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力が欲しい


床に崩れ落ちたヨシノを見て、ユウは叫んだ。


「ヨシノ!!」


ヨシノの顔は蒼白だった。


ユウが声をかけても、ヨシノは目を閉じたまま、横たわっている。


「医師を!」

ユウが叫び、シュリが廊下を駆け出した。


呼ばれた医師は、診察した結果、穏やかな声で告げた。


「過労ですね」


「……過労?」

ユウはそう呟き、口に手を当てた。


「栄養があるものを食べて、よく寝れば回復するでしょう」


医師が部屋から出た後、眠ったままのヨシノの手に、

ユウは自分の手を滑りこませた。


「……私のせいよ」

ユウは、ヨシノの少しシワが寄った手をさする。


寝室に呼び出されるたびに、ヨシノは隠し小部屋に入り、

ユウの様子を見守っていた。


一晩中、寝ずにユウの様子を見守っているのだ。


そんな夜を、何度も過ごさせている。


ーー私が、もっと従順な女だったのなら、ヨシノは倒れなかった。


妾になったのに、なりきれない自分の態度が原因で、

ヨシノを追い詰めた。


「……ヨシノ……ごめんね」

ユウは、泣きながらその手にしがみつく。


幼い頃から、ずっと支えてくれたヨシノ。


彼女がいるから、両親を亡くした後でも生きていけたのだ。


静かに泣いているユウを、シュリはそっと背中に手をおく。


その時ーーヨシノがゆっくりと目を開けた。


「ヨシノ!」

ユウは思わず縋りつく。


「ユウ様、すみません。眠ってしまったようで……」

ヨシノは、すぐに起きあがろうとするのを、ユウが手を止めた。


「ヨシノ、良いのよ。休んで」

ユウは涙目で頷く。


「けれど……」

ヨシノが寝かされていたのは、ユウの寝台だった。


例え体調不良だとしても、そこで乳母が休むわけにはいかない。


状況を見て、察したシュリが声をかけた。


「母さん、つかまって。家で休もう」


その言葉に、ヨシノは安堵したように頷く。


シュリは、ヨシノを腕に抱えた。


「ユウ様、すみません。少し部屋から離れます」


「私もついていく」

ユウが毅然とした顔で立ち上がる。


「え……それは……」

シュリが口ごもる。


「ユウ様が、足を運ぶ場所ではないです」

抱かれたヨシノの声は弱々しかった。


「行くの」


ユウの声に、シュリとヨシノは顔を見合わせーー

『仕方がない』と言わんばかりの表情をした。


ユウの表情を見れば、何を言っても無駄だからだ。


侍女たちを引き連れ、一行は西の棟を出て、城の端まで歩いていく。


ーーそういえば。


ユウは、シュリの後ろ姿を見つめながら思った。


シュリとヨシノが、普段、どのような場所に暮らしているのか、知らなかった。


西の外れに近づくにつれ、足元に生えている草の丈が長くなっていた。


ところどころに崩れかけた貧しい小屋が立ち並んでいる。


その中の一際、崩れかけた小屋が、ヨシノとシュリの住まいだった。


シュリが、建て付けが悪い小屋の扉を開けた瞬間、

ユウは思わず息を止めた。


――狭い。


最初に浮かんだのは、その感想だった。


低い天井、古びた机。


暖炉は小さく、

部屋の奥までは暖かさが届いていない。


自分の部屋なら、暖炉の火は夜通し絶えない。


けれど、この小屋では、

薪すら惜しんでいるのが分かった。


冬になれば、かなり冷え込むだろう。


シュリは、こんな場所で暮らしていたのか。


「狭くて申し訳ありません」


そう言いながら、

シュリは普段と変わらぬ顔で、奥の部屋に足を運ぶ。


そこは、ヨシノの寝室だった。


狭く湿っぽい部屋に、簡素な寝台がひとつ置かれている。


横には、短くなった蝋燭が数本転がっている。


見慣れた豪奢な寝台とは、あまりにも違う。


薄い毛布に、擦り切れた布を見て、

ユウは、思わず目を伏せた。


「……いつも、ここで?」


「はい」

シュリは、何でもないことのように答える。


シュリは、ゆっくりヨシノを寝台へ横たえさせる。


軋んだ寝台が、小さく音を立てた。


「寝具と食べ物を持ってきて。看護人も」

