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男子を授かる薬湯

それから夏が過ぎ、冷たい風が吹く秋になった。


ミミの件以降、キヨはユウを寝室に呼ぶのは、週に1回になった。


しかし、週に数回キヨは、ユウの部屋に入り浸るようになった。


今夜も、キヨは嬉々としてソファに座り、ユウを呼び寄せる。


「ユウ、こっちへこい」

手招きして、隣に座らせる。


ーー近い。


うんざりした顔を隠そうともせずに、ユウが隣に座ると、

キヨはユウの首筋にねっとりと指を這わせる。


「昨夜も……良かった」

そうつぶやかれて、ユウは咄嗟に部屋の隅にいるシュリに視線を向けてしまう。


ーーそんなこと、シュリの前で言わないでほしい。


偶然かもしれないが、キヨは、まるでシュリに見せつけるように自分の体に触れている気がする。


シュリは寝室の扉の前で、番をするように立ち尽くしていた。


キヨが、ユウの肩や首に触れ、顔を近づけるたびに、憤りを抑えていた。


彼らの背後では、イーライが何食わぬ顔で給仕をしている。


「イーライ、あれを」

キヨが指示をし、イーライは静かにワゴンから大きな巻物を取り出す。


テーブルの上に、それを広げると、

見たことのない地図が広がる。


「これは……」

ユウは、思わずキヨの腕を払いのけ、前のめりになる。


「地図だ」

キヨは満足げに微笑んで、イーライに目配せをした。


地図を見せるのは、イーライの進言だった。


「見たことがない地図だわ」

「あぁ。よその国の使者から譲り受けた地図だ」


「よその国……」

「そうじゃ、あの海の向こうに国がある」

キヨは地図を指差す。


「ここがわれらの国、世界は広い」

ユウは吸い寄せられるように、地図を見つめた。


「もう、この国内は、ほぼわしの領土だ。

けれど、この地図の中では、ちっぽけだ。

この近隣の国々を制覇したいと思うておる」


「海の向こう……ですか」


「あぁ。あのゼンシ様も、国内ではなく、海外に目を向けておった。

それを、わしが引き継ぐ事で真の後継者になる」


ユウは、じっと地図を見つめた。


よその国。


それは、想像もできない世界だった。


キヨは、ユウの肩に手をまわし引き寄せた。


「どうだ。わしの夢に付き合わないか」

そうつぶやき、ユウの首筋の匂いを嗅いだ後に、唇を寄せた。


キヨは、わざと見せつけるように、

そのまま唇を重ねた。


ユウの目は見開き、唇から苦潜った声が聞こえる。


キヨは構わず、そのまま続けた。


その光景を見たイーライは、砂糖壺の蓋を落としかけた。


シュリは、

体中の皮膚が破るような血が動き出した。


怒りで血管がふくらみ、耳元がジンジンとなる。


「……キヨ様。お時間でございます」

イーライの声は、わずかに強張っていた。


「残念じゃ……」

キヨは唇を離したあと、チラとシュリを見た。


震えながら頭を下げるシュリを見て、キヨは勝ち誇ったような顔をして部屋を出た。


扉が閉まった後、ユウは無言で立ち上がり、洗面器の水に顔をつけた。


周囲に水を弾かせながら、何度も顔を洗う。


「ユウ様、おやめください」

ヨシノは、止めるがユウの手は止まらなかった。


ーーシュリの前で。


何度も何度も、口をゆすぎ、顔を洗っても、

その行いは、記憶に消せなかった。



翌日、イーライは、ユウの目の前に、湯気がたった黒い液体を差し出した。


「……これは何?」

ユウは手をつけずに、イーライに質問をした。


「男子を授かる薬湯でございます」


「……男子を授かる薬湯って……どういうこと?」

ユウは呆れたように、顔を上げた。


ユウの問いに、イーライは目を伏せ、言いにくそうに口を閉ざす。


それは、彼にとって珍しいことでもあった。


「イーライ、どういうこと?」

ユウの声に、苛立ちが滲む。


イーライは、顔を上げ、ユウをまっすぐに見つめた。


「夜の見張りをされているサム様のお話によれば……ユウ様は、

悦びを感じてないとのことです」


あまりにも、鋭い言い方に、今度はユウが言葉を失う。


それは、子作りにおいて大事なことでもあった。


「女の悦びが深いほど、男子を授かる……そう信じられております」


「……」


ーーあの男との交わりで、悦びを感じるはずもない。


あるのは苦痛と、時間が過ぎるのを待つだけ。


無言で俯くユウに、イーライは静かに話を続ける。


「ユウ様が頑ななので、キヨ様の主治医が薬湯を作りました。

飲めば、血流が良くなり、男子を授かりやすくなる、と」

淀みのない口調で淡々と話す。


「……子を授からないのは……私だけの問題ではないわ」

ユウの声は低かった。


キヨには、ミミという妃がいる。


そして、自分以外に多くの妾がいる。


それなのに、誰も子を授からないのだ。


「キヨ様も、毎日努力をされております。

一日に何回も薬湯を召し上がっております。ユウ様もご協力を」

イーライの声は、少し強かった。


ユウは黙ってカップを掴み、一気に飲み干した。


飲み干しても、その苦味はずっと口の中に残っている。


イーライは、今度は、口の苦味を薄めるために水を差し出した。


「これから、毎日飲んで頂きます」


その言葉に、ユウは顔をしかめて頷いた。


こんな物を飲んだとしてもーー子が授かるわけもない。


あの男と交合して、悦びを感じるだなんて。


無理に決まっている。


その想いを薬湯と共に、飲み込んだ。

次回ーー明日の20時20分


国王の寝室へ向かったユウ。

秋が深まる中、静かな日常は少しずつ形を変えていく。

――そして、その夜。イーライはユウに触れた。

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