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最初で最後の夜

荒い呼吸を繰り返しながら、

シュリはユウの肩へ額を押しつけた。


長年押し殺してきた想いが、

ようやく溢れ切った気がした。


シュリの息遣いを聞きながら、

苦しいほど満たされて、

ユウの意識は、ゆっくりと遠のいていった。


シュリは、息を弾ませながらユウを見つめた。


ユウの青い瞳は閉じられたまま、細い肩が小さく上下している。


「……ユウ様?」


返事がない。


シュリの顔から、さっと血の気が引いた。


「ユウ様……!?」


抱き起こす腕が震える。


――苦しませた。


触れすぎた。


無理をさせた。


自分の欲のせいで。


「すみません……っ」


切羽詰まったシュリの声が聞こえる。


何度も声をかけられ、ユウは重い瞼を開けると、目の前にシュリの顔が見える。


ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体が心地よく痺れている。


「朝……?」

それは、彼女のものとは思われないほど、か細い声だった。


ユウの顔を見て、シュリはホッとしたように肩の力が抜ける。


「良かった……まだ夜です」


目の前のシュリは、何も身につけてなかった。


ユウは思わず息を呑んだ。


普段は細身に見えるのに、

その体は想像以上に鍛えられていた。


薄い皮膚の下に、

しなやかな筋肉が浮かんでいる。


――男の人なんだ。


今さらのように、そんな当たり前のことを思う。


そして、先ほどのことを思い出す。


自分が何をどうされているのかもわからなくなってきて、頭がぼうっとなった。


後半の記憶は曖昧だ。


騒いだような気がする。


「……平気……」

照れ隠しのように、ユウはつぶやいた。


「平気じゃありません。医師を呼びましょうか」

シュリは、寝台を抜け出そうとした。


その言葉に、ユウは目を見開く。


「やめて」

寝台を抜け出そうとする、シュリの腕を掴む。


「でも……」

シュリの眉は、困ったように下がっていた。


「平気よ」

ユウは空咳をしてから、再びシュリの腕に引っ張る。


「やはり、念の為、医師にーー」

そう話すシュリを、無理やり寝台に引き込む。


「その……あんなこと……初めてで……」

何もわからぬシュリに、説明するのにユウの言葉は小さくなる。


「初めて……とは……」

戸惑うように、呟くシュリに、ユウは苛立ちを感じた。


「良かったのよ! だから、医師に見せなくても大丈夫」

声を荒げた後に、恥ずかしさのあまりユウは、頭からすっぽりと布を被った。


ーーなんで、こんな事を全部説明しなくちゃいけないの。


女慣れしているキヨは、おぞましい情事の後でも、

当然のようにユウに、質問をしていた。


『良かっただろ?』と。


ユウは、いつも虚な眼差しで頷いていた。


被った布越しで、シュリの戸惑う声が聞こえた。


「……え?……あ……」


次の瞬間、布ごとユウは抱きしめられていた。


「……良かったです」

心から安堵した声だった。


その言葉に、ユウは布からモゾモゾと顔を出した。


恥ずかしそうに頷くユウを見つめ、シュリは少し微笑んだ。


「……夢の中にいるようです」


恍惚としたシュリの顔を見たあと、ユウはシュリの手をそっと握る。


「……私もよ」


ーーもう、こんな夜は来ない。


だからこそ、切なくて愛おしい。


じっとユウを見つめるシュリの茶色の瞳から、涙が溢れた。


不意に溢れた涙に、一番驚いたのは、シュリ自身だった。


ーーみっともない姿ばかり見せている。


情事の後の余韻もなく、おまけに泣くなんて。


シュリは慌てて、ユウに背を向け、手の甲で顔を隠した。


「シュリ?」

ユウが心配そうに、近寄る。


シュリは目元を手で隠したまま、答える。


「……今夜のことは……忘れません。ありがとうございました」

その声は、少し震えていた。


この夜を越えたらーー自分は従者になり、ユウは妾として、キヨに抱かれる日々が始まる。


そんな現実が待っている。


ユウは、シュリの手を優しく外した。


涙に濡れたシュリの瞳を覗き込む。


「シュリ……お誕生日おめでとう」


「……覚えていたのですか?」


ーーいつも、自分の誕生日は何かが起きる。


今回のそれは、予想もしなかったことだった。


ユウは頷き、そのままシュリの唇を塞いだ。


口づけを交わしても、互いの息は唇の端から零れ落ち、熱だけが残る。


唇を離した後に、ユウは、シュリを見つめた。


