私を見て
幾つもの蝋燭の火が、壁や床に淡い影を落としている。
二人の唇は離れたかと思えば、吸い寄せられるように、再び重なる。
その甘美な感触が、この世のものとは思えず、シュリは思わず薄目を開けた。
淡い光の中で見るユウは、夢のように綺麗だった。
ユウの睫毛が小さく震えるのが見える。
ーーあぁ。
触れたいと願うたび、諦めてきた。
目の前にいても、
彼女は主で、自分は従者だった。
その距離を越えてはいけないと、
何度も言い聞かせてきたのに。
ユウは、震える指先でシュリの服を掴んだ。
「……シュリ」
名前を呼ぶ声が、甘く掠れている。
その瞬間、
胸の奥で押し殺していた感情が、音を立てて崩れた。
ーーもっと、その先へ。
だめだ。
そう思うのに、手が止まらない。
抱きしめた腕を少し緩め、シュリは胸元にゆっくりと手を伸ばす。
ユウの肩が、少し震えたが拒むような仕草はなかった。
それだけで、シュリの理性は、もう限界だった。
けれど、そこから先が進めない。
ユウの身に纏うドレスは、武具のようにしか見えない。
長年、乳母子として仕えていたけれど、
ドレスの脱がせ方など知らなかった。
戸惑うシュリに、ユウが躊躇いがちに呟く。
「背中に……あるわ」
そう言って、シュリに背中を向けた。
「……外して」
そうつぶやくユウの首筋は、赤く染まっていた。
指先が、わずかに震えていた。
精一杯の勇気を振り絞ったことがわかる。
シュリは、躊躇いながらホックを外し始めた。
一つ、外すたびに、ユウの白い肌が露わになる。
震えながら、最後のホックを外すと、白い背中が目の前に現れた。
「……あ」
そう言ったきり、シュリは立ち尽くす。
灯りに照らされたユウの肌が、あまりにも艶やかだった。
「その紐を……」
ユウは言いかけて、恥ずかしそうに俯く。
紐を手に持ったまま、シュリは固まった。
ーーこれ以上はできない。
あんなに願っていたのに。
いざ、目の前で肌を見せられると、どうして良いのかわからない。
そもそもーー自分は初めてで。
ユウは、そうでもない。
経験豊富な国王に比べて、自分の触れ方は稚拙だ。
守るべき姫ーー彼女の父母から託されたのに。
こうして、触れるのは罪のように思えた。
紐を持ったまま、立ち尽くすシュリを、ユウはじっと見た。
ユウは、黙って紐を受け取り、自ら衣を解き始めた。
シュリは目を丸くしながら、それを見つめていた。
最後の衣を外そうとした時に、我に帰り、慌てて目を逸らした。
衣が床に滑り落ちる音が聞こえた。
「シュリ……」
ユウの声は震えていた。
シュリは顔を伏せたまま、立ち尽くす。
俯いた視線の先には、ユウの白い足首が見えた。
ーー顔を上げることはできない。
「シュリ……見て」
ユウの声が聞こえる。
「……見れません」
シュリは目を伏せた。
「……どうして?」
ユウの声は震えている。
「……」
ーー見たら止まらなくなる。
彼女を守るどころか、傷つけてしまう。
しばらく沈黙が続く。
ユウは、床に落ちた衣をゆっくりと手を伸ばした。
「……私の体は……汚れているものね」
その声は、小さく湿っていた。
「違います」
シュリは顔を伏せたまま叫んだ。
「じゃあ、何よ。そんなに見たくないの?」
ユウの声に、憤りが滲んだ。
「見たいです。でも……ダメです」
「どうして……?」
俯いてもわかる。
ユウの鋭い眼差しを。
こういう時、曖昧な言い方をしても、ユウは納得しない。
それは、長年、一緒にいてわかっていることだった。
シュリは、熱い吐息を吐いてから呟く。
「ユウ様は……交合が苦痛だと聞いています。
私は19です。見たら……止まらなくなります。
守りたいのに……傷つけてしまう。それが……怖いです」
シュリの拳が、硬く握られた。
反逆罪だとか、見つかったら死刑とか、そういうものは、どうでも良かった。
自分のこの手が、彼女に触れたら止められなくなる。
それが怖かった。
次の瞬間、ユウが静かに歩み寄り、シュリの拳を手に取る。
「シュリ……見て」
その言葉に、シュリは目を見開く。
しかし、顔は俯いたままだった。
「……お願い」
主から命じられた言葉に逆らえず、シュリはゆっくりと顔を上げた。
目の前には、
灯りの中に立つユウがいた。
眩しいばかりに白く研ぎ澄まされたその体に、シュリは言葉を失くした。
蝋燭の火が揺れるたび、白い肌に淡い影が落ちる。
その姿は、あまりにも綺麗で、
触れた瞬間に壊れてしまいそうだった。
ユウは、不安そうにシュリを見つめている。
拒まれることを恐れている瞳だった。
その眼差しに、シュリの胸が苦しくなる。
ゆっくりと、ユウが手を伸ばした。
震える指先が、シュリの手をそっと握る。
「今夜だけでも……」
掠れた声が、静かな部屋に溶けた。
「……嫌なら、やめます」
ユウは小さく首を横に振った。
蝋燭の火が、ゆらりと揺れる。
静かな部屋に、
重なり合う息だけが溶けていった。
次回ーー明日の20時20分
シュリは、長年押し殺してきた想いを、ついに口にする。
「……ユウ」
主従の境界を越えた夜。
その愛は、救いか。
それとも破滅か。




