ユウと呼んで
「ユウ様……」
シュリは、ユウの体を抱きしめ、彼女の首筋から立ち上る甘い香りを吸い込んだ。
もう、止まれなかった。
止められない。
シュリは、そっとユウの膝裏へ腕を入れた。
もう片方の腕で背を支えると、
ユウの体が、ふわりと浮く。
「……っ」
小さく息を呑むユウを、
シュリは落とさないように強く抱き寄せた。
そのまま寝室へ向かい、ユウを寝台にそっと寝かせた。
目の前には、命を賭けてでも守りたい女性が、
恥ずかしそうに横たわっている。
胸の奥が熱く波打ち、
うまく呼吸ができなかった。
それでも、長年染みついた主と従者の関係は、
壊せなかった。
「……失礼します」
そっと首筋を触れた時に、ユウの体が強張った。
すぐに、シュリは体を離す。
「やめましょうか」
ユウは頰を赤らめ、目を伏せた。
「……続けて」
シュリは、無言で再びユウの体に触れた。
リチャードから渡された本の一節を、必死に思い出す。
怖がらせるな。
自分の欲を押し付けるな。
ただ、それだけを繰り返していた。
その教え通りにできているのか、
まるでわからない。
ただ、怖がらせたくなかった。
しばらくして、
「灯りを消して」
ユウは、息絶え絶えに伝える。
「はい」
シュリは顔を上げたが、再び視線をユウの体に向けた。
そして、足首を持ち上げ質問をした。
「……イーライは、ここを見たのですか」
その声には、抑えきれない嫉妬が滲む。
「……触れてはいるけれど……見てはないわ」
ユウは、金色の髪を寝台に散らばしながら、途切れ途切れに話す。
シュリの手に力がこもる。
「それでは……キヨ様は」
その声は掠れていた。
「……見るわ」
ユウは目を伏せた。
「顔を寄せることは」
「そんなこと、するはずないわ」
ユウは、思わず叫んだ。
シュリは、黙りこくった。
部屋には、ユウの乱れた息遣いしか聞こえない。
ーー恥ずかしい。
「シュリ、灯りを」
その声は、弱々しかった。
「消しません」
シュリは、身悶えするような激しい嫉妬に襲われた。
いつも、狂いそうなほどの嫉妬に身を焦がしていた。
この清らかな体に、
他の男の手が触れたこと。
見つめたこと。
唇をつけたことが、許せなかった。
けれど――そこだけは違った。
王も、
イーライも、
触れてはいても、見たとしても、
決して顔を寄せない場所。
だからこそ、
ここだけは、
自分が初めて触れられる気がした。
吸い寄せられるように、
シュリはそこへ顔を寄せた。
嫉妬で、
胸の奥が焼けるように熱かった。
ユウの手が、シュリの髪に手を入れ掴む。
その仕草があっても、シュリは止まらなかった。
どれくらいの時が過ぎただろう。
ユウの手が、力なくシュリの髪から寝台に落ちた。
キヨは、部屋に入るなり、すぐに交合を始めた。
ところが、シュリは、いつまでも始めない。
ーー自分が許可をしない限り、できないのではないか。
長い時が過ぎ、ユウはようやく気づいた。
「シュリ……」
そう言って、シュリを見つめる。
シュリは、じっとユウを見つめた後、
手早く衣類を脱ぎ始めた。
衣を脱ぐ音に、
ユウは思わず息を呑んだ。
シュリは、そのまま縫いつけられたように動かなかった。
ーー抱きたい。
理性だけでは、もう抑えきれなかった。
けれど、この場においても、迷う。
このまま彼女に触れて良いのか。
乳母子である自分が、彼女と結ばれるのは許されないことだった。
「……ユウ様。やはり……これ以上は」
シュリの声が揺れる。
その声を断ち切るように、ユウは強く言った。
「ユウと言って」
その言葉に、シュリは目を見開いた。
呼び捨てなど、今まで一度も許されたことがない。
幼い頃から、ずっと「ユウ様」だった。
守るべき主。
触れてはいけない人。
それなのに今、
彼女は、自分へ境界を越えろと言っている。
「……言えません」
呼び捨てなんて、できない。
今すぐ、繋がりたいのに。
やはり、できない。
少し体を引こうとしたシュリの腕を、ユウは思わず掴んだ。
「……今だけは、ユウと呼んで」
すがるような眼差しで、呟く。
その言葉に、シュリは返事ができなかった。
喉が熱く詰まり、うまく呼吸ができない。
呼び捨てなど、夢の中でしか許されないと思っていた。
「……ユウ」
ようやく零れた声は、掠れて震えていた。
ユウは、静かに頷いた。
求めるような眼差しに、シュリの体が震えた。
名前を呼ぶと、愛おしさが込み上げる。
昔から、ずっと、ずっと好いていた。
美しくて、強くて、けれど、脆くて、どうしようもないほど優しくて、気が強い。
その脆さも、強さも、素直じゃないところも、全てが愛おしい。
彼女以外の女性に目が入らないほど。
ーー好いている。
その思いを二文字にぶつける
「ユウ」
今度は強くつぶやいた。
ユウの指先が、不安そうにシュリの背へ触れる。
それだけで、胸が苦しくなるほど嬉しかった。
「シュリ」
その声を聞いた後、シュリは唇を重ねて、距離を詰めた。
シュリの指先は、
まるで壊れ物に触れるみたいに優しかった。
怖がらせないように、
何度もユウの顔を見つめてくる。
黙って、指を絡める。
堪えるような息遣いが、シュリの口の端から漏れる。
その度に、ユウの胸の奥が熱くなった。
キヨの時とは、何もかも違う。
触れられているのに、怖くない。
嫌じゃない。
むしろ、もっと触れてほしいと思ってしまう。
その感覚に、ユウは戸惑うように目を潤ませた。
次回ーー明日の20時20分
夢のような夜が終わり、朝が訪れる。
触れた温もりを胸に、再び“主”と“従者”へ戻ろうとする二人。
けれど、その夜は、二人だけの秘密では終わらなかった――