抱きしめられた腕は、たくましい。


いつも衣に隠れていた体は、

若い獣みたいに熱を帯びている。


けれど、その瞳だけは、昔と同じように優しかった。


「誕生日なので……欲しいものがあります」

シュリは、少し恥ずかしそうに言う。


「……何?」


ーーそんな言い方、彼らしくなかった。


ユウは、じっとシュリを見つめる。


ためらいと熱望の狭間で、シュリは目を伏せた。


「教えて」

ユウが、顔を近づけると、シュリは顔を上げた。


恥ずかしさと戸惑い、遠慮、欲望が混じり、その眼差しは、燃える薪のように熱を持っていた。


「……もう一度、ユウが欲しい」

その言葉は掠れていた。


「……え……」

驚きのあまり、ユウは目を見開く。


「ダメですか」

シュリは、思わず体を起こす。


「今……終わったばかり……」

ユウの声は引き攣り、ふと視線を下へ落とすと、慌てて目を逸らした。


シュリの体には、まだ熱が残っていた。


「……今夜だけなので……」

シュリの声は、泣きそうなほど切なかった。


その声を聞いた瞬間、胸の奥が締めつけられる。


――もう終わってしまう。


その現実が、急に怖くなった。


ユウは、小さく頷いた。


「……ユウ」

シュリの声に、優しさと切なさが入り混じる。


それから、再びユウを腕の中へ閉じ込めた。


ユウが隠し続けてきた場所へ、シュリは何度も優しく触れた。


思わず漏れ出た声に、シュリはぎゅっと抱きしめる。


今まで、夜は怖いものだった。


呼ばれるたび、

息が詰まり、朝が来るのだけを待っていた。


早く終わってほしい。


早く解放されたい。


ずっと、そう願っていたのに。


――終わらないで。


ふと浮かんだ想いに、ユウは目を見開いた。


触れられているのに、苦しくない。


むしろ、離れてほしくなかった。


姫であることも、妾であることも、ユウの意識から消えていた。


せつなげに名を呼びながら、

シュリは強く抱きしめてくれた。


熱に浮かされたような吐息が、

静かな寝室へ溶けていく。


ただの一人の女性として、生まれて初めて味わう感覚に身を灼きつくした。




夜明け前、シュリは静かに目を開けた。


贅の限りを尽くした天井を見上げ、すぐ横を見ると、

夢見るような表情で眠るユウが見えた。


ーー夢のような時間だった。


こうして、隣で寝ていると、再び手を伸ばしたくなる。


それを必死で抑えて、シュリは寝台から降り、

床に散らばった服を身につけた。


「……もう、行くの?」


寝台から、か細い声が聞こえる。


振り向くと、ユウが起きていた。


胸元に布を寄せ、薄暗い中でも、白い肌が光ってみえる。


「おはようございます」

シュリは、微笑んで、いつもの乳母子の顔を作ろうとした。


ユウはガウンを羽織り、寝台から滑り降りた。


足元がふらつくのを、シュリが支えた。


「……行くの?」

ユウは、シュリの袖を思わず掴んだ。


「日が昇る前に、この部屋を出ないと……母の様子も見に行きます」

シュリは、名残惜しいように呟く。


「……そうね。そうだわ」

ゆっくりと、ユウの手が袖から離れた。


シュリは、バルコニーの窓から出ることにした。


この時間帯は、護衛の兵はいない。


窓の鍵を開けて、シュリは出ようとした。


だが、足が進まない。


もう一度、振り返る。


昨夜も、「好いている」と伝えることができなかった。


それを言える立場ではない。


ーーけれど。


寂しそうな目で、自分を見つめるユウを見ると、

言えない想いが溢れる。


シュリは、腕を伸ばしてユウを抱きしめた。


「……昨夜のことは忘れません」


「……私もよ」

ユウは真っ直ぐに見つめる。


シュリは、しばらく抱きしめた後、名残惜しそうに手を離した。


「……それでは、失礼します」


そっと部屋を出ていく。



馬場へ向かう足取りは、ふわふわと浮ついていた。


冷たい風は、頬を打っても苦にならなかった。


――浮かれている。


長年、恋焦がれた人と、夜を共にした。


腕の中にいた彼女は、見たことのない表情をしていた。


シュリは、ふと足を止め、西棟を振り返った。


これが、最初で最後の夜。


幸福な夜を胸に、再び任務に向かった。


次回ーー明日の20時20分


幸福な夜を越えた朝。

けれど――変化は、隠しきれなかった。


柔らかくなったユウの表情。

その姿を追い続けるシュリの視線。


そしてイーライは、

二人の“違和感”に気づき始める――。

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