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幸福の代償


ユウが薬湯を飲み干す横顔をみて、

シュリは、頭から冷水をかけられたように立ち尽くした。


昨夜、ユウを抱きしめた感触が、まだ腕に残っていた。


夢のような夜だった。


けれど――

次の瞬間、胸の奥が急速に冷えていく。


国王の妾であるユウと、夜を共にした。


それだけでも、知られれば死罪だ。


もし、あの夜で子を授かったら。


シュリの顔から、さっと血の気が引いた。


王家の血ではない子が、

王の子として生まれるかもしれない。


いや、それ以前に。


発覚すれば、ユウが処罰される。


「……っ」

思わず、拳を強く握り締める。


昨夜は、ただ夢中だった。


ようやく触れられた。


ようやく、想いが通じた。


それだけで、頭がいっぱいだった。


けれど、幸福な時間が終わった今、

現実だけが容赦なく押し寄せてくる。


「こちらは、ミヤビの職人が作った菓子でございます」

イーライが差し出したのは、白鳥を模した砂糖細工だった。


「すごいわ!これは食べられるの?」

ユウは、その皿を手に持ち、驚きのまま見つめる。


「召し上がることはできます」

イーライは、少しだけ微笑んだ。


ーーこの砂糖菓子は、きっと喜ばれる。


そう確信をしていた。


ミヤビに行った際、ユウが喜びそうな菓子を数点目星をつけ、手配していた。


「イーライ、席に座って」

ユウは、イーライを座らせた。


ミヤビに出向いたイーライの話を、聞きたかった。


それは、この国が、どのように向かうのか。

それが知りたかったからでもある。


ユウは、振り向いた。


「……シュリも、座って」

その声は、昨夜を思い出させるほど柔らかかった。


熱っぽい眼差しを受けたシュリは、顔をこわばらせながら、席に浅く座る。


「……ジュン様は、跡取りを人質に差し出したのね」


ユウの質問に、イーライが静かに顔を上げた。


「はい、そうです。アーサー様、9歳でございます」


「9歳?ジュン様の年齢にしては……随分幼いのね」

ユウは目を丸くする。


「ジュン様は……四十は過ぎております」


「幼いし……それに、三男だと聞いたわ」


「そうですね。もとは長男がおりました。されど、亡くなっており、次男は養子に出ております」


「……それで三男が跡取りという事になるのね」


「左様にございます」


イーライの言葉に、ユウは目を伏せた。


姫だけではなく、跡取りである男子も、自分の思うように生きていけないのだ。


「なぜ、その子をこちらへ寄越したのかしら」


部屋に、わずかな沈黙が落ちた。


イーライは慎重に口を開く。


「ジュン様は、かつてキヨ様と刃を交えております」


「決着はつかなかったはずよ」


イーライは頷く。


「ゆえにキヨ様は、ジュン様の西領を滅ぼすのではなく、従わせる道を選ばれました」


ユウはゆっくりと顔を上げる。


「その証が、あの子?」


「はい。

嫡子を差し出すということは、“逆らわない“と世に示すことにございます」


ユウは首を傾げた。


「……けれど、本当に従う気があるなら、ジュン様はもっと従順に見せるでしょうね」


イーライは、わずかに目を伏せる。


「ジュン様は、耐えておられるのでしょう」


「耐える?」


「はい。今は膝を折り、時を待つ。侮れば危ういお方です」


ユウは静かに頷いた。


「その子と会ってみたいけれど……会う機会はなさそうだわ」

ユウは肩をすくめた。


政は本館で行われる。


妾である自分は、西棟から離れることなどできない。


その時、ユウは隣のシュリの様子がおかしいことに気づいた。


いつも、静かに話を聞いているシュリだが、

その様子は変だった。


首筋が固まったみたいにこっちを見ない。


「シュリ……どうしたの?」


ユウが尋ねると、シュリは蒼白な顔で微笑むようなそぶりをした。


「……いえ……別に」


微笑むユウの顔を見て、シュリは不安になった。


ーーユウ様は、何も考えてないのだろうか。



イーライが去り、ヨシノはカップや皿を片付けていた。


ユウは、バルコニーの近くにある籐の椅子に腰掛けていた。


ーー今しかない。


ユウと二人きりになることなど、望めない。


ヨシノが離れた隙に、シュリはユウの足元に片膝をついた。


「ユウ様……」

シュリが声をかけると、ユウは微笑んだ。


「シュリ、どうしたの?」

その声は穏やかだった。


「……昨夜のことですが……」


ーーこういう場合、どう言えば良いのだろうか。


シュリは、途方に暮れた。


「夢中で……配慮が欠けておりました」


「私も後悔はしてないわ」

ユウは、恥ずかしそうに目を伏せる。


「けれど……!」

シュリは思わず、ユウににじり寄る。


そして、周囲を確かめて声を低くする。


「……もし、お子を授かったら……」


ユウは、静かに手をお腹へ置いた。


その仕草に、シュリの呼吸が止まる。


窓の外では秋風が木々揺らしている。


「私は構わないわ」

そう言って、ユウは微笑んだ。


「え……でも……」

シュリは目を瞬かせる。


「……それで良いのよ」


ーー大切な人を守る力が欲しい。


次回ーー明日の20時20分


隠したはずの変化は少しずつ周囲へ滲み始める。

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