男子が欲しいのか
「私と……子を作りましょう」
シュリが誓ってから、2ヶ月が経った。
温暖なサカイの土地でも、チラチラと雪が降り始めた。
シュリは、自分の小屋に籠り、
一本だけ灯した蝋燭の薄明かりの中で、本を読んでいた。
その本は、かつてリチャードからもらった恋愛の指南書だった。
何度も読み返したページを見つめ、シュリは頭を抱えた。
キヨの報復のために、ユウと子を作ると宣言した。
しかし、宣言したとしても、ユウと子を作る行為は不可能に近かった。
彼女の周辺には、常に人がいるのだ。
侍女はもちろん、自分の母であるヨシノが付き添っている。
母が、一瞬部屋を離れた隙に、
手を繋ぎ、短い言葉を交わすことはできる。
けれど、子を作ることは不可能だった。
今夜も、ユウは苦痛に顔を歪めて、キヨがいる寝室に向かった。
辛そうな背中を見送りながら、シュリは拳を握りしめる。
ーー誰か、協力をしてくれるものがいないと無理だ。
その現実に突き当たる。
しかし、誰が協力するのだろう。
これから、自分が行うことは反逆罪だ。
見つかれば死罪。
本人だけではなく、一族にも影響が及ぼす。
母に話せば、猛反対するに決まっている。
誰にも協力を受けずに、遂行する方法はないのだろうか。
シュリは、手の甲に顎を乗せながら、ちびた蝋燭が揺れる灯りを見つめた。
小屋の中には、蝋燭が燃える微かな音だけが響いていた。
その時ーー
ドンドンと小屋の扉が叩く音が聞こえる。
ーーこんな夜更けに。
シュリは疑問に思いながら、傾き、軋む扉を開けると、
そこには闇の中でもわかる赤い髪の男がいた。
「リチャード!」
「ちょっと、飲もうと思ってな」
リチャードは屈託のない笑顔で、酒瓶を持ち上げる。
ーー酔い潰れるわけにはいかない。
早朝には西棟に行かなくては。
そう思ったシュリの思考を読み取ったように、
リチャードはカバンからアップルサイダーも取り出す。
「飲もう」
シュリは、黙って扉を開け、部屋に入るように促した。
ギィィと建て付けの悪い扉を閉める。
「お気に入りの女が、他の男と寝ててな、ここに来たんだ」
花街で振られたリチャードはため息をつく。
その言葉を背に聞きながら、シュリは、小屋内にある
蝋燭に火を灯し始めた。
「母親は?」
リチャードは、静まり返った小屋の中を見回す。
「……ユウ様に付き添っている」
シュリの声は、わずかに固くなった。
ユウの交合のために、ヨシノは、一晩中、隠し小部屋で見張っている。
長い夜を、母と同じようにシュリも一人で耐えていた。
少しずつ明るくなる小屋の中で、リチャードは机の上にある本を見つけた。
「ほう」
思わず本を手に取り取り、ニヤリと笑う。
それに気づいたシュリは、慌てて本を奪い返そうとする。
リチャードは、それを巧みに交わし呟く。
「感心。感心。乳母子殿は、勉強熱心だ」
「……いや!……これは!」
「悦びを得る技法か。
あぁ、ここは指ではなく、舌の方が良い。
柔らかくな」
リチャードは、妙に爽やかに微笑みながら本を開いてみせる。
「……別に」
そう言って、シュリは素早く本を奪い返し、そっぽを向いた。
慌てて本を棚の奥にしまうシュリを横目に、
リチャードが呟く。
「子供が欲しいのか」
その言葉に、シュリの背中がビクッとする。
ーー気づかれている。
シュリは、背筋が冷えるのを感じた。
何も証拠はない。
ユウと話していた時、部屋には誰もいなかった。
まさかーー気づくはずもない。
シュリは息を整えた。
「何のことだ?」
「何か、焦っているように見える」
「……そんな事はない」
「女子も良いが……やはり男子か」
リチャードの顔は笑っているが、目は真剣だった。
シュリは、無言でマグカップを取り出す。
リチャードは、縁が欠けたマグカップに
ワインとアップルサイダーを注いだ。
甘い香りが、天井の低い小屋に漂う。
その後、リチャードは何もなかったように花街の話を始めた。
取り止めのない話をした後に、リチャードは不意にシュリの目を見つめた。
「シュリよ。困ったことはないか」
「……」
その問いかけに、シュリは目を伏せた。
思わず、全てを打ち明けたくなり、唇からこぼれそうになる。
けれど、ぎゅっと唇を閉じた。
ーー言ってはいけない。
「……特に何も……」
その声は掠れていた。
ーーバレバレだ。
この聡い男は、ある程度の目星をつけて、この小屋を訪れた。
そうに決まっている。
リチャードは、じっとシュリの顔を見つめた後に、肩の力を抜いた。
「……そうか。何か、あったら言ってくれ」
シュリは黙って頷いた。
小屋には沈黙が落ちる。
「それでは」
リチャードが急に真面目な声で、
アップルサイダーの瓶を持ち上げ、シュリのマグカップに注ぐ。
「高潔な乳母子殿が、無事に男になったことを祝して、乾杯しよう」
「……な!」
薄暗い部屋でも、顔がわかるほど赤くなる。
「どうだった? 良かっただろう」
リチャードはカップを持ち上げて、にやつかせる。
ーーここは知らぬ存ぜぬでいくしかない。
「……何を言っているのか」
シュリは、目を泳がせながら一気にサイダーを飲み干し、むせた。
次回ーー明日の20時20分
その少年は、偶然そこにいたのか。
それとも――。
冬の図書室に、新たな出会いが訪れる。