ユウは侍女に命じた。


「……ユウ様、大丈夫ですから」

ヨシノの声は、先ほどより強くなった。


ユウは、無言で首を振る。


「……夕食の手配をしないと……」

起きあがろうとするヨシノを、ユウは寝台に押し戻す。


「大丈夫。サキがいるわ」

ユウの言葉に、ヨシノはまだ不安げだ。


「でも……」


「母さん、オレがいるから」

シュリも頷く。


薬湯を飲んだヨシノは、やがて深い眠りについた。


その寝顔を見て、ユウは呟く。


「……ヨシノ……ごめんね」


「ユウ様、暗くなる前に城に戻りましょう」

シュリが声をかけた。


ユウは名残惜しげに、ヨシノを見つめた後に、椅子から立ち上がった。


「ヨシノを診て」

侍女と看護人にお願いして、小屋を出た。


夕方の気配が、城にしのびよってきていた。


小屋の窓には、灯りが見え、ユウの胸の奥がざわついた。


こんな寒そうな部屋で。


こんな狭い場所で、二人は暮らしている。


王の寵愛を受けても、

大切な人たちは何一つ守れない。


そんな自分が、たまらなく惨めだった。


それでも、ヨシノも、シュリも

文句一つ言わずに自分に仕えてくれている。


「ユウ様、参りましょう」

シュリが、ユウに声をかけた。


「シュリ……ごめんね」

ユウは、つぶやいた。


もし、自分が妾ではなく妃だったのなら。


権力と力があれば、

シュリに、こんな暮らしを決してさせないのに。


この時、初めてユウは力が欲しいと思った。


大切な人をを守るための強さが欲しい。




夕食の時に、レイはフォークを置いて、ユウの顔を見つめた。


「姉上、今夜はここに泊まっても良い?」


「……え」


「今夜はヨシノもいないでしょ。そして、キヨもいないわ。

久しぶりに……姉上といろんな話をしたい」

レイの語尾は、どんどん小さくなっていく。


もう15になったのに、自分の話していることが子供っぽく聞こえてしまうと思ったのだ。


「そうね。今夜は一緒に寝ましょう」

ユウは微笑んだ。


レイは、口元を隠すように俯いた。

それでも、嬉しさは隠しきれていなかった。


「後で、伺うわ」

嬉しさを隠しきれないように、レイは鶏肉を大きく切り、口に入れた。


食器の後片付けをサキが行い、

「姉上!またね!」

レイは小走りで、部屋を出ていった。


扉が閉まり、しん、とした空気が漂う。


部屋に残ったのは、ユウとシュリだけ。


こんな風に、夜にシュリと二人きりで過ごすのは初めてだった。


お互いが、お互いを意識しているのがわかり、

シュリは、思わず咳払いをした。


「それでは……私も失礼します」

シュリは頭を下げ、扉へ急ぎ足で向かった。


ユウは、無言でシュリの跡を追う。


扉を開け、シュリは廊下に出た。


「明日の朝に、伺います」

挨拶して、顔を上げると、ユウがじっとシュリを見つめていた。


その眼差しが強くて、シュリは思わず口を開いた。


「……ユウ様?」



ーー今夜は姉上と一緒に過ごせる。


レイは手早く寝支度を整えた。


嬉しそうなレイの様子に、控えていたサキは思わず微笑む。


「ユウ様の部屋に参りましょうか」

サキの声に、レイは枕を抱えて廊下に出た。


長い廊下の先、姉の部屋の前で、シュリは頭を下げて帰ろうとしていた。


「シューー」


声をかけようとしたその瞬間、レイは足を止めてしまった。


扉から、青いドレスの袖が見え、次の瞬間、シュリの腕を掴んだ。


シュリは、何かを言おうとした。


けれど――


白い指先は、逃がさないように彼の腕を掴んでいた。


その腕は引き寄せられ、シュリは体ごと部屋に入っていく。


シュリの姿が廊下から消え、

白くしなやかな腕が急いで、取っ手を掴み、ドアを閉めた。


バタン


重い扉が閉まる音が廊下に響く。


「え……?」


レイは、その場に立ち尽くした。


隣にいたサキも、息を呑んだまま動けない。


次回ーー明日の20時20分


「今夜だけでいい」

――そう願ったのは、誰よりも誇り高い姫だった。

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