闇の中の熱
その日の夜、ユウは寝室に入ると、キヨはすでに寝台に寝そべっていた。
「ユウ、来い」
そう言われて、ユウは唇を噛み締めて、寝台に向かった。
複数の蝋燭の光が、黄金色の壁に反射して、
部屋は、昼間のように明るかった。
そのせいで、自分の上にいる男の顔がしっかりと見える。
興奮で爛々とした目だけが、
蝋燭の光に浮かび上がって見えた。
お腹の肉はたるみ、だらしない皺が寄り、皮膚は弾力がなかった。
萎れた手が、ユウの瑞々しい体に触れていく。
まるで、触れることで若さを得るように。
夢中になって、すり寄り、抱きしめる。
ユウは、きゅっと体を固くして目を閉じた。
触れられる感覚は、もう何度も知っているはずなのに。
今夜は違った。
脳裏に浮かぶのは、あの夜のシュリだった。
苦しそうに息を零しながら、
それでも何度も、名前を呼んでくれた。
『ユウ』
あの掠れた声を思い出した瞬間、
胸の奥が強く痛む。
キヨの指が肌を滑る。
触る時間はわずかで、すぐにキヨは交合を始めた。
それは、興奮が長続きできないからである。
煌々とした灯りの下で、ユウは暗い闇の中にいた。
あの夜のシュリは、何度も顔を見てくれた。
怖がらせないように。
苦しくないように。
壊れ物へ触れるみたいに、優しく抱きしめてくれた。
それを知ってしまったから。
もう戻れない。
「……ユウ、目を開けてくれ」
低い声が落ちる。
ユウは、はっと我に返った。
ゆっくりと目を開けた。
目の前には、腰を振った老人がいる。
「今夜は具合が良い」
キヨは、余裕のない顔でニヤリと笑う。
「……そうですか」
ユウは目を伏せる。
「どうした。そんなに良いか」
キヨは苦しそうに、ユウの胸に顔を寄せる。
「……」
ユウは黙って目を閉じた。
しばらくして、
キヨは低く息を漏らし、両手でユウの腕を強く掴んだ。
ぐっ、という声を、喉の奥からもらしながら背中を反らした。
ユウは、虚な目で金色に輝く壁を見つめていた。
あの夜の記憶が、
今のユウを、余計に苦しめていた。
◇
同じ頃ーーイーライの館。
ユウの熱を思い出すたび、胸の奥がざわついた。
その感覚を振り払うように、イーライはアリスを求めた。
あの指先に絡みつくような甘美な感触を思い出して、
息を弾ませ、次第に崩れ落ちた。
全てが落ち着いた後、イーライは眉を寄せて、アリスを抱き寄せる。
「……すまない」
感情と欲を制御できないまま、妻を抱く。
そうでもしないと、気が狂いそうになった。
アリスは、肩で息をしながら小さく首を振った。
全てが落ち着いた後に、静かな時間が落ちる。
「……イーライ様」
アリスが弱々しく声をかける。
冷静沈着な夫が、週に一度、情熱的に自分を求める。
その理由が、怖くて聞けない。
「どうした」
すっかり落ち着いた様子のイーライが、整った顔でアリスを見つめる。
「……子ができました」
その言葉に、イーライは目を見開く。
アリスは、静かに頷く。
イーライは言葉を失った。
喜ぶべきなのに、胸の奥が重かった。
「……そうか」
あまりにも大きな出来事に、なんて返していいかわからない。
「はい」
アリスは茶色の髪を枕に散らしながら、イーライを見つめた。
「……体を大切にしなくてはいけないのに……すまない」
イーライは、アリスの柔らかい髪を申し訳なさそうに撫でる。
アリスは、イーライの胸元に顔を寄せた。
「……平気です。ですから……」
夫が自分を求めたくなったら、他の誰かのところに行きそうで、
アリスは泣きそうになった。
脳裏に、金色の髪の女が浮かぶ。
「どうした?」
「……変わらず……求めてください」
その言葉に、イーライは困ったように眉を下げる。
「しかし……」
「良いのです」
アリスは、イーライの胸元に縋りついた。
イーライはぎこちなく、アリスの髪に触れた。
「……お腹の子は、きっと男の子です」
頰を赤らめ、見上げたアリスに、イーライは目を伏せた。
◇
翌朝、イーライが部屋を訪れると、ユウは長椅子の上で、虚な目で天井を見上げていた。
苦痛な夜を過ごした女の顔だった。
その横顔を見ると、
触れてはいけないものへ手を伸ばしたくなる。
子が産まれるのに。
いつまでも、ユウへの想いが離れられない。
そんな自分に、嫌気がさす。
その気持ちを胸に押し込めて、イーライは長椅子の近くに片膝を当てる。
「おはようございます」
ユウは、虚な瞳で小さく頷いた。
一方、キヨは控えの間で着替えている間、興奮した面持ちで早口で話す。
薬湯が効いていること、
そのお陰で、昨夜は極楽のようだったこと、
これで、男子は必ず授かる。
自信満々に話すキヨを、イーライは静かに見つめた。
自分がミヤビを訪れたのは、わずか一日だけ。
ーーその間に、何があったのだろうか。
イーライの胸には、
説明のできない違和感だけが残った。
ついに70万文字を超えました。物語は9割ほど終わりました。
最後まで書きます。
見守ってくれると嬉しいです。
よろしくお願いします。
次回ーー明日の20時20分
安堵と失望。
相反する感情を抱えながら、二人は静かに未来を見つめる。
そして、決して口にしてはならない願いが形を持ち始める――。




