体では足りないと言われた夜
その頃ーー寝台でユウはキヨに後ろから抱きすくめられていた。
「ユウ、あぁ……ユウ」
キヨは、何度も名前を呼び、首筋に吸い付く。
その感触に、ユウは身震いを必死に抑えた。
ーー早く寝ろ。
情事のあと、キヨはすぐにいびきをかいて寝る。
そうしたら、この忌まわしい男と寝台から離れ、
長椅子で眠ることができる。
それなのに、今夜、キヨは気持ちが高ぶったようで一向に眠らない。
湿った感触が、首筋に残る。
逃げ場のない距離で、
不快な温もりだけが、まとわりついてくる。
キヨは、白い首筋から唇を離した。
「わしは……欲しいものを手に入れることができた。
ジュンも頭を下げた。領民から国王になったのじゃ」
その声は、誇らしげだった。
「……おめでとうございます」
ユウは、淡々と答える。
「ユウ……こちらを向いてくれ」
キヨが懇願するように話す。
ユウは、渋々キヨに体を向けた。
目の前にいるのは、貧弱な体の男。
ぎょろぎょろした目が、息がかかるほどの距離にいる。
「わしは手に入れてないものが2つある」
キヨは、ユウの体を愛おしげに撫でる。
「何でしょうか」
ユウは視線を合わせずに口を開く。
「子だ」
その言葉に、ユウは静かに頷く。
たくさんの妾がいても、彼に子はできない。
「それと……ユウじゃ」
その声は震えていた。
ユウは、思わず顔を上げた。
「私は……キヨ様の想われ人です」
ーーその証拠に、今夜もここにいる。
そう思ったユウを、キヨは引き寄せ、蛇のように手足を絡めた。
「違う!ユウの心が欲しいのじゃ」
そう言って、彼は腕の力を強める。
その言葉に、ユウは目を見開いた。
「ユウの父母を殺めたのは、もう消せない。
だからこそ、わしは贅沢な住まいと衣を与えた……。
いつか、振り向いてもらえるとーー信じて」
ユウは、息を詰めたまま、キヨの少し萎れた背中を見つめた。
「わしは、ユウ様が好きなのじゃ」
柔らかなユウの体に、皺が寄った体を擦り付け、青い瞳を見つめる。
ユウは、無言のまま抱かれるがままになっていた。
「わしは、ユウが好きじゃ。応えてくれ」
窪んだ茶色の瞳には、必死さが滲んでいる。
ユウの胸に湧き上がったのは、怒りではなかった。
けれど、それと彼を受け入れることは別だった。
体を与えた。
それだけでは、彼は満たされないらしい。
ーー心も差し出せと?
脳裏に、シュリの顔が浮かぶ。
シュリのように、彼を想えるはずがない。
「……」
「ユウ」
すがるような声だった。
次の瞬間、ユウの脳裏には、ウイとレイの顔が浮かぶ。
ーー何かを言わなくては。
「ご支援はありがたく……思います」
ユウは目を伏せて答える。
それが精一杯だった。
「ユウ……」
キヨは、じっとユウの長いまつ毛が揺れるのを見つめた。
ーーここで、他の妾たちのように。
『私も、あなた様を好いております』
そう言えたら、どれほど楽だろう。
けれど、ユウはその偽りの言葉を口にする事ができなかった。
次の瞬間、キヨはユウの顎に触れ、無理やり顔を上げさせた。
「言うてくれ。言うてくれ。わしのことを好いている、と」
眉を寄せて、願うように話す。
それでも無言のままでいるユウに、キヨは口づけをした。
「……!」
ユウの目が見開く。
次の瞬間、キヨの舌が生き物のように口の中に入ってきた。
ーー気持ち悪い。
思わず眉をしかめるが、キヨは、構わずそのまま続けた。
あまりにも、長い口づけだった。
息が、できない。
――早く、終われ。
ようやく唇を離した後に、ユウは思わず息を荒げた。
「主治医が言っておった。若い女子の唾液は…… 若さを分けてもらるも。わしもまだ生きられる」
彼の唇は、濡れていた。
その言葉に、ユウは嫌悪の眼差しを隠すように目を伏せる。
一刻も早く、唇を拭いたかった。
「子を作るぞ」
その声に、ユウは身震いをした。
「わしは若返る。もっと元気になって、子を作る。
ユウーー好いている」
キヨは、ユウを抱きしめ離さなかった。
彼の細い腕の中で、ユウは身を縮こませた。
「振り向いてもらえると信じておる」
その言葉に、ユウの中で、何かが静かに冷えた。
その夜は、途方もなく長かった。
明日ーー20時20分
誰もが、ユウを守りたいと思っていた。
けれど――誰一人、彼女をそこから連れ出すことはできない。
涙の別れのあと、
残された者たちの想いが、静かに揺れていく。




