上は、ユウ様を気に入っているからな」

ヘンリーは、諦めろと言わんばかりにレイを見る。


「他に妾は、いっぱいいるのに。姉上が可哀想だわ」


国王に寵愛を受ける、それは妾にとって名誉であり、誇らしいことでもある。


けれど、レイの心情を思うと、ヘンリーは正論を言うわけにはいかなかった。


しばらく黙っていると、レイは呟く。


「私の父上は……妾を持たずに母上だけを大切にしたと聞くわ」


「そうなの、か」

ヘンリーは少し目を見開いた。


「母上が羨ましいわ。

そんな一途な人は……領主にいるはずもないのに、ね」

レイは、諦めたように呟く。


「……それだけ、レイの母君が魅力的だったのだろう」

ヘンリーの声は揺れていた。


「綺麗な人だった。姉上に似ているの。

父上は、母上に夢中だったと聞いているわ」


ふと、視線を感じると、ヘンリーがじっとレイの顔を見つめていた。


少しだけ熱を帯びたその眼差しを見て、レイは息を呑んだ。


「……ヘンリー?」


ヘンリーは、レイをしっかりと見つめて言った。


「……そうだな。魅力的だと……思う」


それは自分に対して、言った言葉ではないのに。


まるで愛の告白のように、レイは感じてしまった。


一瞬、レイの胸は妙に高鳴り、

じっと見つめるヘンリーの視線に

耐えられないものを初めて感じて、目を伏せてしまった。


青白い頰がぱっと染まる。


見る見るうちに、頬を染めるレイの様子に、

ヘンリーは、思わず目を見開いた。


「……レイ」

ヘンリーの声は掠れていた。


もう一度、レイの顔を見たかった。


凪いだ湖のような黒い瞳を、見つめたかった。


レイは、息を整え、ヘンリーをチラッと見る。


ヘンリーは無言で、レイと距離を詰めた。


レイは、思わず息を詰める。


後ろで見守っていたサキが声をかけようとしたその瞬間ーー


へっくち。


奇妙な音が聞こえた。


そして、もう一回。


ヘっくち。


思わず笑ってしまうような奇妙なくしゃみだった。


その後、プーンと音を立てて鼻をかむ音が、図書室に響いた。


無遠慮なその音を聞いて、二人は思わず距離を離した。


ヘンリーは、思わず立ち上がる。


「誰か、いるのか」


レイは、くしゃみの音がする方に顔を向けた。


棚の隙間から、好奇心に満ちた明るい灰色の瞳が見える。


ヘンリーと共に、足を進めると、


一人の少年が机に座っていた。


歳は10ぐらいだろうか。


装飾のない衣だったが、仕立ての良さだけが、その身分を静かに語っていた。


灰色の瞳だけが、妙に大人びて見えた。


「失礼、邪魔をしました」

その少年は、席も立たずに静かに微笑んでいた。

次回ーー明日の20時20分


幼いセン家の娘――その言葉が、レイの運命を揺るがした。

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