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心配させて


◇翌朝 ユウの部屋


昨夜とは、まるで別の世界のように、部屋には、朝の光が静かに差し込んでいた。


ユウは、鏡の前でドレスの襟元に手を添えた。


いつもよりも、首元の詰まった形。


喉元まできっちりと覆う布が、白い肌を隠している。


布が触れるたびに、

昨夜の感触が、わずかに蘇る。


昂ったキヨと過ごす夜は、過酷なものだった。


けれどーー今日は、ウイが出立する日。


妹の前で、弱っている姿を見せる訳にはいかない。



朝食の毒味に部屋に訪れたシュリは、ユウを目にして足を止める。


少しやつれたはずなのに、

かえって輪郭の美しさが際立っている。


――綺麗だ。


そう思ってしまったことに、

シュリは、わずかに息を詰めた。



ユウは、何事もなかったかのように微笑み、朝食の席に座った。


ウイとレイが部屋に訪れ、部屋には年頃の女性の笑い声が響く。


「姉上、これ見て」

ウイが嬉しそうに皿を差し出す。


ナッツ入りの固焼き菓子だ。


「……美味しそうね」

ユウは微笑んだ。


「でしょ?今すぐに食べたいわ」

ウイは楽しそうに菓子を見つめる。


「姉様、食事を食べてからにしたら?」

レイが口を挟む。


「……そうね」

そう言いながら、固焼き菓子を手に取り、

一口食べて、ぱっと顔を輝かせた。


「……美味しい!」


その様子に、ユウは小さく笑う。


「姉上、そのドレス珍しいわね」

ウイが首を傾げる。


「……少し冷えるから」

ユウは、何でもないように答えた。


「そう? 今日は暑いくらいよ」

ウイは、食べかけの菓子を皿に置いた。


向かいでは、レイが静かに茶を口にしていた。


その手が、ほんの一瞬だけ止まる。


視線が、わずかにユウの首元に落ちた。


レイは、何も言わなかった。


ただ、カップを持つ指先に、

わずかな力がこもる。



「ウイ、そろそろ行かないと」

旅立ちの時間が迫り、ユウは声をかける。


「……あれ」

手袋の指がうまく入らず、ウイは小さく笑った。


「なんだか、やりにくいわね」

そう言いながら、

もう一度、ゆっくりと指を通す。


片方をはめて、もう片方を手に取り、そのまま動きが止まった。


「ウイ、リオウが表口で待っているわよ」

ユウは、もう一度声をかける。


「……うん」

ウイは、そう言って立ちあがろうとしたが、

視線はユウから離れない。


「ウイーー」

ユウが何か言おうとした瞬間、ウイは突然立ち上がり、

ユウに抱きついた。


「姉上!!」


「ウイ、どうしたの?」

戸惑いながらも、ユウはウイを受け止める。


彼女の体は震えていた。


「姉上……本当は、苦しいんでしょ」


その言葉に、ユウは目を見開いた。

だが、次の瞬間、すぐに微笑む。


「……そんな事ないわ」


「嘘!!今朝だって、朝ごはん食べてないじゃない!」

ウイは震えながら、ユウの腰に手を絡めた。


「朝は食欲がなくてーー」

言いかけたユウの言葉を、途中で遮る。


「平気なふりしないで!!辛いと言って!言ってよ!!」

最後は叫ぶように、縋り付く。


「ウイ、大丈夫よ。……心配しないで」


「心配させて!!」

ウイは泣きながら叫んだ。


「ウイ……」


「どうして、何も言わずに決めてしまうの?

