私と……子を作りましょう
「お帰りなさいませ」
部屋に戻るなり、シュリは静かに頭を下げる。
朝日に照らされたシュリの顔は、穏やかであった。
しかし、心の中では、悲しくてやるせない思いが溢れそうだった。
ーーこういう想いを抱えながら生きていく。
それを決めたのは、自分だ。
ユウは目を伏せ、黙って頷いた。
朝食後、ユウは放心したように藤の椅子に座り込んだ。
俯いたその表情は見えない。
シュリとヨシノは、思わず顔を見合わせる。
ーーどうやって、介入するべきか。
シュリが思案に暮れていると、
「ヨシノ」
ユウは力なく乳母の名を呼ぶ。
「どうされましたか」
ヨシノがそっと近寄る。
「月のものが来たわ」
ユウは、そう言って黙り込む。
その言葉を聞いて、シュリは息を吐き、座り込みそうになった。
ーー良かった。
それが心からの本音だった。
あの夜、ユウとの間に子ができたら、それは不義の子になる。
それが発覚したらーー自分はもちろん、ユウも死罪は免れない。
不安で眠れなかった。
「お体は大丈夫ですか」
ヨシノが心配するように、声をかける。
ユウは黙って頷く。
「すぐに執務室へ行ってきます」
ヨシノはエプロンを外した。
子作りは政だ。
妾が月のものが訪れたことは、キヨはもちろん、家臣も共有される情報だった。
ヨシノは、部屋を出た。
部屋には、ユウとシュリだけ。
「ユウ様……」
シュリは声をかけた。
声はかけたものの、その次の言葉が浮かばない。
ユウは、何も返事をしない。
その肩は震えていた。
「……ユウ様……」
シュリが戸惑うように、もう一度、声をかける。
「悔しいわ」
意外な言葉に、シュリは目を見開く。
「……悔しいとは……」
「私は……子が授かればいいと思っていたの」
ユウはドレスを握りしめた。
「けれど……それでは……」
シュリが返事をする。
ユウは、唇を噛み締めたまま前を見つめていた。
沈黙が落ちる。
長い沈黙を破るように、シュリが口を開いた。
「けれど……私は……月のものがきたと知り、安堵しました」
正直に自分の気持ちを話す。
「もし……授かっていたら……それは恐ろしいことです」
ユウは目線を動かさずに話す。
「母上は、一度の交合で私を授かったと思うの」
その言葉に、シュリは頷く。
彼女の父は、グユウ様ではない。
本当の父親は、叔父であるゼンシだ。
婚姻前の妹に手を出した兄。
過ちから、ユウが生まれた。
その秘密は、彼女の母が死ぬ前に打ち明けられ、
自分と母ヨシノだけが知っている。
「もしかしたら……私も授かるかもしれない、そんな夢を見ていたわ」
ユウの声は力がなかった。
「ユウ様……なぜ?」
思わず、シュリが呟く。
「あなたとの夜を知ってしまったの」
ユウがポツリと話す。
黙っているシュリに、ユウは顔を上げる。
「……それが、こんなにも良いとは知らなかった。
また、あの男に触れられたくない、そう思ったのよ」
シュリは、思わず息を詰めた。
「あの男に子などできない。それなのに、延々と子作りをしなくてはいけない。
……両親を死に追いやったあの男と」
ユウは目の奥が熱くなるのを感じ、それをどうにか堪えた。
その後、ユウは震えながら肩の力を抜こうとした。
「自分で選んだ道だから良いの。そう思っていたけれど……憎い。
あの男が憎い」
シュリは、思わずユウの足元に座り込んだ。
「はい」
気づけば、ユウの前に跪いていた。
ユウの青い瞳の奥に火を見た気がする。
ずっと胸に秘めていた仄暗い感情を薪にした火。
その危うい火から、目を逸らせなかった。
「あの男を報復するのは、それしかないの」
ユウの言葉に、シュリは静かに頷く。
彼の穏やかな茶色の瞳が、真っ直ぐにユウを見つめる。
ユウも逸らすことなく、真正面から受け止める。
「殺そうと思っても、寝室には針一つ持ち込めない。
殺せないわ。イーライの……確認は見逃さない」
そう言って、ユウは悔しそうに顔を歪める。
昨夜のイーライの手つきに、思わず息を漏らした。
自分の反応が悔しくて、ユウは身震いをする。
シュリは、その言葉に耐えられないように目を伏せ、
苦しげに息を漏らした。
キヨに抱かれ、イーライに触れられる。
欲望をぎらつかせたキヨの茶色の瞳に、
熱を孕んだイーライの黒い瞳を思い出す。
ーー彼女に触れるな。
その思いが胸を突き上げる。
「……私にできる復讐は……子を宿すこと」
ユウの声は低く、滑らかだった。
シュリは顔を上げる。
ユウは、シュリの頰に手を添えた。
「私と子を作って。それが最高の報復よ」
シュリは、ユウの瞳を見つめた。
死罪だとか、不義の子とか、過ちとか、もう、どうでも良かった。
目の前にいる彼女を守りたかった。
『シュリ、ユウを守ってくれ』
死の間際の彼女の父の声が響く。
『シュリ、ユウのことをお願い』
死を覚悟した彼女の母の声が聞こえた気がした。
脳裏に、幼いユウの姿が浮かぶ。
庭を駆け回り、花を見つけては笑っていた日々。
父と母に囲まれて、穏やかに笑っていた時間。
けれど、争いが全てを変えた。
燃え落ちる城。
涙を流しながら交わした父との別れ。
城と共に消えていった母の背中。
妹を守るために、泣くことも許されぬまま、
ユウは、ただ前を向いて立っていた。
そして今。
誰よりも美しく成長した彼女は、
王の妾として生きている。
幾度も、悲しい出来事を一緒に乗り越えてきた。
泣きそうになりながらも、
気丈に笑う姿を、ずっと見てきた。
ーーこの方となら、どこまでも一緒にいく。
それが、許されない道であろうと。
この手で、
この体で、
彼女の願いを叶えたいと思った。
「報復しましょう」
シュリは、ユウの手を握りしめて誓った。
涙で濡れる青い瞳を、真っ直ぐに見つめる。
もう、引き返すつもりはなかった。
「最後まで、お供します」
次回ーー明日の20時20分
誰にも知られてはいけない秘密。
けれど、その秘密は思わぬ場所から揺さぶられ始める。
冬の夜、小さな小屋を訪れた男は、何を見抜いているのか――。




