表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/349

授かれる体でございます

早朝の馬場には冷たい風が吹き、吐く息が白くなるほど秋は深まっていた。


「寒くなってきたな……」

シュリは、思わず手をさする。


ひんやりとした木剣を掴み、今朝も素振りを行う。


「……こんな寒いのに、熱心だな」

後ろでリチャードが声をかける。


シュリは、無言で剣を構えたので、リチャードもそれに応じる。


打ち合う木剣の音が、静かな空気を鋭く裂く。


「……っ!」


受け止めた腕に痺れが走り、リチャードは思わず顔をしかめた。


目の前のシュリは、以前よりも明らかに剣が重い。


鋭さだけではない。


まるで、何かを叩き潰すような剣だった。


リチャードは、チラとシュリの顔を見る。


その茶色の瞳には、春から苦痛の影が滲んでいる。


打ち合いが続くたびに、二人の呼吸は乱れ、肩で上下する。


その動きを、周囲の兵は息を詰めて見つめていた。


幾度も打ち合い、お互いの呼吸が乱れたときーー


「お疲れ様です」

明るく澄んだ声が馬場に響く。


汗を袖で拭きながら、シュリが振り向くと、

そこには侍女のベッキーが立っていた。


手には水差しを持っており、木の椀がある。


シュリが口を開く前に、リチャードが声をかける。


「ベッキー、俺のためにありがとう」


「……リチャード様のためではないです」

ベッキーは、こほんと咳払いをする。


リチャードは、ベッキーの顔を覗き込む。


「じゃあ、なんだ?シュリのためにか?」


椀に水を注いでいたベッキーの手元が乱れ、椀から水が溢れた。


「ち……違いますよ!」

その声は、少し乱れていた。


リチャードは、ニヤつきながらベッキーから椀を受け取る。


「……シュリさん。どうぞ」

ベッキーは顔を赤らめ、シュリに椀を差し出す。


「ありがとうございます」

シュリは、頭を下げ、それを受け取る。


ーーやっぱり素敵。


水を飲むシュリの横顔を見て、ベッキーは頰を赤く染めた。


使用人なのに、彼の振る舞いや言葉遣いは、丁寧で、育ちの良さが滲む。


「美味しかったです」

そう言って、頭を下げる。


シュリの優しく、穏やかな声に、ベッキーは顔を赤らめ、城に戻った。


「ああいう女と付き合え」

木剣の手入れをしているシュリに、リチャードが呟く。


「え……」

顔を上げたシュリに、リチャードはじっと見つめる。


「気立ても、容姿も良い。ベッキーと良い仲になった方が、お前は幸せだ」


「……」

シュリは、目を伏せた。


ユウが妾になって半年以上が経った。


好いた女性が、目の前で他の男に触れられ、肩を抱き寄せ、口づけをされる。


寝室に行くのを見送る。


それを見守るたびに、苦痛が刺のように残っていた。


「……幸せになれ」

リチャードの声は、切なさを帯びていた。


「……西棟に戻ります」

それに対して、シュリは何も答えずに城に向かった。



その日の夜、ユウは寝室に呼ばれた。


シュリは、いつものように唇を噛み締めて見送った。


ユウの跡を追うヨシノの顔は、蒼白だった。


交合前に、控え室でイーライの確認を受けるために、

ユウは、薄衣を脱いだ。


透き徹るほど白い皮膚が、目の前にあっても、

イーライは平然としているかのように見えた。


控室には、多くのろうそくの火が揺らぎ、部屋の中は温度が高く、

重苦しい空気が部屋によどんでいる。


イーライは、手袋を外し、オイルで指先を整える。


「それでは確認をいたします」

彼の声は、落ち着いている。


ユウは息を吐きながら、いつものように彼の指を受け入れた。


「異物はありません」

そう言って、彼は手を離し、ユウの衣をろうそくの灯りに透かしながら、確認を始めた。


「……悦びなんて無理よ」

長い金髪を揺らしながら、眉を少し寄せてユウは吐き出すように口を開いた。


イーライは、静かにユウを見つめた。


ユウは、長い髪で体を隠しながら、少しだけ顎を上げる。


「薬湯を飲んだとしても……悦びを得られるはずもない」

イーライを睨みつけるようにして話す。


「女性の体は、心だけで決まるものではありません」

そう話す、イーライの言葉を遮る。


「私は、男子を授かる体質ではないの」

そう言い捨てて、薄衣を羽織ろうとした。


その時ーーイーライがユウの手を遮る。


振り返ると、彼の黒い瞳の奥には小さな炎が揺れていた。


「……ご理解ください」

その声は、わずかに掠れていた。


イーライは、再びユウの体に触れた。


そこは、確認で触れる場所とは違うところだった。


ユウの瞳が見開かれた。


「……イーライ、何を……」

言葉は、途中で途切れ掠れる。


ユウの言葉には応えず、イーライは目を伏せたままだった。


長いまつ毛の奥にある瞳は、そこからは見えない。


指先を静かに動かし、次の瞬間、細い指が入ってきた。


「……イーライ!」

ユウは声を上げた。


イーライは再び、指を離し、その濡れた指先を見つめた。


苦しげに、息を乱しているユウに指先を見せる。


「ユウ様は……授かれるお体でございます」


呆然とするユウに、イーライは控え室の扉を開けた。


「参りましょう」


ユウは、一瞬肩を震わせた後、

重い足取りでキヨが待つ寝室へ向かった。


70万文字近い物語にも関わらず、

最近、新しく読んでくださる方が増えていて、正直とても驚いています。


「今から読むには長すぎるだろうな」と思いながら書いていたので、

通知を見て、何度も目を疑いました。


そして、ずっと追いかけてくださっている皆様、本当にありがとうございます。


シリが嫁いだ頃から読んでくださっている方も、

最近読み始めてくださった方も、

この長い物語を一緒に歩いてくださっていることが、とても嬉しいです。


最後まで大切に書いていきたいと思います。


次回ーー明日の20時20分


束の間の静かな時間。

けれど、張り詰めた糸は少しずつ限界へ近づいていた。


――そして、その日。

ヨシノが、静かに崩れ落ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