辛いなら……辛いと言って。無理に笑わないで」

ウイは、そう言って泣き崩れた。


ウイの声が、部屋に響いた。


その瞬間――ユウの微笑みが、わずかに崩れた。


「……ごめんね」

その一言が、自分でも驚くほど掠れていた。


「姉上……!」

レイも、泣きながら駆け寄り抱きついた。


「……レイ」

その柔らかい温もりに、ユウも涙が溢れた。


3人は、そのまま抱き合って泣き崩れた。


その場にいた乳母たちは、身動きできずに立ち尽くした。


「ウイ様」

シュリが控えめに、ウイの肩に触れる。


「そろそろーーお時間です」

シュリの言葉に、ウイは強く首を振る。


「嫌!姉上のそばにいるの!」

そう言って、ユウの腰に強く抱きつく。


「ウイ……」

涙で濡れた瞳で、ユウは困ったように呟く。


「ここにいる!姉上の隣にいる」

そう言った後に、ウイは声をあげて泣いた。


シュリは、その隣に座り声を落とす。


「ユウ様はーー私がついておりますから」

その言葉に、ウイは思わず顔を上げた。


「……シュリ」


シュリは微笑む。


――触れることも、できない。


それでも。


「だから……安心して、ワストにお戻りください」


ウイの手が、力なく滑り落ちる。


その時ーーカチッと扉の小窓が開いた。


ヨシノがドアを開けると、リオウが立っていた。


「失礼します。妻を迎えに参りました」

リオウは微笑む。


「リオウ様……」

ウイは肩を振るわせながら見上げる。


「ウイ、帰ろう」

リオウは手を差し伸べる。


「ウイ」

ユウも微笑む。


「でも……」

ウイは力なく首を振る。


「……私は大丈夫。レイと……シュリがいるから」

ユウは微笑む。


その背後で、シュリが頷く。


ユウは、ウイを立たせ、リオウに引き渡す。


「リオウ……久しぶりね」

ユウの言葉に、リオウは少しだけ目を細めた。



目の前にいるユウは、相変わらず美しかった。


首元を覆うドレスが、

細い線を隠すどころか、かえって強調していた。


かつて惚れた面影は、そのままに。


けれど――

別の何かに変わっていた。


「リオウ、ウイのことお願い」

ユウのその言葉に、リオウは微笑む。


「お任せください」

そう言って、ウイを見下ろす。


「ウイ、帰るぞ」

そう言って、ウイの手を取った。


「元気でね」

ユウは、微笑んで見送る。


「姉上……」

涙で濡れた瞳で、もう一度振り返ると、

ユウの後ろに、シュリが佇んでいた。


◇ 馬車の中


帰りの馬車の中でも、ウイは涙がとまらなった。


自分の夜は、幸福で満たされている。


けれどーー姉上は違う。


自分の幸せは、姉の犠牲に成り立っている。


そう思わずにいられない。


巨大なサカイ城から、どんどん離れていく。


「寂しいな」

リオウは、妻の肩を抱いて呟く。


「リオウ様……」

ウイは、突然泣き止み顔を上げた。


「どうした」

リオウは微笑む。


「さっき、姉上に見惚れていたでしょ?」

ウイの声は鋭かった。


「え……あ……いや」


ーー図星だ。


泣いているから、ウイは気づかないと思っていた。


「……姉上は昔から綺麗ですから」

ウイは泣き腫らした顔で、頰を膨らました。


ーーこんな顔をしたら、ますます不細工になる。


わかっていても、止められなかった。


リオウは、ウイを静かに抱き寄せた。


「……辛いだろうな、と思って」


「姉上が、でしょ?」


リオウは、しばらく口を閉ざした後に呟いた。


「……ユウ様はもちろん……シュリもだ」


ウイの瞳が大きくなった。


「あの二人のこと、リオウ様も気づいているの?」


「あぁ。気づいていた」

リオウは目を伏せた。


脳裏に浮かぶ。


静かに微笑みながら、

国王のもとへ向かっていったユウ。


その後ろで、

何も言わずに頭を下げていたシュリ。


――好いた女性が、他の男に抱かれる。


それを、そばで見続ける。


「……俺にはできない」

リオウは、ぽつりと呟いた。

今回、書いていてめちゃくちゃ泣きました。


ウイが「辛いと言って」と叫ぶ場面が、

どうしても苦しくて、

何度も止まりながら書きました。


ユウも、シュリも、見守る側も、

みんな苦しい回です。


静かな話ですが、

個人的にはかなり感情を削られた回でした。


次回ーー明日の20時20分


国を手に入れた男は、次に“世界”を望み始めた。

そして――ユウには、子を授かるための薬湯が差し出される。


逃げ場のない日々の中、

静かだった感情が、少しずつ壊れ始めていた。


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